第74話 可哀そうな精霊樹
大公に報告するとなると、やはりアヴィー先生の出番だろう。そのアヴィー先生が『嫌だわ』と言った。
「これ、アヴィー」
「だって本当に面倒なんですもの。また、ヒューマンの大臣達が騒ぎ立てるわ。それも皆自己保身が見え見えなのよ。聞いていられないのよ」
「根気よく説得するしかあるまい」
「分かっているわよ。分かっているけど、面倒なのよ」
ヒューマンとエルフの考え方は相当違うらしい。エルフはヒューマンよりもずっと長い時を生きる長命種だ。その所為か、あまり物事には拘らない部分がある。良く言えば大らかなんだ。
ちびっ子に対する考え方も大きく違っている。エルフは種族に関係なくちびっ子を大切に可愛がる。ちびっ子の頃に沢山の愛情を掛けて、その子の礎を作ると考える。ちびっ子は将来を担うのだと考えているからだ。
保護者のいない孤児はエルヒューレにはいないんだ。それ以前にエルフは平和主義だし長命種だ。両親のいない孤児は滅多にいない。
リヒトとルシカはハルが寝ている間に戻ってきていた。
「調べたんだが、その見慣れないヒューマン達がいたのは季節が変わる頃だという事だから数か月前になる。その者達が原因の花を持ち込んだとしても花が咲く前のものだっただろう」
「はい、そうでないと持ち込んだ者達も花粉の毒にやられてしまいますから」
「そうね。咲く前のものを植えて行ったのかしら?」
「アヴィー、きっともうその者達はこの領地を離れておるな」
「そうよね」
「それなら、とにかく精霊樹の方を優先するか?」
「長老、俺もそう思う」
「そうね、まさか滞在してはいないでしょうし」
と、いう事でハルがお昼寝から目覚めるのを待って移動開始だ。
「じーちゃん、しぇいれいじゅか?」
「そうだな、もう直ぐそこだろう」
「しょうらな」
『直ぐそこ』と言っても、エルフの瞬間移動で『直ぐそこ』の距離だ。
畑が広がる中を進む長老達。進むと言っても姿は見えない。ヒューマンの視力では見る事ができない速さで進む。
広大な領地なのだろう。いくら進んでも畑が続いている。その内、麦畑に変わってきた。
その麦畑の真ん中で長老は止まった。
「ここだな」
「じーちゃん、やべーじょ」
「おう、ギリギリだな」
「まあ! かわいそうだわ」
長老やハル、アヴィー先生が驚いている。それもその筈、広大な麦畑の中を通っている小道が交差する場所。その小道と麦を植えてある場所の、ギリギリの境目に精霊樹が傾きながらひっそりと生えていた。畑に掛かった根が地表に出ている。枝も少なく、葉が枯れている枝もある。これはこのままだと倒れてしまうのではないだろうか? それにまた、たった1本だ。ここの精霊樹も弱々しい。
「長老、これって他にもあったのに気付かないで畑にしちゃったのじゃないかしら?」
「それも考えられるな」
「アヴィー先生、ヒューマンや獣人族には見えないんだから仕方ないさ」
「じーちゃん、植え替えりゃりぇねー?」
「ハル、精霊樹をか?」
「しょう。こりぇはかわいしょうら」
「ふむ。コハル、ヒポポ。出て来てくれるか?」
「はいなのれす」
「ぶもッ」
コハルとヒポポが、ヒョコッとハルの亜空間から顔を出す。
「この精霊樹なんだがな」
「ありゃりゃ、かわいそうなのれす」
「ぶもも〜」
コハルとヒポポも精霊樹の現状を見て眉が下がっている。いや、眉が何処なのか分からない。
「別の場所に植え替えられんか?」
「精霊樹をなのれすか?」
「しょうら。らって、こはりゅ。このままらとヤバイじょ」
「そうなのれす」
「ぶもも」
「え、しょうなのか?」
「ハル、ヒポポは何と言っている?」
「じーちゃん、ひぽができりゅって」
「そうか」
「ぶももぶも」
「まかせるなのれす」
「どうした?」
「こはりゅの力が必要なんらって」
聖獣で神使であるコハルと、精霊獣のヒポポ。この2頭の力で何とかなるらしいが?
「植え替えるにしてもだ。ヒューマンがあまり立ち入らない場所が良いだろう」
「そうね……ほら、長老。あの林の中はどうかしら?」
アヴィー先生が、少し離れた場所に見える林というよりも木立を指している。
木があるならその方が良いだろう。態々木を伐採して開拓するよりも、草原を開拓する方が手間は掛からない。その事を考えると、木立の中の方がまだ開拓され難いだろうという事だ。
「コハル、ヒポポ、いけるか?」
「ぶもッ」
「大丈夫なのれす」
「ぶもぶも」
「しょっか。じーちゃん、先にしぇいりぇいじゅうを出しゅって。しぇいりぇいじゅうの力も必要なんらって」
「ふむ。ならこの場で先にヒールだな」
「らな」
どうやら、精霊樹を移動させる為には精霊獣の力も必要らしい。しかし、精霊樹がこの状態では精霊獣も弱っている可能性が高い。なので、移動する前にこの場でヒールで回復させるという事らしい。
話は進んでいるが、今のメンバーの中では唯一ルシカが精霊樹を見る事ができないでいる。
「残念ですね。見たいものです」
「あら、ルシカは見えないの?」
「アヴィー先生、そうなのですよ。ドラゴシオンの精霊樹だと光っているのは分かったのですが、この国の精霊樹はあまり分かりませんね」
「それだけ弱っているのね」
「しょうら。このしぇいりぇいじゅもヨワヨワら」
「人がいない内にやってしまおうか」
「長老、私が認識阻害を展開しておくわ」
「おう、頼む」
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