第59話 ちーじゅ
ハルが言ったように山羊が彼方此方に放牧されていた。この世界では『カペル』と呼ぶらしい。
ここで放牧されているのは、主にミルクを搾る為の山羊らしい。
「この領地ではミルクを搾って売っているんだ。食べる肉には困らないからな」
「じーちゃん、なんれ困りゃないんら?」
「大森林から魔物の肉を大量に流通させておるんだ。それに、そこいらに食べられる弱い魔物が沢山いる。態々肉の為に育てなくても良いんだ。肉を目的に大森林で狩りをする冒険者も沢山いるしな」
「けろ、でけーな」
「そうか? あれが標準な大きさだぞ」
「げ、超でけー」
ハルが大きいと言うのも無理はない。ハルの前世でポピュラーな山羊よりもずっと大きい。二回りは大きいだろうか。立派な角が頭の上から上方に向かって伸びていて、後方にカーブを描いている。頭突きされると危険だ。
「たしか、チーズも有名でしたね」
「ルシカ、よく知っているな。この地域のチーズは絶品だと言うぞ」
「ちーじゅ!」
ハルのテンションが一気に上がる。爆上がりだ。
「ハルはチーズが好きですね」
「しゅき! らいしゅき!」
食べ物の事となるとテンションが上がるハル。分かり易い。
「しりょやぎしゃんかりゃお手紙ちゅいた、くりょやぎしゃんたりゃよまじゅに食べた、しぃ~かたがないのれお手紙かぁ~いた、しゃっきの手紙のごようじなぁに♪」
お膝でリズムを取り、体も左右に動かしながらご機嫌に歌うハル。
「ハル、何だそれ?」
「やぎしゃんのお歌ら。りひと知りゃねーのか?」
「知らんなぁ」
「ハハハ、ハルは色々知っとるな」
「ちびっ子のお歌らけらけろな」
ハルは以前に話していた。大人の歌は知らないと。身体が辛くてお歌どころじゃなかったと。
「長老はなんでこんな場所を知っているんだ?」
「ルシカの言っていたチーズだ」
転移するには1度でも言った場所にしか転移できない。この場所に転移できたという事は、長老は1度でもこの地に来た事があるという事だ。
「ちーじゅ」
「ああ、そうだ。有名なんだよ。この領地で搾乳してそのままチーズを作っているんだ。それを輸入しようと調査に来た事があるんだ」
ほう、長老は何でも知っている。しかし、調査に来たと言っても一体何年前の事なのやら。
「ワシがまだ大使をしていた頃だからな、何百年……いや千年程か?」
「今はエルヒューレでも普通に沢山のチーズが出回っていますからね。国でも作っていますし」
「そうだな。その時にチーズを作る作業を教えてもらったりもしたんだ。それからだな、国でチーズを作るようになったのは。しかし、かなり試行錯誤したぞ」
「そうなんですね」
「この領地のカペルミルクとはどうやら成分が違うらしくてな。国でとれるミルクは魔物のものだからな」
そんな事まで知っているのか?
「じーちゃん、えりゅひゅーりぇりぇもちーじゅをちゅくってんのか?」
「作っておるぞ。毎日ハルは食べているだろう」
「ん、食べてりゅ。めちゃうまい」
「そうか、アハハハ」
山羊……いや、カペルがのんびりと草を食べている。どこからか、大型の犬が走ってきた。
すると、山羊を追い立て纏めていく。そして、小屋のある方へと追い立て始めた。
「おー、あの犬しゃんしゅげーな」
「ハル、あれは犬じゃないぞ」
「りひと、しょう?」
「ああ。見てみな」
ハルの瞳がゴールドに光る。態々、精霊眼で見ているらしい。
「魔物なんら」
「そうだな、リヒトが言うように普通の犬じゃない。犬と魔物のハーフとでもいうか、ハイブリッドだな」
「おー、なんかしゅげー」
凄いとは言いながら、きっと意味は分かっていないだろう?
「元々ああやって追い立てる犬はいたんだ。だが、いつの間にか犬と魔物のウルフ種が混じってしまったらしくてな。今はあの混じったのをカペルドッグと呼ぶんだ。この領地だけに生息しているようだな」
「よく犬はウルフ種に食われなかったんだな」
「自然とは不思議なもんだ。カペルを追い立てるのに活躍しておる。あれだけの山羊を放牧しているのもこの領地くらいのもんなんだ」
「一大産業ってとこか?」
「そうだな。アンスティノスではこの領地の乳製品は高価だろうよ」
「そうなのですか?」
「ああ、ルシカは知らずに使っておったか?」
「はい。国ではメジャーなものでしたから」
「そうだな。国で作ったものと半々位で流通しておるな」
意外にもエルフの国、エルヒューレ皇国ではこのアンスティノス大公国と取引があるようだ。エルフは自国でなにもかも賄っているようなイメージがある。
「昔は各国と貿易をするなど考えられんかった。だが、大森林を守って籠るだけではいかんと今の皇帝が改革をしたんだ。その時に色んな場所へ行ったぞ」
ほう、今の皇帝が。と、いう事は現皇帝は在位何年なんだ? エルフの時間の感覚はよく分からない。多種族とは違う時間の流れの様に感じる。長命種ならではだ。
「ドラゴシオン王国に行ったのはその前だ」
それより以前から、おばば様と交流があるのか。気が遠くなるような時間だ。
「りゅしか、買っていこうな!」
「はいはい、そうですね」
ハルは食い気だ。もうチーズの事しか考えていないだろう?
「ハル、精霊樹の事を覚えているか?」
「りひと、あちゃりまえら」
おう、覚えていたらしい。
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