第133話 弱すぎ

「怪我させないといいんだが」


 イオスが騎士の方の心配をしている。


「おりぇは、加減したじょ」

「ハルはそりゃ、手加減しないと駄目だろう。カエデはハル程強くないからなぁ」

「いおしゅ、らいじょぶら。かえれのほうがじゅっとちゅよいじょ」

「そうか?」

「ん、まちげーねー」


 そう言いながら、短い腕を組んで見ているハル。本当に、態度と言い方は一人前の大人顔負けだ。

 さっきハルと対戦した騎士とは別の騎士が出て来た。

 さっきより少し強そうに見えるが、大丈夫か?


「カエデ、遠慮はいらないわよ」

「アヴィー先生、ホンマに?」

「ええ、良いわよ。怪我したって私が治せるもの」

「はいにゃ!」


 俄然やる気になったカエデちゃん。その場でピョンピョンとジャンプしたりしている。

 ハルとカエデは本当にやんちゃだ。カエデは女の子だから、お転婆さんか。


「ああ、あんな事いったらマズイぞ。カエデは本気でやるぞ」

「なんだよ、イオス。本気は駄目なのか?」

「リヒト様、騎士に怪我させらんないっしょ」

「構わんぞ。アヴィーがいる」

「長老、そういう問題じゃないッス」

「そうか? ワッハッハッハ!」


 いかん、長老まで楽しみ出した。長老がそうなると、止める者がいなくなる。

 いや、このメンバーの抑えがいた。

 いつも、ハルがやんちゃをすると必ず叱るこの男が。


「カエデに負けるなら、怪我位は仕方ないですね。自分の力量不足なんですよ」


 ああ、いかんいかん。最後の砦、ルシカまでそんな事を言っている。


「アハハハ! カエデ! 勝てよ!」

「任してやッ!」


 リヒトは煽っている。しかも、笑っている。リヒトはそういう奴だ。


「ふふふ」

「にゃー」

「カエデがヒューマンに負ける訳ないわよ」

「にゃん」


 ミーレと小さくなっている白い奴だ。

 意外にも皆、カエデが勝って当然と思っている。

 でも、いくら毎日イオスと訓練しているといってもカエデはまだ10歳だ。女の子だ。体の大きさが全然ちがう。勿論、筋力も違うだろう。

 これは、カエデが不利ではないか?


「よし、始めッ!」


 始めの合図だ。今度は騎士の方が先に仕掛けた。

 剣を振り上げ、真っ直ぐカエデに突っ込んで行く。


「あー、かえれのかちら」

「ハル、そうか?」

「しょうら」


 ハルが言った通り、あっという間にカエデが勝ってしまった。

 真っ直ぐに突っ込んで行った騎士をヒョイと軽く躱し、そのまま背後からバシコーンと木剣を騎士のお尻に打ち付けた。

 騎士はその勢いで前にスライディングだ。みっともない。


「ハルちゃーん! 勝ったでー!」


 両手を挙げて走って来る。

 無邪気で嬉しそうだ。だが、負けた騎士は立つ瀬もない。いや、弱すぎないか? 大丈夫なのか、騎士団は。


「ほらね、言ったでしょう。強いって」

「アヴィー先生、彼女はまだ子供ですな。しかも猫獣人です。エルフではない」

「そうね」

「なのに、あの身のこなしは……」

「あの子は毎日、エルフ相手に鍛練しているのよ。弱い筈がないじゃない」

「なんとぉッ!?」


 でも、騎士をコテンパンにやっつけるのが目的なのじゃないのだよ。


「「うぇ~い!!」」


 また、ハルとカエデがハイタッチだ。

 喜んでいるけども。騎士達が、目を点にして固まっている。

 自分達の方が強いと思い込んでいたのだろう。

 まさか、ちびっ子に。まさか、猫獣人の子供に。

 そんな気持ちがあったのだろう。

 だが、一太刀も入れられないとは情けない。


「お前達! 鍛練し直しだぁッ!」

「おぉーッ!」


 そうだね、このままじゃ駄目だ。ハルはエルフ族の血を継いでいるから仕方ないとしてもだ。

 猫獣人のカエデにまで、簡単に負けているようでは駄目だろう。

 アヴィー先生と対戦しても負けるのが目に見えている。相手にならないだろう。

 これでもアヴィー先生は、カエデよりも強いらしいのだから。


「カエデ、お前あの足運びはないわ」

「えぇー、イオス兄さん! 勝ったやん!」

「そりゃ、勝ったけど。あれはお前舐めてたな」

「そんなことないにゃー」


 おや、カエデの目が泳いでいる。どうやら、本当に舐めて掛かっていたらしい。


「らって、かえれの方がちゅえーもん。しゃーねー」

「ハルちゃん、そうやんなー!」

「カエデ、だからといってだな。油断していると痛い目にあうぞ」

「だって、イオス兄さんと比べたら全然違うねんもん。負ける訳ないわ」


 おお、大きな事を言ったぞ。負ける訳ないそうだ。

 出会った時は痩せ細っていて男の子のフリをしていたカエデだ。

 まだ1年も経っていない。それでも、身長は伸びたし肉付きも良くなった。髪も少し伸びたんだ。女の子らしくなった。

 

「でもカエデ。まだまだだわ」

「ミーレ姐さん、そう?」

「そうよ、私より弱いわよ」


 そう言うミーレ姐さんは、どれ位強いのだろう?


「ミーレは私より強いものね」

「アヴィー先生、そりゃ奥様に散々鍛えられましたから」


 リヒトの母親の事だ。どうやら、ミーレは鞭だけでなくそれ以外もリヒトの母親に鍛えられたらしい。

 リヒトの母親は研究者だ。学者と言っても良い。なのに、戦闘もできるのか?


「あー、母上はスパルタなとこあるからな」

「そうですよ。逃げられませんし」

「アハハハ。ミーレの師匠はリュミとロムスか」

「長老、笑い事じゃないですよ。二人共、厳しいんですから」


 鍛練嫌いのミーレを仕込むのに、厳しくしていたのではないだろうか? そんな気がするぞ。

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