第90話 しゅーぷ

 翌朝、リージンの話によって花を植えた人達が集められた。朝帰りをしてきたところを連れて来られたんだ。

 全部で4人。年の頃なら、働き盛りの青年といったところか。

 リージンより何歳も年上だ。領主の息子だと言っても、自分達より年下の意見を聞けなかったのだろう。


「まだ酒が抜けてないか」

「領主様、何です? いきなり何で連れて来られないといけないんすか?」

「畑はどうした?」

「やったってまた熊に荒らされるんだ」

「お前達……隣領に何をした?」

「……」


 まさか、バレているとは思わなかったらしい。動揺している。

 領主の息子が知っているのに、バレないと思う方が能天気だ。


「リージン様、喋ったのか?」

「俺は止めた。間違っていると言ったぞ」

「けッ、これだからお貴族様は!」

「俺達は生活が掛かってんだ!」

「あんな熊なんか退治できねー!」

「何度も畑を荒らされたんだ!」


 声を荒げて口々に不満を訴えている。


「だからと言って何をしても良いのか!?」

「だって領主様! あいつら獣人なのに!」

「この国の大公様も獣人だぞ」

「そ、それは……」

「昨日お前達がいない間に、全部片付いたんだ」

「は? 領主様、何を言って……」

「アヴィー先生が来て下さったんだ」

「リージン様、アヴィー先生ってあのエルフのアヴィー先生か?」

「そうなんだ。アヴィー先生のご主人達が熊を全部討伐して下さった。怪我人も治して下さったんだ」


 投げやりになって呑んで、朝帰りしてみれば思いもしない結末が待っていた。まだ4人は現実を受け止めきれないでいる。

 そんな時に、屋敷の奥から声が聞こえてきた。


「りゅしか、超うめー」


 ハルちゃんが朝ごはんを食べているらしい。気の抜ける声だ。


「この熊しゃん、うめーな」


 その声に、『え? 熊?』と4人が呆気に取られている。

 ハルが食べているのは、皆が恐れていた熊さんだ。


「お前達も食べるといい」

「ま、ま、待ってくれ。熊って……」

「アヴィー先生達が討伐した4頭の熊を全部くださったんだ」


 そこに話題のアヴィー先生が、領主夫人と一緒に大きなトレイを持ってやって来た。


「まだお酒が抜けてないんでしょう? スープだけなら食べられるかしら?」

「討伐して下さった熊よ」


 出されたスープ。野菜も沢山入っていて、熊の肉も入っている。ルシカが昨夜から仕込んでいたスープだ。肉も柔らかいぞぅ。


「あ、あ、アヴィー先生!?」

「本物だ……」

「あら、なぁにぃ? 私ってそんなに珍しいかしら?」


 まるで珍獣みたいだ。


「さ、食べなさい。お酒が抜けてお腹が温かくなったら頭も動くわ」


 並んで座っていた4人が、ポロポロと涙を流し出した。

 この4人も、限界だったのだろう。どうしようもなく、どうすれば良いのかも分からなくなっていたのかも知れない。

 泣きながら、アヴィー先生が持ってきた熊肉入りのスープを食べた。


「うまい……」

「柔らかい」

「この肉が……」

「あの熊が……」


 なんとも信じ難い事なのだろう。でも、領主邸には証拠の熊さんがまだあるぞ。

 今日皆で分けようと、血抜きをして魔法で冷やしてある熊さんが。

 この話は領主が預かる事になった。

 いくらアヴィー先生といえども部外者だ。知らないうちに、熊さんを退治していたけども。

 そして、ハルが外に出てジッと見ている。小さくなった白い奴がそばにいる。


「ハル、どうした?」

「じーちゃん、この領地の野菜の方が立派なんら」

「そうだったか?」

「ん」


 ハルはよく見ている。


「長老殿、どうされました?」


 領主が出てきた。ハルと長老がジッと畑を見ている。


「なるほど……ハル、よく気が付いたな」

「ふふん」


 ハルちゃんが自慢気に、朝ごはんをたっぷり食べたお腹を……いや、胸を少し張る。


「領主殿、隣領は確かに領地が広いので収穫量に差があるでしょう。しかし、この領地の野菜は立派ですな」

「そうでしょう。狭い領地で、収穫できる量が限られてますからな。肥料に気を付けているのです」


 領主が言うには、獣人領より林が近い。その所為で熊の被害にもあったのだが。

 しかし、林は恵みをもたらす。

 枯葉で肥料を作ったり、キノコが獲れたりするそうだ。

 普段、畑の野菜にも林から取ってきた枯葉と、諸々を混ぜた肥料を使っているそうだ。

 そのお陰で、立派で味も良いらしい。


「らから、アピールポイントら」

「ハル、アピールか?」

「しょうら。かじゅがちゅくりぇねーなら、味と大きさで売りゅんら。しょりぇに肥料も売りぇりゅじょ」

「なるほどな」


 領主はハルが何を言っているのか分からない様だ。


「ですのでな、量ではなく味と大きさで勝負です。それに、その肥料も売れると」

「肥料がですか? そんな物が売れるのですかな?」

「ん、じぇったい売りぇりゅ。野菜で勝負よりしょっちの方がいいかもら」

「アハハハ、ハルは色んな事を見ているんだな」

「じーちゃん、らってじぇんじぇん見た目が違うじょ」

「そうか?」

「しょりぇに、しゅーぷもうまかった」

「ルシカのか?」 

「お野菜、甘かった」

「そうか」

「ん」


 ルシカがスープに入れた野菜は、この領地で取れたものだ。ジャガイモにニンジン、キャベツにカブだ。

 ハルはどれも甘味があって、美味しかったと言う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る