第91話 熊パーティー
ハルが話した内容を長老が通訳する。ハル語は慣れないと理解できないらしい。
「うちの領地の野菜は隣領とは違いますか?」
「いちゅも食べてりゅかりゃ、分かんねーんら」
「それは言えるな」
「じぇったい、肥料とかほしいはじゅら。じゅっと植えてりゅと土がやしぇてくりゅかりゃな」
「なるほど、それは話してみる価値はあるな」
「ん、ありゅじょ」
ハルが気付いた事は、ほんの些細な事かも知れない。それを、どう活かすかは領主と領民次第だ。
その日、小さな領地がまるでお祭りの様に湧いた。悩ませていた熊さんの討伐。それに肉だ。
領主邸が熊肉パーティー会場の様になっていた。
焼いたり、シチューにしたり。ルシカもフル活動だ。下茹ですると、臭みが消えるとルシカが説明している。
焼く時は、あまり厚く切らないようにと。まるで、料理の先生だ。
「んめッ!」
「美味しいなぁ。ハルちゃん、いっぱい食べや〜」
「ふふふ、ハルちゃん美味しいわね」
白い奴は大人しく小さなままで、肉に齧り付いている。元の大きさに戻るのは、場を弁えているらしい。
「長老、今回の事は放っておけないわね」
「熊か?」
「ええ。こんな時に誰も頼れないなんて、先が見えない恐怖に怯え続ける事になるのよ」
アヴィー先生の言う通りだ。今回は偶々アヴィー先生達が通り掛かったから良かったものの、そうでなければ未だに熊に怯えていた事だろう。
「3層からは危険な獣も出ないのよ。だから、他人事なんだわ」
「なるほどな。逆に言うと3層からは、それだけ自然が失われていると言う事だな」
「そうなるわね」
自然が失われているという事は、それだけ瘴気も溜まりやすいという事だ。
精霊樹は無事なのだろうか?
「3層に浄化の魔石を設置して正解だったわ」
前回、魔物に壊滅的な被害を受けた3層。そこには絶滅したハイヒューマンの慰霊碑が建っている。その真下に、瘴気を浄化する魔石を設置した。
それに大きく携わったのがエルフだ。
その魔石の浄化も、今後エルフが受け持つ事になる。エルフにしか出来ないからだ。
「精霊樹もどうなっているか、分からないわね」
「そうだな。しかし、3層にも反応があるぞ」
「そうなの? なら、早く行かなきゃ」
そうなのだよ。本題は精霊樹だ。そして、精霊女王を助け出す事なんだ。
とても脱線してしまっているが。
「長老、次の精霊樹も4層なのかしら?」
「そうだな、あと1本4層にあるな」
「じゃあ、そこに行きましょう」
と、いう事でやっと移動する事にした一行。
全ての問題を解決できた訳ではないが、後は領主達が話し合って決める事だろう。
そして一行は、またパカパカと馬で進む。
「うまかったなぁ」
「ハル、熊か?」
「しょうら。ましゃか熊しゃんがあんなにうまいなんてな」
「な、そうやんな。柔らかかったしな。やっぱルシカ兄さん、天才やわ」
「ハハハ、有難う」
リヒトの前に乗っているハルと、イオスの前に乗っているカエデ。ちびっ子コンビが話している。長閑で平和だ。
「ハル、次の精霊樹の場所を覚えているか?」
「じーちゃん、反対側ら」
「そうだな。近くまで転移するぞ。皆集まってくれ」
長老が、魔法杖を出す。そして、大きく半円を描くと光と共に一行の姿は消えていた。
そして、出て来たのがハルが言っていた様に、さっきの領地の反対側だ。
「あれ、じーちゃん。ここか?」
「近くに出た筈なんだがな」
一応、人混みを避けるようにして転移をしている長老。
それが、街中に出たものだから少し慌てている。周りに人がいないか、確認していたりする。
「長老、ビビったぜ」
「アハハハ、すまんな。加減を間違えたか?」
「そんな事ないわ。この領地だと、人混みを避けるならこの辺しかないわね」
流石、何年も4層に住んでいただけの事はある。アヴィー先生はよく知っている。
次の精霊樹の反応があった場所、そこは賑わった街中だった。この領地は紡績が盛んなのだそうだ。
だから、その関係の工場や工房が多い。そこで働いている人達も多いんだ。なので、他の領地よりも人口が多い。
そんな場所に転移してきた一行。工場の裏手に出てきた。
「イオス、今日は取り敢えず宿を取ってきてくれるか?」
「了解ッス」
「イオス兄さん、自分も行くわ」
カエデを前に乗せたまま、イオスは迷いなく馬を進める。この領地でも、宿がどこにあるのか分かっているらしい。
「精霊樹もこの近くだ。だが、これだけ人が多いと夜を待つ方が良いだろう」
「そうね、シールドを張るにしても目立たない方が良いわね」
長老とアヴィー先生の判断で、精霊樹を浄化するのは夜になって人通りが少なくなってからという事になった。
この領地、工場と工房が多い。工場で生地にした物を工房に卸す。それから洋服になったりドレスになったりだ。
特殊な生地を作っている工房もあるらしい。
「アヴィー先生、特殊な生地って何だ?」
「ほんの少しだけ状態異常に抵抗のある生地とか、少しだけ防御力のある生地とかね」
なんだかアヴィー先生の言葉、『少しだけ』に引っ掛かるぞ。
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