第102話 ねぇむれ〜♪

「長老、助かりました」

「偶々、来て良かったな」

「本当ですよ。僕1人だと、どうにもできませんでした」


 ニークもお疲れだ。焦ってヒヤヒヤした事だろう。

 ふぅ……と、大きく息を吐きながら額の汗を拭っている。


「そうだ、ハル。馬の赤ちゃんは見なくていいのか?」

「じーちゃん、そっちも見るじょ。けろ、赤ちゃんかわいいんら」


 ハルが赤ちゃんに、産湯を使っている産婆さんにピッタリとくっついて見ている。ハルちゃん、邪魔をしたら駄目だぞぅ。


「かぁわいぃなぁ〜。ちょびっと触ったららめか?」

「ふふふ、今綺麗にしてますからね。もう少し待ってください」

「ん、しゃーねー」


 産婆さんに言われている。


「ハル、邪魔したら駄目よ」

「みーりぇ、おりぇは邪魔なんかしてねー」

「ハルくんって言うの?」

「しょうら」

「ハルくんもとっても可愛いわよ」


 双子のお母さんがハルに声を掛けている。


「赤ちゃんもおかあしゃんも元気れ良かったじょ」

「ええ、有難う。ハルくんのおかげだわ」

「気にしゅんな」


 相変わらず、一人前な言い方だ。


「ハルがそんなに赤子に興味を持つとはな」

「らってじーちゃん、超かわいい」

「ふふふ、ハルも赤ちゃんみたいなものよ」

「みーりぇ、おりぇは赤ちゃんじゃねー」

「はいはい」


 うふふ、アハハハと和やかな時間が流れる。新しい命の誕生に立ち会ったんだ。

 しかも、長老とハルは双子や母親も救った。それはハルにとって、とても良い経験になった事だろう。


「ニーク、薬湯の説明をしておいてくれるか?」

「はい、長老」


 ニークが奥さんと旦那さんに薬湯の説明をする。その間もハルはずっと産婆さんに付いて回っている。

 産湯を使って、すっきりしたのか双子の赤ちゃんはスヤスヤと寝息を立てている。小さな手をギュッと握りしめている。


「もうしゃわってもいいか?」

「寝ちゃいましたからね。起こしたら可哀そうでしょう?」

「え、しゃわれねーのか?」

「ふふふ、そばで見るだけにしましょうね」

「しゃーねー」


 ハル、そんなに触りたかったのか?

 双子の顔にハルの髪が、掛かってしまうのではないかという位近くに寄って見ている。


「なんか、ふんわりといい匂いがしゅりゅじょ」

「綺麗にしたからですよ」

「しょっか」


 赤ちゃんのそばから、離れようとしない。


「ねぇ~むりぇ~、ねぇ~むりぇ~、はぁはぁのぉむぅね~にぃ~♫」


 とうとう子守歌を歌い出したぞ。もう眠っているのに。ハルちゃん、とっても子供好きらしい。


「ハルちゃん、その歌はなんやの?」

「子守歌ら。ねぇ~むりぇ~♪」

「その続きはないんか?」

「しりゃねー」

「また、知らんのん!?」


 いつも中途半端なハルのお歌。触ったら駄目だと産婆さんに言われているのに、小さなお手々で赤ちゃんの胸を優しくトントンしながら歌っている。


「ねぇ~むりぇ~、ねぇ~むりぇ~♪」

「ハルは良いお兄ちゃんになるな」

「じーちゃん、しょっか?」


 実際、ハルは前世で弟がいた。3歳下だ。

 だが、ハルは弟の事をあまり覚えていない。実際にハルが3歳の時に産まれたが、その時の事を覚えていないんだ。大きくなってからもそうだ。

 ハルに対抗心を燃やして、事ある毎に突っかかってきていた3歳下の弟。

 ハルは最初から相手にしなかった。弟と喧嘩をしたくなかったという気持ちもある。

 だが、ハルは自分の体調が悪くてそれどころじゃなかったんだ。

 もし、ハルが元気だったら……弟にも、もっと違う態度で接することができたのかも知れない。そしたら、関係が違っていたのかも。

 今となっては、どうしようもできない事だ。


「ハル、そろそろ行こうか」

「じーちゃん、しょっか?」

「ニークも、もう説明は済んだのだろう?」

「はい、もう済みましたよ」

「そうか、ではもう戻ろう。奥さんもお産で疲れただろうから静かに寝かしてあげよう」

「ん、分かっちゃ」


 そうだ、奥さんは双子の出産という大仕事を終えた後だ。ゆっくりと寝かせてあげてほしい。


「じーちゃん、馬の赤ちゃんみりゅじょ」

「アハハハ、そっちも見るのか」

「ん、見りゅ」


 馬の赤ちゃんが見たくてやって来たんだ。双子のお産に立ち会うなんて、とんでもない事になってしまったが。目当ては馬の赤ちゃんだ。


「僕が案内しますよ。もう元気に乳を飲んでいましたよ」

「しゅげーなッ! じーちゃん、早く見にいこう!」

「アハハハ、分かった分かった」


 ニークに案内されてやって来た厩舎。

 思ったよりも大きな厩舎だ。中に入ると中央に通路があり、両側に馬が並んでいる。

 淡い茶色からこげ茶色、黒い体毛の馬もいる。手入れが行き届いているのだろう。どの馬も毛並みが美しい。

 その厩舎の中を1番奥へと進んで行く。

 出産したばかりの母馬が仔馬に向かって「ブルブル……」と鳴いている。母馬に寄り添うように仔馬が立っている。


「あー、もう立ってりゅじょ」

「ハル、馬は産まれて直ぐに立ち上がるんだぞ」


 イオスがハルの後ろから言った。ハルは柵の直ぐそばにトコトコと駆け寄って行く。


「いおしゅ、見たことあんのか?」

「おう、あるぞ。リヒト様のお邸でも馬の出産があったからな」

「おー、しゅげーな」

「かわいいぞ」

「ほんちょら。けろ、思ったよりおっきいな」

「ハルがちびっ子なんだよ」

「えー」


 確かに、ハルの身長とそう大して変わらない大きさだ。

 さっきヒューマンの赤ちゃんを見てきたから、余計に大きく感じるのだろう。

 

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