第105話 やっと3層

 翌朝、やっと次の3層に向かうべく出立した一行。


「アヴィー、残っても良かったんだぞ」

「やだ、長老。あたしはハルちゃんと一緒に行くのよ」

「そうか」

「そうよ~」

「ね~、そうよね~」


 もう、アヴィー先生なのかシュシュなのか分からなくなっている。

 おまけにこの2人、とっても気が合うらしい。

 以前アヴィー先生が、前大公に拉致された時にシュシュが潜入し一緒に行動した事が切っ掛けだ。その時から、2人……いや、1人と1頭はマブダチのように仲良くしている。

 同じハルちゃんのファンクラブ会員としても気が合うらしい。


「ねえねえ、ハルちゃん」


 この一言だけだと、アヴィー先生が言ったのかシュシュが言ったのか全く分からない。


「なんら、しゅしゅ」


 シュシュだったらしい。


「あたしね、ハルちゃんの前に乗りたいわ」

「しょうか?」

「そうよぅ~」

「シュシュ、大人しくしていなさい」

「あら、ミーレ。乙女心が分からないの? 酷いわね」


 ……誰が乙女だ。


「長老、3層で宿を取っておきますか?」

「そうだなぁ……」

「あら、イオス。3層にこの国の貴族以外が泊まれる宿なんてないわよ」

「アヴィー先生、前回街を修復した時に1軒だけ出来たんですよ。まあ、お値段は貴族専用並みにお高いですけど」

「あら、そうなの? 知らなかったわ。イオスはよくそんな事を知っているわね」

「親父に仕込まれてるッスから」


 なるほど、執事の仕事としての一環らしい。


「じーちゃん、3層にしぇいれいじゅは何本あんら?」

「ハル、見てみなさい」

「ありぇか、わーりゅろまっぷらな」

「そうだ、できるか?」

「おう」


 そう言って、ハルは両手を胸に当て目を閉じる。もうお決まりのポーズになっているが、同じワールドマップを見るにも長老はそんな事はしない。

 この時いつもリヒトが、ハルのお腹……いや、腰に手を回して支えている。馬に乗っているからね、目を閉じると危ないんだぞ。


「分かったか?」

「わかんねー」


 どうしてだ? ハルもワールドマップに慣れた筈ではなかったか?


「ハル、精霊眼とリンクさせているか?」

「してりゅじょ。けろ、なんもねーんら」

「ああ、ハルが行った事がないからか?」

「しょうら」


 いやいや、それでも精霊樹が何本あるのか位は分かるだろう。


「3層には2本しかないんだ」

「しょっか。このふたちゅ光ってんのがしょうか?」


 どうやらワールドマップでは、精霊樹のある場所は光って見えているらしい。

 それが分かるのに、どうしてまだ本数が分からないんだ?


「ハル、それだ。距離があるから1日で回るのは無理だろうな」

「じゃあ、宿を取りましょうよ」

「そうだな。イオス、頼めるか?」

「了解です」

「イオス兄さん、自分も行くで」

「おう」


 イオスとカエデが馬で先に行く。どこに宿があるのかも、イオスは把握しているらしい。


「ねえ、また街中なんでしょう?」

「そうだな。アヴィー、またシールドを頼む」

「ええ、分かっているわよ」


 今回は何処にあるのだろう?

 アンスティノス大公国の3層。そこは、国の公的な役所や各ギルド、教育施設等があり、貴族御用達の大店の商会もある。

 この3層目までが公都と呼ばれており、前回魔物が暴れた時に壊滅的な被害を受けた。

 その時にエルフ族だけでなく、ドラゴン族、ドワーフ族も参加して復旧した。

 この国で唯一の浄化の魔石が設置してあるのもこの3層だ。

 アンスティノス大公国の3層目にある小高い広場には、ハイヒューマンの慰霊碑が建っている。

 二度と同じような事を起こさないよう、2000年前に起こったハイヒューマンの殲滅も慰霊碑に刻まれている。

 その真下に、瘴気を浄化する為の魔石が設置されている。


「慰霊碑にも行っておきたいわね」

「アヴィー、まだ行った事がないのか?」

「そんな時間なかったわよぅ。ずっと会議ばかりだったもの」


 アヴィー先生は、この国が相互協力及び安全保障協定に加入するかどうかの会議に出席している。

 瘴気を浄化する為の魔石の存在も知らなかった国だ。

 何より、この国の中枢を担っている人達はヒューマン至上主義が多い。

 そんな人達に、根気よく説明しているのがアヴィー先生だ。

 既に、アンスティノス大公国以外の全ての国が加盟している。これに加盟しないと言う事は孤立を現す。それでも、二の足を踏んでいる。


「もう、嫌になっちゃうわ」


 とは、アヴィー先生だ。よく言っている。


「エルフ族はね、本当はヒューマン族なんて相手にもなんないのよ。それだけの能力を持っているの。なのにそれを、ひけらかさないわ。もちろん力を行使したりもしない。それが凄い事なのよ」


 アヴィー先生ではなく、聖獣のシュシュがいつだったかそう言っていた事がある。


「シュシュは時々難しい事言うやんな」

「カエデ、あたしは聖獣なのよ。知性が豊かなのよぅ〜」


 なんて言っているから、真面目な事を言っても胡散臭かったりする。


「3層に精霊樹なんてあったかしら?」


 そうだ、精霊樹の話だったぞ。


「アヴィーは気付かなかったか?」

「そうね、見た覚えがないわ。ねえ長老、お花買って慰霊碑に行きましょう」

「そうだな」

「慰霊碑か。建てた時以来だな」

「あら、リヒトは立ち会ったの?」

「俺だけじゃなくて、長老やハルもだ」

「ふぃーれんかもいたじょ」

「まあ、そうなのね」


 慰霊碑を建てる時、フィーリス第2皇子も立ち会ったらしい。元々3層の街を設計をしたのはこの皇子だ。

 性格は万年子供だが天才児だ。


「じゃあ、アヴィー先生。少し商店の方に行きましょうよ」

「そうね、ミーレ」


 ああ、いかん。きっと花だけでは済まなくなるぞ。

 ミーレがウキウキしている。お買い物が好きなミーレだ。

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