第101話 双子ちゃん

 長老がハルを抱っこしたまま部屋に入って行く。

 部屋のベッドには、もう出産したというのに声を上げて苦しんでいる奥さんがいた。

 旦那さんが、部屋の隅で狼狽えている。手を握ってやらないのか? 居たたまれなくて、側に居られない感じか?

 出血も酷いらしく、べっとりと血の付いた布が何枚も桶に入れられている。


「ああ、ニーク待て」

「長老、どうしました?」


 長老は、ニークとお産婆さんを引き止める。そして、『クリーン』と詠唱した。

 もちろん、魔法杖も出していない。静かにサラッと一言詠唱しただけだ。なのに、長老やニーク達だけでなく、部屋中に行き渡ったんだ。

 さすが、長老。この場でクリーンをする知識もそうだが、長老の魔法は別格だ。


「しゃしゅが、じーちゃんら」

「ハル、赤子の方を見てくれるか?」

「よし、分かったじょ」


 ハルを産まれたばかりの赤ちゃんの側に下ろす。ハルもちびっ子だが、産まれたばかりの赤ちゃんはもっと小さい。長老はまだ苦しんでいる奥さんの側へ。

 ハルと長老、2人の目がゴールドに光った。


「ハル、どうだ?」

「らいじょぶら。ひーりゅで元気になりゅ」

「そうか、なら頼んだぞ」

「まかしぇりょ」


 ハルが小さな両手を、元気なく横たわっている赤ちゃんに向け詠唱する。


「ひーりゅ」


 白い光が赤ちゃんを包み込み消えていく。すると、蒼白だった赤ちゃんの頬や唇がベビーピンクに色付いた。呼吸も安定し、スヤスヤと眠っている。


「よし、らいじょぶら。がんばったな。もう、らいじょぶらからな」


 赤ちゃんの小さな手を握る。ちびっ子のハルが、ちょっぴりお兄さんに見える。

 長老は……


「これは、もう1人いるな」

「え!? 双子ですか?」

「ああ。なかなか出て来られない様だ。とにかく、母親に力がないとどうにもならん」


 そう説明し、長老も『ヒール』と唱えた。そして苦しんでいる奥さんに声をかけた。


「分かりますかな?」

「は、はい……ハァハァ」

「もう1人お腹にいます。もう少し頑張りましょう」

「は、はい!」


 長老が産婆さんに目配せをする。

 産婆さんが状態を見ようと、奥さんの側にいく。


「信じられない! 出血が止まってるわ!」

「アハハハ、今ヒールを掛けたので止まっているでしょうな」

「大丈夫よ、これならいけるわ! 頑張って!」


 お産婆さんが、奥さんのお腹を触り確認する。足元に移動してスタンバイ完了だ。


「まだよ、まだ息んだら駄目よ!」

「ハ、ハイ! ハァハァ……あぁー、痛いぃぃ!」

「今よ、力を入れて思い切り息んで!」


 部屋の外にはいつの間にか、薬湯を取りに行っていたイオスが戻って来ている。ニークが薬湯を確認している。

 何度もお産婆さんが励まし、奥さんも頑張った。そして、赤ちゃんの元気な泣き声が響いた。


「良かった! この子も男の子だわ!」

「ハァハァ……良かった……」

「お疲れさま、よく頑張ったね! ちょっと、旦那さんはどこにいるの!?」


 お産婆さんの声が聞こえたのだろう。旦那さんらしき男性がオズオズと近寄ってきた。


「あ、あの……すみません」


 産婆さんに謝っている。腰が引けているぞ。


「ほら、そばに行ってあげて!」

「は、はい」


 お産婆さん、強いな。


「じーちゃん、赤ちゃんにもひーりゅしゅりゅ方がいいじょ」

「おう、そうだな」


 長老の目がまた光った。


「奥さんにも、もう一度ヒールしておきましょう。どうやら、普通より血が止まり難いらしい」

「そうなんですか!? 今まで大きな怪我をした事がないので……」


 双子を産んだ直後だというのに、しっかりと受け答えをしている。気丈な奥さんだ。


「小さな怪我位なら平気だが、お産となると話は別だ。次にもし出産するならポーションを用意しておかないと危険だな。ニークが取り扱っているだろう」

「そ、そんなに……」

「でも良かった。感謝します! 有難うございます!」


 旦那さんが泣いている。ボロボロと涙を流している。

 偶々ニークの顔を見にきて、偶然話を聞いたハルが馬の赤ちゃんを見に行くと言わなかったら来る事はなかった。

 しかも双子だ。長老がいなかったら、奥さんもお腹に残っていた子も危なかったかも知れない。


「産湯使ってあげてや」


 カエデとミーレが、大きな桶と湯を持ってきた。


「かえれ、みーりぇ、超かわいーじょ。小っしぇーんら」

「ふふふ、ちびっ子のハルが大きく見えちゃうわね」

「らって赤ちゃんらからな。かぁわいぃなぁ〜。つんつん」


 ハルが短い人差し指で、赤ちゃんのほっぺをそっと突いている。

 ハルちゃん、よく突いているよね。特に自分より小さな生き物に突いている。

 亀さんといい、とかげさんといい。いや、あのおじいちゃんの精霊獣は、とかげさんではなく龍だった。


「ぷにぷにら」

「ハルちゃん、見せて〜」


 カエデと一緒にシュシュもやって来た。

 何か感じたのか、赤ちゃんが『ふぇ……』と声をあげる。


「ハルちゃん、あんまり触ったら起きてしまうで」

「らって、かえれ。かわいーじょ」

「そうやな、可愛いな。けど、触らんと見るだけにしよな〜」

「ん、しゃーねー」


 お産婆さんが双子に産湯を使う。2人共、小さいが元気だ。ハルと長老がいて良かった。

 この世界では、新生児病棟なんてない。お産で入院する事自体がない。

 小さな赤ちゃんが産まれた時や、難産だったりしたら大変だ。命に関わる事態になり兼ねない。

 ヒューマン族は基本的に魔法は使えない。なら医師を探すか、アヴィー先生の様な薬師から薬湯を買うか、ポーションを手に入れるかしかないんだ。

 

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