第67話 誰もいない

「まだ開拓する土地があるのか?」

「ええ、広い領地だから。毎日領民と一緒に開拓されているそうよ。開拓すればそれだけ農地にできるでしょう? そしたらまた領民が食べていけるわ」

「なるほどな」

「カエデのご両親がいる領地の領主も良い獣人だったな」

「うん、良くしてもらったで」

「まあ、ご両親がこの国にいらっしゃるの?」

「そうやねん。ソニルさんのお陰やねん」

「ソニルが? あの子も偶には良い事をするのね」


 アヴィー先生にかかるとベースの管理者であろうが『あの子』呼ばわりだ。しかも、ソニルは最強の5戦士の中でも最強だ。


「みんな管理者として立派にやっているみたいで嬉しいわ」


 親目線だ。皆がアヴィー先生の教え子だから。


「長老、そこには転移できるのか?」

「いや、ワシは隣領には行った事がないんだ」

「私もないわ。領主様にはお会いした事があるけど」

「アヴィー先生、会ったのか?」

「ええ、大きな領地の領主を集めた国の会議に出ていらしたわ」


 ほう、アンスティノス大公国で領主達を集めた会議があったらしい。


「その会議でね、安全保障協定の事を話しあったのよ」


 その安全保障協定、未だにアンスティノス大公国だけが加入していない。その事でアヴィー先生が力になっているんだ。


「とにかく行くか? 遠いのか?」

「隣の領地ですもの。馬でも何日もかかるわ」

「ワールドマップから考えると3日程か?」

「じゃあまだこの街に近い方ね」


 その隣領に向かって出発した一行。

 相変わらずハルはリヒトの馬に乗っている。アヴィー先生はちゃんと1人馬に乗っている。


「久しぶりね~、みんなで旅ができるなんて嬉しいわぁ」

「昔はアヴィーとよく旅をしたもんだがな」

「懐かしいわね」


 長老の言う昔とは一体何年前の事なのだろう? きっと数百年単位だ。


「じーちゃん、場所分かりゅのか?」

「おう、分かるぞ。ハルもワールドマップを意識しとくんだ」

「ん、分かったじょ」


 ハルはまだまだ行った事のない場所が多い。この世界にきて1年経っていないのだから当然だ。

 その為、ワールドマップも大まかな表示になるのだろう。


「じーちゃん行った事がねーのに分かりゅのか?」

「まあ、大体は分かるぞ」

「しゅげーな」

「ハハハ、年の功だ」


 いやいや、長老だからだろう。


「だって若い時は大使もしていたものね」

「そうだな、そう若くはないが」

「いつ位の頃に大使をしていたんだ?」

「そうだなぁ、リヒトの父親より若かったか?」

「そうね、ランリアがまだ幼かったもの」


 ランリアとは、ハルの祖母だ。『次元の裂け目』に吸い込まれた長老とアヴィー先生の娘だ。ということは最低でも2000年以上前だ。


「ばーちゃんか」

「そうね、ランリアも一緒に色んなところに行ったわ。その頃におばば様とも知り合ったのよ」

「おばばしゃま、らいしゅきら」

「ふふふ、良い方ですものね」


 そんな昔話をしながらのんびりと一行は隣領を目指す。

 ニークが住んでいる街を出て、もう幾つか街を過ぎ、そして領地の境を越え隣領に入った。


「長老、領主様には会わなくてもいいの?」

「別に良いだろう。アンスティノスに依頼されている訳でもないからな」

「あら、そう?」


 アヴィー先生の家を出発して3日目に目的地近くまでやって来た。


「ここはまた広大だな」

「ひりぇーな」

「そうでしょう。この領地は農業が主なのよ」


 長老とハルが広いと言うのも無理はない。領地の境を越えて少し行くと目の前に広大な畑が広がった。数々の野菜を育てているらしい。


「もっと奥に行くとね、広い麦畑がある筈よ」

「ほう、それは凄いな」

「この領地だけで4層の食糧の殆どを賄っているのよ。凄いでしょう」


 その広大な畑の中を通っている道を一行は進む。


「ハル、分かるか?」

「じーちゃん、まらまら先ら」

「そうだな」

「長老、それにしても人がいないと思わないか?」

「リヒト、そうか?」

「ああ、こんなに広い畑なんだ。作業している人の1人位いてもいいだろう。なのにこの領地に入ってから1人も領民に会わないぞ。変じゃないか?」

「そういえば、そうね。リヒトもそんな事考える様になったのね」

「アヴィー先生、止めてくれ。俺が何歳になったと思ってんだよ」

「ふふふ、何歳になっても教え子には変わりないわ」


 そうだった。アヴィー先生はリヒト達の魔法の先生だったんだ。リヒト達だけではない。リヒトの両親もそうだ。


「それは変だな」

「俺、ちょっと調べてきましょうか?」

「イオス、頼む」

「了ッス」


 そしてイオスは何処へやら馬を走らせて行った。


「イオス兄さんって何でもできるんやなぁ」

「イオスは調べものとかよくやっていたわね」

「ミーレ、そうでしたね。ロムスさんに言われてよくやってましたね」


 ロムス・ドレーキス。リヒトの実家の執事でイオスの父親だ。


「イオスが戻ってくるまで休憩するか」

「そんなのんびりしていていいのかよ」

「焦っても仕方あるまい。リヒトも気になるのだろう?」

「まあ、そうだけど」

「りゅしか、りゅしか」

「はい、ハル。どうしました?」

「昼飯はまだか?」

「まだ早いですね。イオスが戻ってきてからにしましょうか」

「ん、分かっちゃ」


 ハルはもうお腹が空いたらしい。


「しゅしゅにも乗りぇねーし、ひぽも出しぇねーし」


 退屈そうにハルが言う。


「なんだ、ハル。ヒマか?」

「らってりひと、乗りぇねーかりゃな」


 ハルはシュシュやヒポポに乗りたかったらしい。

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