第111話 見えない
「ばーちゃん、いい匂いがしゅりゅな」
「本当ね、お花が沢山飾ってあるからかしら」
――クチュン
ミーレに抱かれていたシュシュが小さくクシャミをした。シュシュは花に弱いのか? 以前、花粉に毒性がある花を探していた時にも反応していた。
「あら、シュシュ。あなた普通のお花も駄目なの?」
「あたしはデリケートなのよ~」
こらこら、喋ったら駄目だろう。アヴィー先生も、シュシュに振るんじゃないぞ。
「え……!?」
ほら、大奥様が驚いてシュシュをガン見しているぞ。
「しゅしゅ、喋ったりゃらめらろ」
「あら、そうだったわ。ごめんなさ~い」
悪いと思ってないな。
「ああ、猫に見えますが本当は虎の聖獣なのですよ。今は小さくなっておるのです」
仕方なく長老がフォローする。子猫だと思っていたのが、目の前で喋ったのだ。フォローにもなっていないが。
「せ、せいじゅう!?」
「聖獣をご存知ありませんかな?」
「い、いえ。てっきり御伽噺の中だけの事かと思っておりましたわ」
アンスティノスでは、聖獣を信じられていないらしい。それも、仕方ない。滅多な事では姿を現さないのが聖獣だ。
シュシュでさえ、追いかけられた経験があるから、ヒューマンの前には出ないと以前話していた。
「あら、あたしは本当に聖獣よ~」
「これ、シュシュ」
「はぁ~い」
本当、黙っておこうな。それとも、面倒になって態とか?
とにかく、応接室へと通された一行。
落ち着いて座っているように見えて、若干大奥様の目が泳いでいる。シュシュに驚いているのだろう。
「本当に聖獣様なのですか?」
「ブフフッ!」
「あら、リヒト。どうして笑うのよ」
「だってシュシュ。聖獣様って柄かよ」
「まあ、酷いわね」
もう、普通に喋っている。お構いなしだ。
部屋に控えていたメイドさん達まで驚いているぞ。紅茶を出してくれていた、お姉さんの手が止まっている。
「ごめんなさいね、ありがとう」
「あ、いえ……小さなお子様はジュースの方が良いでしょうか?」
「そうね、ハルちゃん」
「ん、なんれもいいじょ」
「じゃあ、ジュースを頂けるかしら」
「はい、畏まりました」
通された応接室は庭に面していた。この部屋からも花が咲き乱れる庭が一望できる。
バラを中心に色んな種類の花が植えられている。
その向こうには、柱に花が連なる様に咲かせた四阿まである。
これは、趣味の域を超えている。花屋を経営しようというだけの事はある。
「素晴らしいお庭だわ。手入れが大変でしょう?」
「いいえ、とんでもありません。私の唯一の趣味なのですよ」
「じゃあ、ご自身でも手を入れられるの?」
「はい、それがライフワークとでも言いましょうか。良いストレス解消なのです。土を弄っておりますとね、気持ちがスッと落ち着きますの」
「ふふふ、素晴らしいわ」
アヴィー先生は、本当に人見知りをしない。それだけ経験があるからなのだろうが、アヴィー先生の性格も大きく関係しているのだろう。
「アヴィー、学園の話を聞くのだろう?」
「そうそう、そうだったわ」
やっと本題に入った。
大奥様が話した事は、花屋の店員さんが話していた事とそう大差はなかった。
とにかく何も分かっていないという事だ。
なにもいない筈だ。学園の子供達には見えていないのだ。
それでも確実に何かがいる。何かが悪戯をしているという事しか分かっていない。
「ふむ、見えないのだな」
「長老、そうね。ヒューマン族には見えないのでしょうね」
「しかし、精霊だとそんな悪戯はしないだろう」
「ええ、確かに。それに、精霊なら私達でも見えないわ」
「ばーちゃん、おりぇが見えりゅじょ」
「そうね、ハルちゃん」
もしも、その悪戯をするものが精霊だとしたらハルしか見る事ができない。
精霊以外には何がいるのだろう?
「まあ、見てみるか」
「そうね」
おや? 長老もアヴィー先生も楽観視していないか? これは、原因が何なのか予想がついているのか?
「その場所に入る事ができるかしら?」
「ええ、もちろんですわ。今すぐには無理ですけど、明日には入れるように手配致しますわ。学園でも困っておりますの。それに、アヴィー先生なら歓迎ですわ」
「あら、私は何もしていないのだけど」
「とんでもありません。この界隈では皆、アヴィー先生のお薬に助けられておりますわよ」
「あら、そうなのね」
長年、4層で薬師として店を出していたアヴィー先生。
その店には、貴族が直接購入に行かなかったとしても、メイドが、侍従がと足を運んでいたのだ。庶民だけでなく、3層に住む貴族達にとってもいざという時に頼りになっていたのだろう。
「今はもうアヴィー先生はいらっしゃらないのですよね?」
「ええ、私はエルヒューレに帰っちゃったの。でも、私の1番弟子が立派に継いでくれているわ」
「まあ、そうなのですね」
ニークに対してのハードルが、どんどん上がっているような気もしないでもない。
仕方ない。頑張ってもらおう。
「じゃあ、入れるようになったら教えてもらおうかしら?」
「アヴィー、それだけではないだろう?」
「あら、長老。他に何かあったかしら?」
アヴィー先生は、精霊樹の事を忘れているのか?
「ワシ等が見ている間は、誰も近付かないで欲しいのだ」
「ああ、そうだったわ」
「はい、それも申し伝えますわ」
そうそう、長老。そうなのだ。精霊樹を探して精霊獣を呼び出さないといけない。
ヒューマンが見ていない方が都合が良い。
シュシュどころの騒ぎではなくなってしまう。
なにしろ、コハルやヒポポが登場するのだから。
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