第108話 慰霊碑

 隣りのベンチでは、アヴィー先生と長老が花屋の店員さんの話を聞いていた。

 花屋の店員さん、しっかり者の奥さんといった感じの人だ。年の頃は、リヒトの母親より少し下に見える。実年齢は違うだろうが。


「実はうちの店のオーナーのお孫さんなんですけど……」


 あの花屋は貴族が経営している店らしい。元々花が好きだった大奥様が、趣味と実益を兼ねて始めた店なのだそうだ。

 

「私の主人がお邸で育てた花を売っているのです」

「まあ、素敵ね。どれも見事な花だったわ」

「有難うございます」


 その大奥様のお孫さんは、精霊樹があると話していた学園に通っている。

 そこで、最近問題が起きているそうだ。


「学園の裏庭なんですが、高等学園と繋がっているんです。そこは木立があるのですが、そこに何かがいるらしいのです」

「ほう、何かとは?」

「それが、分からないそうなんです」


 花屋の店員さんの話によると、その『何か』が見えないらしい。

 それでも確かに、何かがいてそこを通る学生達にいたずらをするのだそうだ。

 最初はただのいたずらだった。髪を少し引っ張られたり、突かれたりといった程度だった。それが最近ではエスカレートして、何かがぶつかってきたりといった事があるらしい。

 それで、怪我をする学生が続出していた。大奥様の孫も、怪我をしたらしい。

 だからといって、大怪我をする訳ではないそうだ。

 目に見えないが、何かがぶつかってくる。そんな事に驚いて、慌てて逃げ出した時に転けてしまったりするそうだ。


「ほう、それは珍しい」

「そうよね、だって見えないんでしょう?」

「そうなんです。それで問題になっていて……」

「なるほど」

「エルフの方でしたら、もしかしたら見えるかも知れないと思いまして」


 不思議な事があるものだ。見えないのに何かが居る。


「じーちゃん、あんれっちょか?」

「アハハハ、ハルまだ言えてねーぞ」

「ハル、アンデットではないな」

「しょっか?」


 アンデッドなら学生が通る様な昼間には出て来ない。

 それに、どうしてその木立のある場所だけなのか?


「長老、良い機会じゃない?」

「そうだな」


 精霊樹がその学園の中にあると長老は言っていた。関係者以外は入れない場所だ。

 その学園に入れるのなら、アヴィー先生が言うように丁度良い機会ではないか?


「ワシ等が学園に入れるようにできますか?」

「ええ、オーナーに会って頂ければ融通を利かせてもらえるはずです」


 意外なところから、学園に入れる可能性が出て来た。


「じゃあ、連絡をしてもらえるかしら? 私達はこれから慰霊碑に行くの。宿を取っているからそこに連絡をしてもらえばいいわ」

「はい、有難うございます」

「まだ、ワシ等で解決できるのか分からんぞ」

「とにかく見てみなきゃね」

「はい、直ぐにオーナーに連絡します!」


 取り敢えず、一行は最初の目的通りハイヒューマンの慰霊碑に向かう事にした。

 その間に、花屋の店員さんがオーナーさんに連絡を取ってくれる手筈になっている。


「それにしても、何かしら?」

「アヴィー、さっきの話か?」

「ええ、だって姿が見えないんでしょう? 不思議ね」

「アヴィー先生、思い当たる事はないのか?」

「あら、リヒトったらまたそんな事を言ってるの」


 おや? なら、不思議ねなんて言いながらもう分かっているのか?


「アヴィー先生は分かっているのかよ」

「分からないわよ」


 なんだそれは。分からなくても、アヴィー先生は強気だ。


「なんだよ、分からねーのかよ」

「リヒトだって分からないんでしょう?」

「ああ、分からん」

「まあ、行ってみれば分かるだろうよ」

「そうね、長老」


 全く不安は無いようだ。

 パッカパッカとアンスティノス大公国の3層を進む一行。

 大店の商店が並ぶ通りを抜け、問題の学園を通り過ぎ、役所が並ぶ一角を抜け街の外れへと向かう。

 しばらく行くと、小高い丘にでた。そこには、何本も木を植えてある。その木の下に、慰霊碑が建てられていた。

 街に時々建っている記念碑の様な感じだ。

 その前面に何か言葉が刻んである。


『我等が同胞ハイヒューマンの魂よ、安らかに眠ってください』

 と、掘ってある。その前に並ぶ、長老達。

 柔らかい風が木々の葉をそっと揺らした。皆が訪れた事を歓迎してくれているかのようだ。


「ハルの爺さん達の仲間だ」

「ん……」

「この真下に、瘴気を浄化する為の魔石を設置してある」

「ん……」

「これから、ワシ等が管理していくんだ」

「ん……」


 この慰霊碑があるからといって、ここにお骨や遺品がある訳ではない。

 だが、何も無い事にはできない。エルフ族やドラゴン族、ドワーフ族もそう決めたんだ。

 アヴィー先生が慰霊碑の前に、花束をそっと供える。

 そして、全員が片手を胸に当て黙祷した。ハルも小さな手を胸に当て目を閉じている。

 今から約2000年前に起こった悲劇だ。

 同じ部族であるハイヒューマンの、大きな力を脅威と見なし排除しようとしたヒューマン族に全滅させられた。

 エルフ族は助けようとしていた。実際に長老が動いていた。

 そして、明日にでもエルヒューレ皇国へ移住しようとしていた時に一斉攻撃をされたんだ。

 ハルの祖父も、そのハイヒューマンだ。

 ライオル・マートス。ハルのグリーンブロンドの髪と、ゴールドの瞳にグリーンの虹彩は祖父譲りだ。

 ハルの祖父は、一斉攻撃の少し前にヒューマン族に襲われ、命辛々エルヒューレ皇国にまで逃げて来て保護されていた。そして、ハルの祖母と恋に落ちたんだ。

 その祖母が長老とアヴィー先生の愛娘、ランリア・エタンルフレ。

 2人一緒に、突然発生した『次元の裂け目』に吸い込まれて界を渡った。

 辿り着いた先で、森に生きると書いて『森生(もりお)』という姓を名乗っていた。

 2人の思いがこもった姓だ。



 ◇◇◇


お読みいただき有難うございます!

ハルちゃんreturns、気付けば108話になっていました。

番外編の様な感覚でスタートしたreturnsですが、皆様に応援して頂き感謝しております。

しかし、何分書き溜めがなくギリギリで投稿しております。

いつもなら、書き溜めて何度も読み返して修正を入れるのですが、returnsに関しては出来たてホヤホヤで投稿している場合もあります。

ですので、もしかしたら2日1度の投稿も難しくなってしまうかも知れません。

頑張りますが、もしも投稿がなかった場合はご容赦くださいませ。

これからも、ハルちゃんをどうぞ宜しくお願い致します!

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