第82話 聖獣様

 シュシュが元の大きさに戻った。グググッと伸びをし、真っ白な虎の姿になる。


「聖獣様だ!」

「聖獣様!」


 獣人達には聖獣は特別なのだ。カエデはそうでもない様だが?


「シュシュ、絶対狙ってたわ。あれ、『聖獣様』て言われたいねんで」

「なによぅ、カエデ。文句あるの?」

「ないですぅ」

「嫌な感じね」

「えぇ~、シュシュに言われたないわ」


 最初の頃は『虎やん』と言って怖がっていたのに。慣れとは怖いものだ。

 今では対等に言い返したりしている。仲良しさんだ。


「シュシュって『聖獣様~』て言われるの好きやんな」

「あら、本当なんだから仕方ないじゃない」

「けどな、この国やと内緒やって言うてたやん。それは無視やんな」

「そんな事ないわよぅ」

「えぇ~」


 核心をつかれてしまって、シュシュの目が泳いでいる。その通りだろう。


「カエデは言わないわね」

「なんで言わなあかんねん」

「あら、そんな事を言うの?」

「だって仲間やん? 仲間にそんなん言うのん違うと思わん?」

「カエデ、あなた大人になったわね」

「カエデちゃんはな、日々成長してんねん。日進月歩や」


 もう意味が分からない。賑やかしチームはどこに行ってもマイペースだ。


「りゅしか、りゅしか」

「ハル、どうしました?」

「昼はまらか?」

「もうお腹が空きましたか?」

「ん、しょうらな」


 ――キュルルルル


 またまたハルのお腹の音だ。最近よく鳴っている。可愛らしいが。


「ルシカ、庭先を借りよう」

「はい、長老」

「いえいえ、どうぞ小さいですがキッチンを使ってください」

「そうですか? お言葉に甘えさせて頂きましょう」


 結局、集まっている人達にも行き渡るように沢山の食事を作ったルシカ。相変わらず人が良い。


「りゅしか、ありがちょ」

「ふふふ、当然ですよ」


 エルフの良い所だ。大らかで愛情豊かだ。それだけの力を持つからこそ、できる事なのだろうが。

 普通はエルフ達の様に、マジックバッグを持っていない。魔力だってそう高くはないんだ。

 なら、食料を携帯するのも限られてしまう。他人の事なんて気遣っていられないのが本当なのだろう。


「んまいッ!」


 ハルがほっぺにトマトソースをつけて食べている。今日の昼ごはんは何かな?


「病人でも食べられるようにリゾットにしました。ハルには溶けるチーズ入りですよ。兎肉を焼いたものも載せています」

「ん、超うまい!」

「ほら、ハル。ほっぺを拭きましょうね」

「またちゅくけろな」


 いつも通りのパターンだ。食べ終わるまでエンドレスでつくのだろう。


「こんなにお世話になってしまって」

「気にしないで。出来る人がすれば良い事なのよ」

「アヴィー先生、有難うございます」


 さて、肝心の精霊樹探しなのだが……


「ハル、次の精霊樹がどこだか分かるか?」

「じーちゃん、わーりゅどまっぷらな」

「そうだ」


 ハルはまた例のポーズをとる。プクプクした両手を揃えて胸にあて、目を閉じる。


「じーちゃん、反対側か?」

「おう、そうだ。分かる様になったか?」

「けろ、広くて細かい場所は分かんねーじょ」

「行った事がないからな、それは仕方がないだろう」

「しょっか。じーちゃんは分かるのか?」

「ワシも全部に行った訳ではない。だが、大体は分かるぞ」

「やっぱじーちゃんはしゅげーんらな」

「そうか。じーちゃんは凄いか。ワッハッハ」


 ハルに『凄い』と言われる事が余程嬉しいらしい。長老の目尻が垂れている。


「しかしだな、隣領に寄ってみないといかんな」

「長老、そうよね。このまま放っておけないわ」

「ああ、命に関わりないと言ってもだ」

「そうよ。毒があると分かっていてやっているなら卑劣だわ」

「病人もまだいるかも知れないだろうしな」

「リヒトの言う通りだな」


 結局、一行はこのまま隣領を目指す。領主が話していた、この領地を彷徨いていた者達の目的を確かめる為だ。


「隣領へ行かれるのですか?」

「そうよ、何か知っているのかしら?」

「いえ……知っているという程ではないのですが。前領主様がお亡くなりになられてから、ヒューマンの領民がよくこの領地で見かけるようになったのです」

「やはりそうか」

「その……何をするでもなく。じっと見ているだけなので、薄気味悪いと言いますか……」

「ただ見ているだけなの?」

「はい。アヴィー先生はご存知でしょうが、ヒューマンは獣人を良く思っていない者が多いので……それで余計に少し怖いといいますか。いえ、何かをされた訳ではないのです。しかし、この領地にはヒューマンに迫害を受けて、逃げて来た者もおります」

「そうね……調べてみるわ」


 獣人の領主が治める領地には、やはり獣人が多い。殆どが獣人だ。その中にはヒューマンに対して良い印象を持たないものもいる。安心して生活したいのだろう。それは、当然の気持ちだ。

 長老もアヴィー先生も何かに引っ掛かっている。放っておけないと思っている。

 なら、このまま素通りという訳にはいかない。皆、同じ気持ちだ。

 それから直ぐに出発した一行。ハルはリヒトに抱えられながらお昼寝だ。もう慣れたものだ。


「ちゃんと昼寝させてあげられないのは可哀そうなのだけど」

「仕方あるまい。馬車を持ってきたらよかったな」

「そうね」


 長老とアヴィー先生は、ハルの事が気に掛かる。可愛い可愛い曾孫だから。

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