第132話 ちゅどーんは駄目

「ハル、大切な事を聞かないとな」

「あ、じーちゃん。わしゅれてたじょ」


 ハルはお馬さん達と触れ合っていた。本当は背中に乗りたいらしい。一生懸命片足を上げているが、全く届いていない。

 ハルはまだちびっ子だ。1人で馬に乗るのは危険だ。

 そんな事より、精霊女王がやって来たかどうかだ。


「ひぽ、聞いてくりぇ」

「ぶもぶも」


 ヒポポがお馬さんに、ぶもぶもと話しかけている。

 今回の精霊獣のお馬さん。どの子も見事な毛並みだ。鬣も立派で体躯も申し分ない。そのお馬さんの大きさなのだが。

 精霊獣にしては大きい。確かに大型だ。だが、リヒト達が大森林で乗っているユニコーンより一回りも二回りも小さい。

 普通のお馬さんよりも、一回り程小さい。それでも今迄見て来た精霊獣の中では大型だ。

 シュシュ位の大きさだったら、ハルも1人で乗れたのにね。


「ぶもぶも」

「しょっか」

「ハル、どうだった?」

「うん、ここにもじゅっと前にきたって」

「そうか、ずっと前か」

「なら、また何百年も前かも知れないわね」

「そうだな」


 さて、この基地での用事は終わった。次はやっと2層だ。さっさと移動しよう。

 なのに、なぜかハルが鍛練場の真ん中にデデンと立っている。

 広い鍛練場にちびっ子のハルが立っていると、余計に小さく見えてしまう。なのに、態度は大きいぞ。


「ふんぅッ!」


 しかもやる気満々で、鼻息が荒い。両手に短剣の大きさの木剣を持っている。いつもカエデと訓練する時に持っている木剣だ。ちびっ子用のおもちゃの様な剣だ。

 ハルの正面には、まだ若い騎士が立っていた。呆気に取られているのか? 戸惑っているのか?

 そうだ、ハルは対戦する気満々なんだ。

 ずっと、対戦するぞと言っていた。もしかしたら、やっちゃうかな? とは思っていたよ。

 ハルならするだろうと、予想していた人も多い事だろう。


「団長、いいんですか? こんなちびっ子に剣を向けて」

「構わないそうだ。思い切りやれ」

「ええー!」


 ハルの相手をするらしい若い騎士が戸惑っている。まさか、こんなちびっ子と対戦するとは思わなかったのだろう。


「俺、アヴィー先生と出来るとおもったのに」


 ……らしい。アヴィー先生、色んな意味で人気者だ。


「ハル! ちゅどーんは駄目だぞ!」

「えぇッ!? じーちゃん、しょうなのか!?」


 そりゃそうだ。騎士にハルの必殺技『ちゅどーん』なんてしたら最後、騎士は天に召されてしまうではないか。

 なにしろ、大森林の超大型でも倒すんだ。ヒューマンにしてはいけない。絶対に駄目だ。ちゅどーんは禁止。


「アハハハ! ハル、ヒューマン相手にちゅどーんは駄目だ」

「わかったじょ!」


 いやいや、ヒューマン族だけではない。ちゅどーんは魔物限定だ。


「いくじょッ!」

「お、おうッ!」

「よし! 始めッ!」


 さっき団長と呼ばれていた男性が、始めの合図を出した。

 その次の瞬間に、ハルの姿が消えた。ハルが立っていた場所に、小さな風が起こっている。


「えッ!?」


 対戦相手の騎士は、ハルの姿を見失ってキョロキョロしている。ハルの動きについていけてないんだ。


「たあーッ!」


 騎士の頭の上から声がしたと思ったら、簡単に首筋に剣を当てられ、騎士はその勢いで尻餅をついた。

 そして、喉元に短剣を突き付けられてしまう。


「おわりら」

「ま、ま、まいった!」


 何が起こったのか、理解出来ずに鍛練場が静まり返っている。そんな中……


「ハルちゃーん! やったーッ!」


 カエデだ。両手を挙げて、ピョンピョンとその場で飛びながら思いっきり叫んでいる。

 ハルも、カエデに向かって手を振っていたりする。ポヨンポヨンしたお腹を……いや、胸を張って自慢気だ。


「これは……信じられん」

「だから、強いって言ったでしょう?」

「アヴィー先生、一瞬消えた様に見えましたぞ」

「消えてなんかないわよ。上にジャンプしただけよ」

「そうなのですか!? あの速さはなんですか! とても幼児の身体能力ではありませんぞ」

「だから、エルフだもの」

「エルフの方々は、幼くてもあのようにお強いのですか?」


 そんな事はない。ハルは特別だ。何しろ、ハルに魔法だけでなく、体術や剣術を教えたのはそこにいる長老だ。

 曽孫の活躍を、満足そうに頷きながら見ている。


「あの長老が教えたのよ」

「長老殿が? なら長老殿もお強いので?」

「あら、当然じゃない。私なんか足元にも及ばないわよ」

「なんとッ!? アヴィー先生がですか!?」


 ここの騎士団が思う最強は、もしかしてアヴィー先生なのか? アヴィー先生は一体何をしたのだ?


「「うぇ~い!」」


 ハルとカエデが、ハイタッチをしている。ハルは楽勝だったよね。

 皆も、平然としている。当然なのだろう。

 いくら騎士でも、ヒューマン族にハルが負ける事はないのだろう。


「かえれのほうが、ちゅえーな」

「ハルちゃん、ほんま!?」

「うん、ちゅえー」

「ハイッ! はいッ! 次は自分がやるで!」


 手を挙げている。カエデは一体誰に訴えているんだ?


「今度はカエデが対戦するそうよ」

「アヴィー先生、流石に猫獣人の子供には負けません」

「あら、そうかしら?」


 ふふふん、とアヴィー先生が鼻で笑っている。

 そんな中、カエデが腕を伸ばしながら鍛練場の中央に出て来た。


「カエデ、いつも通りいけよ!」

「はいな!」


 カエデの師匠イオスとしては、どんな感じなのだろう?


「信じていりゅじょ、かえれ」


 ハルが何やら格好を付けている。何かの真似らしい。

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