第89話 真相

 そのリージンが、覚悟を決めた様に話し出した。


「俺は祖父ちゃんを見てきたから、獣人に対して偏見は持っていないんだ。寧ろ、身体能力が高くて羨ましく思う位なんだ。だって開墾する時でも、パワーが全然違うから。父上だってそうだろう?」


 領主が大きく当たり前だと頷く。

 前領主は獣人に対して差別したりしなかったと聞いた。隣りの獣人の領主とも交流を持っていたと話していた。


「でも、そうじゃない人達が多いんだ……」


 リージンの話では、前領主が獣人と交流していたこの領地でも獣人に対して偏見を持つ者がいるそうだ。

 その中でも、特に強く意識する者達のグループがあるらしい。

 獣人なのに……広い領地を持っているなんて。ヒューマンの自分達より儲けている。

 そんな気持ちが大きく膨れ上がる事が起きた。

 例の熊さん騒動だ。熊によって、細やかながらも大切に育てていた野菜を食い荒らされた。畑を台無しにされた。

 今迄は、量が少なくても売って現金を手に入れる事ができた。なのに、荒らされてしまったら売る事もできない。それどころか、自分達の食い扶持まで不足してしまう。

 もっと広い畑があったら……

 もっと野菜を作れていたら……

 熊が出なかったら……

 そんな気持ちが歪んで、獣人領へと向かったんだ。


「最初は、もしかして俺達が知らない作業をしているのかと思って、偵察だけだったんだ。隣領の野菜は収穫量が多い。土地の広さだけじゃなくて、何か違う事をしているならそれを探ると言って……」

 

 獣人の領主も『何もしないで、偵察をしている様だ』と、話していた。

 そこで見たのは、獣人達が楽しそうに平和に野菜を育てている姿だった。

 普通の事だ。特別な事ではない。だがその普通の事が、今のこの領地ではできなかった。

 俺達は畑を荒らされたのに。

 自分達は、食べていく事さえ不安なのに。

 そんな気持ちが大きくなり、溢れ出したんだ。それも、歪んで大きくなってしまった。


「それで、畑に出られなくしてやるみたいな事を言い出して……」

「それであの花なのね?」

「はい」


 あの花の毒の事は知っている。命に関わる訳じゃない。少しの間、苦しむだけだ。その間、畑に出られなければ野菜の出荷も減るだろう。

 少しは自分達と同じ思いをすれば良いんだ。


「なんだと!? そんな間違った考えを持っていたのか!?」


 静かに話を聞いていた領主が、声を荒げる。堪えて聞いていたのだろう。


「矛先を間違えてはいかん。畑を荒らしたたのは熊だ」

「そうね。隣領の人達は全然関係ないわね。熊の被害が出たのは気の毒だけど」

「だから俺は止めたんだ! それに熊を何とかしたら、気持ちを収めてくれるかと思って見回ってたんだ。そんな時に熊に襲われたんだ。実際に対峙して、俺達には敵わないと思ったよ。力が全然違うんだ。怖くて足が竦んだ」


 だから熊に襲われたのか。自分の足が不自由になったのに。


「それでも、何か出来ないかと思って……毎日、彼らを説得して」

「リージン、何故もっと早く話さなかったんだ」

「そうよ、お父様に話していれば……」

「まさか本当にあんな事をするとは思わなかったんだ。どんどんエスカレートしていって怖くなって……」


 元々、狭い領地だ。隣領を羨む気持ちもあったのだろう。そして、獣人に対する偏見だ。

 アンスティノスでは、上に立つ貴族の中でも偏見を持つ者がいる。現大公が獣人なのにだ。

 根深い偏見は、そう簡単には消えないだろう。


「あの花が咲く前に植えに行ったの?」

「そうです」

「なら、こっちには寝込んだりしている人はいないのね?」

「はい、いません」

「そう、良かったわ。確かに命には関わらないけれど、何日も高熱が出て動けなくなるのよ。それはとても辛い事だわ。もし、体力のない小さな子供や老人だったら、命が危なくなるかも知れないわ」

「リージン、その者達は今何処にいる?」

「隣領の街で呑んだくれている」


 獣人領とは反対側の領地にある街らしい。ここからは1番近くて、野菜を売りに行くのもその街らしい。


「呑んだくれる金と暇があるなら、荒らされた畑を何故元に戻そうとしない!?」

「俺もそう言ったんだ。そしたら、何度直してもまた荒らされると言うんだ」

「もう大丈夫よ。荒らされる心配はないわ」

「え……?」


 アヴィー先生の言葉がイマイチ理解できずにいる。だって、リージンはまだ知らない。


「リージン、エルフの方々が退治して下さったんだ」

「え……?」

「熊を退治して下さったんだ」

「あ、あの熊を? だって父上、何頭もいたはずだ!」

「そうだ。4頭いたらしい。見るか? 退治した熊を全部くださった」

「そ、そんな……あ、あ、アヴィー先生……俺……なんてお礼を言えば良いのか……」

「それだけではない。アヴィー先生が皆の怪我を治して下さった」

「ああぁ……!」


 リージンが堪らず泣き出した。リージンも領地の事を心配していたんだ。

 畑を、傷付いた人達を。そして、無謀な事をした領民達の事もだ。


「その者達から先ずは話を聞こう」

「父上……」

「間違った事をしたのだ。せめてそれを自覚しなければならない。罰を与えるのは、それからだ」


 流石に、無罪という訳にはいかない。多くの被害者が出ている。

 熊もこの領地だから出た訳ではない。隣領だってその危険はあったんだ。

 その事に関しては、被害者だ。

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