第75話 移動
アヴィー先生、流石に元魔法の先生だ。とっても頼りになる。
アヴィー先生は昔、リヒト達の魔法の先生をしていた事がある。いや、リヒト達だけでなくリヒトの両親もだ。皆、アヴィー先生の教え子だ。
たしか、アヴィー先生はリヒトほど魔力量が多くなかった筈だ。以前、ツヴェルカーン王国の火山地帯にあった魔石のプールを浄化した際に、アヴィー先生は倒れてしまった事がある。
それでも、使える魔法の種類はアヴィー先生の方が多い。それだけ、魔力操作に長けているのだろう。
そのアヴィー先生が珍しく魔法杖を出した。透き通った綺麗なブルーの球体がついたエンブレムの魔法杖だ。勿論、長老のお手製で世界樹の枝を使っている。
その魔法杖を掲げる。すると、オーロラの様に揺れながら虹色に光るヴェールの様なものが長老やハル達を包み込んだ。
「コハル、ヒポポ、いいわよ」
「はいなのれす」
「ぶもッ」
コハルがヒポポの頭に乗った。そして先ずはヒポポの一鳴きだ。
「ぶもぉッ」
ヒポポが一鳴きすると、精霊獣が現れた。
「あら、元気がないわね」
「ほんと、かわいそうね」
どっちのセリフがシュシュでアヴィー先生なのか分からない。
現れた精霊獣は、ヒョロヒョロと辛うじて飛んでいるといった状態だ。その精霊獣が……
「ぶひ」
と、鳴いた。この特徴的な鳴き声は、そうだ。
「ぶたしゃんら~。小っしぇーなッ」
ハルは喜んでいるが、当の精霊獣は弱っている。
ミニブタよりもまだ小さい。子猫程の大きさしかないブタさんだ。ベージュピンクの体色に特徴的なお鼻。ムチムチの体の割に短めの脚。矢張り背中には葉っぱでできた翼があってそれをパタパタさせてフワリフワリと飛んでいる。
尻尾は細くクルンと丸まっているのだが、その先端に小さな葉っぱが2枚ついている。力無げにヒョコヒョコと動かしている。
「ぶたしゃ~ん、おいれ~。ぶーぶー」
ハルが手を出すと、『ぶ……』と小さく鳴きながらブタさんの精霊獣はハルの手に乗り、そのまま肩へとフワリフワリと移動した。
「かぁわいいなぁ~」
「ぶひ」
ハルが小さなお手々でブタさんをナデナデしている。今日はツンツンしないんだな。ハルは小さなものを見ると、よくツンツンしている。
「小さいわね」
「本当よね、精霊獣だからかしら?」
そうだった。ハルとシュシュとアヴィー先生は賑やかしチームの一員だった。本当ならここにカエデが入る。
「ハル、先にヒールだけでもしてやらんか?」
「しょうらった。いいか? ひーりゅ」
ハルがそう詠唱すると、白い光が降りて来た。小さなブタさんだけでなく、精霊樹も光が包み込んだ。
「ぶぅー!」
今度は元気に鳴いた。
「あら、元気になったわね」
「ね~、良かったわ」
「これからなのれす。ヒポポ」
「ぶも」
「ぶー」
ヒポポが呼んだのか、ブタさんがヒポポの背中に乗りコハルは頭に乗っている。コハルは頭に乗るのが好きだよね。マウントを取っているのか?
「合図するなのれす」
いや、違った。どうやらコハルが指示するらしいぞ。さすが、聖獣であり神使のコハルだ。コハルが主導で精霊樹を移動させるらしい。
ヒポポに乗ったコハルが短い手を挙げると、ヒポポが動き出した。
「ぶもぉ」
と、鳴きながら地表から少し浮いて移動している。その背中で小さなブタさんも『ぶぶー』と鳴きながら背中の翼と尻尾に付いている葉っぱをクルクルと動かしている。
世にも不思議な光景だった。コハルが、精霊樹に向かって両手を挙げる。するとゆっくりと精霊樹が地面から浮き上がった。
「しゅげー」
「凄いわね。ねえ、ルシカはまだ全然見えないの?」
「いえ、ハルがヒールをしたからでしょうね。キラキラ光っているのは見えますよ」
「ああ、残念ね。それだけじゃないのよ。今、精霊樹が浮いているのよ」
「それは、是非とも見たかったですね」
眉を下げて残念そうなルシカだ。
「俺はハルがヒールをしてから見える様になったぞ」
「リヒトもまだまだね」
リヒト、君はまだまだらしい。リヒトより魔力量の少ないアヴィー先生が最初から見えているんだ。これは一概に魔力量の違いではないらしい。魔力操作も関係してくる様だ。
精霊獣が先導し、その後ろを精霊樹がフワリフワリと移動する。それに合わせてアヴィー先生も杖を持って移動する。認識阻害を展開しているのだろう。
またいつの間にかハルはシュシュの背に乗っている。
「しゅしゅはできねーのか」
「ハルちゃん、無茶言わないで。あんな事ができるのはコハル先輩位だわ」
「しょうなのか?」
「そうね。コハル先輩がメインで、ヒポポとブタさんは手を貸しているだけね」
「ほぉ~」
コハルが凄いのだそうだ。それを見て分かるシュシュも充分凄いのだが。しかし、コハルとシュシュの間にはかなりの力の差があるらしい。
もしかして、コハルはこの世界で最強なのか? 考えるのはよそう。
「コハル、その木立の中で良いだろう」
「分かったなのれす」
コハルが手を動かすと、その通りに精霊樹が動いて行く。ゆっくりと地面に降ろされた精霊樹。またコハルが手を下に向ける。すると、地面の中へと根が伸びていく。
「おっけーぐりゅぐりゅなのれす」
「こはりゅ、ちげー。おっけーぐりゅぐりゅら」
まったく同じだ。どこが違うのか分からない。
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