第103話 馬しゃん
ハルが柵に近付いて行く。ちょっとずつ、1歩ずつ。恐々といった感じだろうか。
なのに大胆に、いきなり片手を出して言った。
「馬しゃ~ん、おいれ~」
まったく怖がってはいなかった。
仔馬がキョトンとして、ハルを見ている。こいつ、なんだ? とでも思っているのか?
「おいれ~」
ゆっくりとハルに近付き、いきなりハルが出している手をハムッと咥えた。甘噛みだ。
「お……」
ハムハムとして、これは食べ物ではないなと確認したのか、今度はペロペロと舐めだした。
「うひょひょひょ」
「アハハハ。ハル、どうした」
「じーちゃん、変なかんじら」
「どう変なんだ?」
「しゅしゅと、じぇんじぇんちげー」
「ハルちゃん、あたしは聖獣なのよ。高貴なの。特別なのよ」
小さい白い奴が、また言ってるぞ。
「シュシュはまだピヨピヨなのれす」
ほら、コハルがすかさず顔を出した。何もない空間に小さな顔だけ出している。
だから、コハルさん。顔だけが浮いているように見えて、若干ホラーだからそれは止めよう。
「コハル先輩、聞いてたの!?」
お決まりだ。コハルはシュシュには何故か手厳しい。一言、言うだけ言ってサッサと亜空間に戻っていった。
「赤ちゃんはみんなかわいぃじょ」
「そうだな。ハルが赤ちゃんだった頃も可愛かっただろうな」
「長老、当たり前じゃない。ハルちゃんは今でも超可愛いもの」
「しゅしゅもかわいぃじょ」
「やだ! ハルちゃん有難う!」
だから、シュシュ。君は話したら駄目なんだぞぅ。
周りに人がいないと、堂々と喋っている。小さくなっていても、シュシュはシュシュだった。
「よしよし、かわいぃなぁ〜」
ハルが、仔馬の鼻梁を小さな手でスリスリと撫でている。
大人しく撫でられている仔馬。ハルは動物にも好かれるらしい。
「大人しいもんだな」
「ハルに懐いてますね」
ハルちゃん、かなりご満悦だ。何か頻りに仔馬に話しかけている。
「ハルちゃん、何喋ってんの?」
「がんばったなぁ〜ってほめてんら」
「そうなんや」
「ん、大変らったよなぁ〜。いいこいいこ」
仔馬の高さがハルには丁度良いらしい。
それから、やっとの事で店に戻ってきた長老達。店では、アヴィー先生とルシカが客に対応しながら薬湯を用意している。
「あら、遅かったわね」
「ばーちゃん、赤ちゃん産まりぇたんら」
「みたいね、イオスが薬湯を取りに来たから驚いたわ。大丈夫だったの?」
「ああ、無事に産まれたぞ。双子だったんだ」
「まあ、双子ちゃんなの?」
「ばーちゃん、超かわいかったじょ」
「ハルも役に立ったからな」
「おー」
「あら、そうなのね」
結局、もう昼には遅い時間になってしまっている。
――キュルキュルルー……
やはり鳴ってしまった。ハルちゃんのお腹だ。
「はりゃへった」
「ハル、変わってくれますか? 私は食事の用意をしますよ」
「おー、いいじょ」
「僕も手伝いますよ」
どうやら、ハルとニークがルシカの代わりに薬湯を作るらしい。
薬草が収納された棚の前にある椅子にちょこんと座るハル。交代でルシカは店の奥へと入って行く。
「ルシカ兄さん、手伝うわ」
カエデがルシカに付いて行く。
店にいる客は……え? ちびっ子じゃん。大丈夫なの? と、いう顔でハルを見ている。
「ハル、ニーク、次はこれをお願いね」
「はい」
「ハルくん、僕が薬草を出しますよ」
「ん」
ニークがアヴィー先生の指示を書いた紙を受け取る。慣れた手つきで、棚から薬草を出して揃えていく。
それを、ハルが手に取る。そして、指先で操りながら、空中に浮かせた薬草を粉砕していく。
シールドの空間の中で混ぜられ、蜂蜜らしきものと魔法で出した水も少しずつ加えて練っていく。
「ばーちゃん、こりぇ湿布か?」
「そうよ。ニーク、ハルに専用の容器を出してあげて」
「はい、分かりました」
アヴィー先生が指示した容器をニークが用意する。そこに、ハルが練られた薬草を入れていく。
「よし、れきたじょ」
「ハルちゃん、有難う」
アヴィー先生が、それを待っていた人に手渡す。貰ったのは、どこかのおじさん。店でもしているのだろう、腰にエプロンを巻いている。
「はい、お待たせ」
「アヴィー先生、こう言っちゃあ何なんだけど……」
横目でハルをチラチラと見ながら言い難そうにしている。
「ん? 何かしら?」
「そのさ……ちびっ子だけど大丈夫なのか?」
「あら、何言ってるの。この子は私の曽孫よ。調薬なんて楽勝よぅ〜」
「ひ、曽孫なのか!?」
それを見ていた客達。ポカーンと口を開けて呆けている。
きっと、曽孫だって!? アヴィー先生は一体何歳なんだ!? て、思っているのだろう。
アヴィー先生、美魔女だ。だってエルフなんだから。
「ふふん」
と、またハルちゃんがポッコリしたお腹を……じゃなくて、胸を張って自慢気だ。
「何度見ても、エルフの人達の調合はまるで別物ですね。僕だと、すり鉢でゴリゴリしなきゃならないから時間が掛かってしまう」
「あら、ニークだって少しは魔法で作れるじゃない」
「でも、魔力量が少ないので調合の度に魔法を使うわけにはいきませんよ」
「そうだったわね」
ヒューマン族のニークだが、幼い頃にアヴィー先生に引き取られて英才教育を受けている。
それでも、種族として元々魔力量が少ない。ハルの様な調合をしていたら、1日持たないんだ。
直ぐに魔力切れになって動けなくなってしまう。
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