第70話 製薬

「ハル、シュシュだ」

「おー、わしゅれてたな」

「いいじゃない。面倒だわ」

「しゃ、しゃ、喋った……!」

「すまんな、これは聖獣なんだ」

「せ、せ、聖獣様!」


 そのまま、何もなかったかの様にハル達は屋敷に入って行く。門番を置き去りだ。まだ驚いているのか? 大きな口を開けたままハル達を見送っている。


「なあに? 駄目なの?」

「まあ、今更だ」

「ッスね」

「しゅしゅ、小っしゃくなんねーと」


 ハル、今更だ。もう遅い。

 領主邸に戻ると、ルシカが準備万端待ち構えていた。


「りゅしか、採ってきたじょ」

「おかえりなさい。準備はできていますよ」

「アヴィーを呼んでこよう」


 そうだ、『薬師アヴィーの店』と看板を出して営業していたアヴィー先生の出番だ。長老は採ってきた根っこをバサッと出し、アヴィー先生を探しに行った。


「おりぇも手伝うじょ」

「はい、ハルもお願いしますね」


 先ずは、ルシカとハルが根っこを綺麗に洗っている。その洗い方も普通ではない。

 魔法で出した水球の中に根っこを入れてザブザブと回転させている。まるで、洗濯機の様に。

 ハルが小さな手で魔法を操作している。集中しているのか、お口が少し開いてるぞ。

 そこに、アヴィー先生がやって来た。


「あら、洗ってくれているのね」

「ばーちゃん、おりぇも手伝うじょ」

「ありがとう。じゃあハルちゃん、粉砕してくれるかしら?」

「ルシカは持っている他の薬草を見せてくれない?」

「はい、分かりました」


 ハルが数回ザブザブと洗い、そしてドライで瞬時に乾かす。その後だ。アヴィー先生に言われた様に根っこを粉砕していく。

 それも空間でだ。一定の空間を真空状態にしているのだろうか? ハルの小さな手の動きに合わせて、根っこが一箇所に集まる。そしてハルがまた手を動かすと、今度は一瞬にして粉砕されていく。ヒョロヒョロと伸びていた根が一瞬のうちに粉々になっていくんだ。

 それをハルはまた一箇所にまとめる。


「ばーちゃん、混じぇりゅか?」

「ええ、ハルちゃん。こっちの薬草も混ぜるわ」


 そう言って、アヴィー先生も手に持った複数の薬草をハルと同じ様に粉砕していく。アヴィー先生は指先1つで薬草を扱っている。慣れたものだ。


「ハルちゃん、貰うわね」

「ん」


 アヴィー先生が手を動かすと、全ての薬草が1つに纏まる。

 それからが、何がどうなっているのか分からなかった。

 アヴィー先生が粉砕した全ての薬草を空中で混ぜ合わせる。そのあと、キュッと手を握った。それだけで、ルシカが用意していたピッチャーの様なガラス瓶にエキスが入っていく。


「ルシカ、ウルルンの泉の水は持っているかしら? 水で薄めてちょうだい」


 ウルルンの泉とは、エルヒューレ皇国の中心にある世界樹の袂に広がる泉の事だ。その泉を中心にしてエルヒューレ皇国の街がある。

 その泉の水は浄化作用が高い。ハルが助けた亀さんの聖獣が棲みつく様になってから、より浄化作用が高くなったそうだ。


「はい、ありますよ。ポーションも少し混ぜますか?」

「そうね、1/5位で良いわ」

「はい」


 ヒューマンが作る様な薬湯の作り方ではない。ゴリゴリすり潰したり、鍋に入れて煮出したり等は全くしない。

 エルフは精霊魔法で薬湯を作る。それ故に、ヒューマンが作った薬湯よりも効果が高い。その上、浄化作用の高いウルルンの泉の水を使う。エルヒューレ産の薬湯やポーションは、効果バツグンだと有名だ。


「できたか?」


 長老がやってきた。


「ええ。飲ませてあげましょう」

「アヴィー先生、手分けしましょう」


 アヴィー先生とルシカが手に薬湯が入ったピッチャーを持っている。

 一体何人分作ったんだ?


「だって人数が多いのよ。私達が来なければどうなっていた事か」

「アヴィー、コップ1杯でいいのか?」

「いえ、長老。小さなコップに半分位でいいわ。ポーションも混ぜたから直ぐに楽になる筈よ」

「よし、配ろうか」


 患者はこの屋敷にいる人達だけではない。この辺り一帯だ。イオスやミーレ、カエデも手分けして薬湯を配り、まだ感染していなかった人達も総出で周辺に薬湯を配って歩いた。

 少し発熱していた領主も飲んだ。

 まだ軽かったのだろう。効果はテキメンだ。少し発熱していた所為で、ダルそうにしていたのにすっかり元気になっている。


「なんとお礼を申し上げれば良いのか!」

「いえ、領主様。間に合って良かったですわ」


 この花が咲いていた場所が悪かった。

 畑より少し高台にまとまって咲いていたのだ。風に乗って花粉が運ばれ広がった。

 その所為で発症したらしい。


「全て焼いておきました。来年は大丈夫でしょう。花だけでなく茎にも毒性があるので、もし来年見かけたら触らない事です」

「ありがとうございます。領地が救われました!」

「命を落とす程のものではありません。時間は掛かりますが治りますぞ」

「いやいや、それでもです。皆が寝込んでいる間、畑は手付かずになってしまいます。それでは野菜が傷んでしまいます」


 長老達が訪れなかったら……

 自然に完治するまでの間、畑はどうなっていたのか分からない。それに、体力のない子供や老人なら危険だったかも知れない。

 薬湯作りも一段落して、肝心の精霊樹探しだ。


「この近くだな」

「長老、今なら人が少ないんじゃないか?」

「そうだな、行ってみるか?」

「おう」


 念のため、イオスとミーレ、カエデが残る事になった。そして、長老達は精霊樹探しへ。

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