第124話 許可書
「アヴィー、やり過ぎだ。目に見えないものを、突然信じろと言われても躊躇して当然だろう」
「でも、長老。エルフはずっと守ってきたわ」
「そうだな」
「だから、国民性なのかしら? 環境なのかしら?」
「どうだろうなぁ。この国では、見えないものより、目先の利益を優先する傾向があるからな」
「そうなのよね。なのに、協定への加入を渋るのよ。意味が分からないわ」
現在、アンスティノス大公国以外の国が加盟している協定だ。入らないという選択に利益はない筈だ。寧ろ、不利益ではないのだろうか?
「色々、考えるのだろう」
「他国と貿易しなくても平気なのよ。文化交流も必要ないとか言い出すのだもの」
それでは鎖国状態になってしまうぞ。
――キュルルル……
ああ、ハルのお腹が鳴ってしまった。真剣な話をしていたというのに。
「ばーちゃん、腹減ったじょ」
「あら、お昼にしましょう」
何度も言うが、ハルはさっきクッキーを食べていた。
「ハル、さっきクッキーを食べてたじゃない」
「みーりぇ、おりぇは小っしぇーんら」
「そうね」
「らから、早く腹が減るんら」
「はいはい」
そんなミーレも、しっかりクッキーを食べていた。
ルシカとカエデが作った、お昼ご飯を食べた。
今日のお昼ご飯は、サーモンが入ったクリームパスタだ。
「んめー!」
「アハハハ。ハル、お口の周りが大変な事になってますよ」
「ん、しゃーねー」
相変わらずだ。クリームパスタのソースがお口の周りについている。
それをルシカに拭いてもらう。いつもの光景だ。
上手にパスタをフォークに取っているのに、どうしてそんなにお口の周りにつくのだろう?
しかも、大きなお口を開けて食べているのに。
「本当、ルシカは上手だわ。チーズが良いコクを出しているわね」
「今日はカエデがメインに作ったのですよ」
「まあ、カエデ。偉いわ。直ぐにお嫁に行けるじゃない」
「アヴィー先生、ありがとうー! けど、自分は嫁になんか行けへんで。ずっとハルちゃんのそばにいるねん」
「あらあら、カエデったら」
「カエデ、そんな事分からないじゃない」
「ミーレ姐さん、自分はそう思ってるって事や」
「あら、そう」
カエデより、先にミーレだ。エルフの適齢期とは、一体何歳なのだろう?
昼食の後は、ハルはお昼寝だ。
食べたら直ぐに眠くなる。まだ、ちびっ子だから仕方ない。お昼寝は大事らしい。
しっかりシュシュが添い寝をしている。シュシュの胸の辺りに、ハルが小さく丸くなって眠っている。コハルとヒポポも一緒にお昼寝だ。
「で、中に入れるんだろう?」
「ああ、リヒト。大公の許可書を貰ってきたからな」
「近寄らない様にと、一筆付け加えてもらったわ」
「おう。大体の場所は分かっているんだよな?」
「アヴィーの記憶と照らし合わせたんだ」
長老がワールドマップで見た位置と、アヴィー先生が以前中に入った時の記憶を照らし合わせたらしい。
いくら長老でも、騎士団の基地の中には入った事がないそうだ。だから、基地の中だとは分かっても実際にどこら辺なのかは分からない。
それで、アヴィー先生の記憶が頼りになる。
「詰所や寮が並んでいる裏側だと思うの。鍛練場の、真ん中とかじゃなくて良かったわ」
「アヴィー、それはないだろう?」
「あら、分からないじゃない?」
そんな常に人が、動いている場所ではないだろう。今迄の事を考えても、自然の木に紛れている可能性が高いと思うぞ。
「ハルが起きたら向かおう」
「そうね。あら、このお茶とっても美味しいわ」
「ほんま? 有難う」
「カエデが入れてくれたの? 上手になったわね」
「カエデちゃんは、日進月歩なんや。努力せんとな」
「偉いわ。ミーレ、聞いた?」
「アヴィー先生まで何ですか?」
「ミーレも少し努力したら、聖属性魔法だって使えるのに」
「そうですか?」
「そうよ。あなたを教えている頃から、そう言ってるじゃない。なのにミーレったら、練習しないから」
おやおや、ミーレは昔から練習が嫌いらしい。
「いいんです。私はこれで」
「ふふふ、鞭は練習したじゃない」
「だってそれは奥様が……」
「そうね。リュミは容赦ないもの」
「そうなんですよ」
リュミとは、リヒトの母だ。研究者で、ミーレの鞭の先生だ。容赦がないらしいぞ。
「ハルには優しかったぞ」
「まだちびっ子のハルちゃんに、上級魔法を教える位に容赦ないって事よ」
「ああ、なるほどな」
ハルに上級魔法を教えたのは、リヒトの母だけではない。他人事の様に納得しているが、長老だって一緒になってウホウホと教えていた。
「ハルは直ぐに覚えて、使える様になるから教え甲斐があるんだ」
「そうだったわ。長老も教えたんだったわね」
ハルはエルヒューレ皇国の英才教育を受けている。そう言っても、過言ではない先生2人に教わったんだ。
魔法だけではない。調薬もだ。体術だって、長老から直々に教わっている。
そして、鬼強いちびっ子ハルの出来上がりだ。
「なんや、ハルちゃん強い筈やわ」
「いやいや、カエデ。ハルの持って生まれた能力もあるぞ」
ハルが前世で生まれた頃からの能力も関係あるのだろう。
前世では、魔法等ない世界だった。それでも、身体能力や学力もハルは高かった。
ただ、環境が合わなくて辛い思いをしていたが。
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