第83話 爆走

 隣領といっても、この領地は広大だ。隣領に入るまでに、何箇所もある集落に立ち寄る事になった。

 その度に、アヴィー先生は治療をする。少し高台があれば、花がないか確認する。あれば根だけを採取して焼き払う。

 そんな事をしながら隣領を目指していた。

 後少しで隣領との境界かといった頃だった。


「そろそろ隣領ね。薬湯が足りて良かったわ」

「ああ。それにしても、風が通りそうな高台には必ずと言って良い程生えていたな」

「あれは偶然にしては出来過ぎよ」


 アヴィー先生の言う通りだ。そう都合よく野生の花が、高台にのみ生えるとは考え難い。

 高台にのみ種が運ばれるなんて、どんなご都合主義なんだという事だ。


「しゅしゅ、いっくじょー!」

「任せてよ、ハルちゃん!」


 何故かハルとシュシュが張り切っている。この何もないだだっ広い場所だと、ハルは走りたくなるらしい。シュシュに乗って爆走している。シュシュはもう小さくなる気はない様だね。


「シュシュだけズルイなのれす」

「ぶも」


 コハルとヒポポも出たそうだ。ハルの亜空間から2頭揃って顔だけ出している。それは、ホラーだから止めよう。

 長老達はのんびりと馬に乗っている。

 シュシュに乗って爆走しているハルを、目尻を下げながら見ている。


「ハルは相変わらずだな」

「ふふふ、ハルちゃんったら可愛いいわ」

「乗せてー! 自分も一緒に乗せてー!」


 イオスの馬に乗っているカエデが大声で叫んでいる。カエデもまだまだお子ちゃまだ。

 ビュンッと戻ってきたシュシュとハル。


「かえれ、後ろ乗りゅか?」


 ぷくぷくの短い親指を立てて、クイッと後ろを指すハル。イケメンだね。ちびっ子だけど。


「うん! ハルちゃん!」

「カエデ、乗せて下さいって言いなさいよぅ」

「シュシュ、乗せてぇー!」

「いいわよぅ~!」


 いいのか!?


「あたちも乗るなのれす!」

「ぶもぶも!」


 いやいや、ヒポポは乗れないだろう。並走しても周りには見えないから良いのか?

 もう、グダグダになってきている。


「ハル、隣領に入るまでだぞ!」

「りひと、分かってりゅ!」


 結局、ハルとカエデとコハルを乗せたシュシュと、その隣を爆走するヒポポ。

 ただ走るだけなのに、何がそんなに楽しいのか? ハルもカエデも大きな口を開けて笑っている。テンションMAXだ。お口の中が乾かないのか?

 アンスティノスでは内緒だと、出てきては駄目だと最初は話していたのに。シュシュは元の大きさで、ヒポポまで出てきて堂々と爆走している。


「ん? これはいかんな」

「あら、長老。どうしたの?」

「リヒト、分かるか?」

「おう。あの林の中だな」


 長老とリヒトが何かに反応している。


「ハル! 行くぞ!」

「えぇー! りひと、もうかー!?」

「ハル! そのままでも構わんから付いてきなさい!」

「おー! じーちゃん分かったじょ!」


 長老に言われた通り、シュシュとヒポポは方向転換をする。

 長老達が進む方へと付いて行く。リヒトが言った様に、近くの林に入るようだ。

 今まではあっても木立だった。この辺りは領地と領地の境目に当たる。

 そこがちょっとした林になっているんだ。その林に入り、まだ奥へと進む一行。


「じーちゃん、なんら?」

「ハル、分からんか?」

「ん、分かりゃんじょ」

「精霊眼とワールドマップを重ねて見てみなさい」

「じーちゃん、無理ら」

「どうした?」

「今はしゅしゅにちゅかまってりゅかりゃ、手が離せねー。わーりゅどまっぷは無理なんら」


 いやいや、そんな事はない。あれか? あのお決まりのポーズが出来ないからなのか?


「ハル、手は必要ないだろう?」

「しょんなこちょねー」


 必要らしい。


「ふふふ」

「ブハハハッ!」


 ミーレとイオスが笑っているぞ。

 ゆっくりと用心しながら林の中を進んで行く。隣領に入ったか? といった場所に来た。

 

「ハル、見てください。木に傷が付いているでしょう?」

「りゅしか、こりぇか?」

「そうですよ」


 ルシカが言った木の傷。ルシカはワールドマップも鑑定眼もない。リヒトだってワールドマップは持っていないんだ。それでも、長年大森林を守ってきたガーディアンの感覚で分かるのだろう。

 林に入っていくと、傷付いた木が何本も見つかった。


「これは、獣が縄張りを主張して付けている傷なのですよ」

「しょうなのか?」

「大森林の中でも同じ様な事があるぞ。魔物も自分の縄張りを主張するものがいるからな」

「ほぉ~」


 ハルちゃん、分かっているのか?


「熊しゃんみたいに自分の身体を擦りちゅけてんのか?」

「そうですよ。ハル、よく知ってましたね。自分の匂いを付けているとも言われていますね」

「ふふん」


 この林にもそんな獣がいると言う事だ。しかも、木に付いている傷は高さがある。

 木の根がある下の方に傷を付けているのではなくて、丁度リヒト達の胸位の高さに傷をつけている。この傷を付けた獣は大きさもあると言う事になる。


「長老、1頭じゃないな」

「そうだな、複数いるな」

「番かしら?」

「いや、アヴィー。2頭じゃないな」

「じゃあ、群れかしら?」

「そこまで多くないでしょう」

「ルシカ、分かるの?」

「アヴィー先生、何年ガーディアンをしていると思っているんですか」

「長老、俺先行しますか?」

「いや、イオス。もう少し行ったらもう見えるだろう」


 皆分かっているみたいだぞ。ハルちゃんはどうだ?


「じぇんじぇん分かんねー」


 はい、まだまだですね。まだちびっ子だから。

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