第72話 変だぞ
「ハルちゃ~ん!」
「はいはい、シュシュは私が抱っこするわ」
「えぇ~ッ!」
アヴィー先生が手を出しシュシュをヒョイッと抱っこした。
「あたしハルちゃんがいいのにぃ~」
「何言ってんのよ」
「ハルはワシが抱っこしよう」
「ん、じーちゃん」
素直に両手を出して抱っこされるハル。これも当たり前の事のようで、そうではない。
この世界に来たばかりのハルは誰も寄せ付けない雰囲気があった。リヒトは構わず抱っこしていたが、それでもハルは自分で歩くと言っていた。
警戒心が無くなり、皆を信頼してるから素直に甘えられるんだ。
一行は、近くにあった集落を訪ねてみる。
この辺りの畑にも、誰も人がいないんだ。それで気になったのだろう。
アヴィー先生が気にせずどんどん進んで行く。そして手短な家に声をかけた。
アヴィー先生は全く物怖じしない。
「こんにちは、もしかして病に罹ってませんか?」
そう言ってノックしながら、大胆に入口のドアを開ける。心臓に鋼鉄製の毛でも生えているのだろうか。無敵だ。
「え!? どうしてそれを?」
「私はアヴィーというの。領主様のお屋敷から来たのよ。お薬を持ってるわ」
「あ、あのアヴィー先生ですか!?」
「あら、知ってるの?」
「もちろんです! 時々お店で粉薬を購入してました」
「まあ、ここからだと遠いのに」
「はい。でも、アヴィー先生の薬が1番効きますから」
「あら、有難う」
アヴィー先生、色んな意味で有名人だ。
「この病も治るのですか?」
「大丈夫よ。直ぐに良くなるわ」
「有難い! 娘と妻が寝込んでしまって」
「あらあら、可哀想に。この薬湯を半分ずつでいいから飲ませてあげてちょうだい。あなたは大丈夫なの? 熱はないかしら?」
「はい。自分は平気です」
「余分に置いていくわね。もし発症したり、周りで発症している人がいたら使ってあげてほしいの」
「分かりました。ありがとうございます」
どうやらこの国ではアヴィー先生は有名人らしい。そのお陰で、怪しまれる事がない。念の為、この集落を回って薬湯を配った。どこの家でもアヴィー先生の事を知っていた。そして、感激された。
「まるで女神さまじゃぁ」
と、手を合わせている老人までいた。おかしい、アヴィー先生はハルちゃんのファンクラブ会員なのに。いや、会長に推薦しようか。
「ばーちゃん、しゅげーな」
「あら、ハルちゃん。そうかしら?」
「らってみんなばーちゃんを信頼してりゅ」
「そうね。長い間お店をしていたからね」
その『薬師アヴィーの店』屋号を変えずに今はニークが守っている。
「ニークしゃんも、魔法れちゅくりゅのか?」
「ニークはそれ程魔力が多くないのよ。だからね。粉砕するまでは手作業にして、エキスにするのを魔法でする様に練習したのよ。そしたら、全部手作業で作るより効果は高くなるの」
「ほぅ〜」
ハルちゃん分かっているか?
「ヒューマンはね、薬草の成分を水に煮出すの。それだと、どうしても薄くなっちゃうのね。水だってウルルンの泉の水なんか手に入らないし。それでも、魔法で成分を抽出する方が効果は高くなるのよ」
「へぇ〜」
ハルはヒューマンがどうやって薬湯を作るのかを知らない。自分がやっている事が普通だと思っている。
そんな事はないんだ。エルフの精霊魔法は凄いんだよ。特別なんだ。
「しかし、あの毒草はどこから流れてきたのかだ」
「まだこの領地にありそうだな」
「まさかとは思うが、誰かが持ち込んだ訳ではないだろうな」
「長老?」
「この辺りでは今迄見なかったと言っていただろう」
「ああ、そうでしたね」
これは元の毒草についても話しておく必要がある。知らずに触ったら痒くなるぞ。
「かゆかゆは、ちゅれーじょ」
「ハルちゃんったら優しいぃ!」
いちいち白い奴が煩い。
「それにしても、確かに変よね? 本当に偶然なのかしら?」
「アヴィーもそう思うか?」
「ええ、長老。だってこんなに広いのに高台にしか生えてないのよ。しかも民家を見下ろす高台にだけなんて都合が良すぎるわ」
「そうだな」
「え? どういう事なの?」
「しゅしゅは分かんねーか?」
「ハルちゃんは分かってるの?」
「よゆうら」
「ハルちゃんったら天才だわッ!」
はいはい、君はハルちゃんのファンクラブ会員ナンバーをゼロにしてあげようか?
「長老、少し探りますか?」
「そうだな、ルシカ。その方が良いだろう」
「じゃ、俺とルシカとちょっと外れるぞ」
「ああ」
と、リヒトとルシカが消えた。瞬間移動したのだろう。忍者みたいだ。
しかし、探るといってももしかしたら花が咲いていた事さえ住民達は気付いていないのかも知れないぞ。それを何をどうやって探るんだ?
「リヒトったらできるのかしら? イオスだと安心なのだけど。ルシカが付いているから大丈夫よね」
おやおや、リヒトの評価はそうなのか? イオスの方が出来る奴なのか?
「イオスはロムスの跡継ぎだからな」
「そうね。しっかり教育したのでしょうね」
「いおしゅはかえれの師匠ら」
「そうだったわね。イオスったら本当に万能だわ」
そのイオスがいないので、今回はリヒトが暫く探るらしい。
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