第52話 長老には見えた

 かば焼きを前にハルがキラキラと目を輝かせている。


「おおー!」

「ハル、どうでしょう?」

「いたりゃき」


 ハルがハムッと大きなお口で食べた。大きなお口を開けているのに一口目でもうほっぺにタレがついている。


「うまいッ! りゅしか、てんしゃいッ!」

「良い匂いだな」

「じーちゃん、超うめー!」

「そうかそうか。ルシカ、頑張ったな」

「良い勉強になりましたよ」

「兄さん、このタレは何だ? 超美味いじゃないか!」

「そうですか? このタレはドラゴシオン王国の山に住む鬼人族から頂いたものですね」

「何だってぇッ!? 鬼人族だとぉッ!?」

「アハハハ! びっくりしてるよ」


 リヒト、そりゃそうだ。ドラゴシオン王国ってだけでも驚く。普通ヒューマンは竜族に近付こうなどとは考えない。ヒューマンにとって竜族は脅威なんだ。なのに、ドラゴシオン王国の山奥に住む鬼人族なんて知りもしないだろう。アンスティノス大公国から出た事もないだろうに。

 その上、鬼人族自体が閉ざされた種族だ。ドラゴシオン王国の山奥から滅多な事では出て来ない。あの時はハルに謝りに出てきたんだ。それも、おばば様の家だから来たのだろう。


「そんなとこまで行った事があんのか?」

「海のなかもありゅじょ」

「えぇッ!? 海の中なんて息ができねーだろう?」

「ふふん、できりゅんら」

「何か、エルフさんだからか?」

「ちげー」

「そういうアイテムがあるのですよ」

「スゲーなぁッ!」


 一行は黙々とかば焼きを食べている。ハルは普段でも言葉が多い方ではないのに、より少なくなっている。カエデもシュシュもイオスやミーレまで黙々と食べている。余程、美味いらしい。


「あー、米がほしいじょ」


 ハルちゃん、さすが元日本人だ。

 ルシカ作の鰻のかば焼きを超美味しく夢中で食べ、皆が寝静まった頃だ。長老は1人窓を開けて外を見ていた。暗闇が広がっている。カエルや虫の鳴き声しかしない。誰1人として出歩いている者はいない。

 長老の目がゴールドに光っている。何かを見つけたのだろうか?

 

 翌日、遅くまで起きていたのに長老はいつも通り起きて朝食を皆で食べていた。朝食もルシカ作だ。水鳥の肉が入ったトマト味のスープだ。お野菜も沢山入っている具沢山スープだ。それに、水鳥の肉をソテーしたものを挟んだホットサンドイッチ。スライストマトと、とろけるチーズが挟んである。

 ハルの好きなトマト味に、とろけるチーズ。ルシカはハルの好みをよく分かっている。


「上手いな! 何だこれ!」


 トーマスさんがルシカの作ったスープとホットサンドに驚いている。


「有難うございます。でも使った食材はほとんど奥様に出して頂いたものですよ」


 トーマスさん一家は4人家族だった。同じゴールデンレトリバーの獣人の奥さんと男の子が2人だ。リヒト達より少し年下位に見える。4人共よく似ている。

 年頃の男の子2人は少し緊張気味に大人しく食べている。エルフさんがいるからか?

 いや、これはミーレだな。チラチラと見ている。忘れちゃいけない、ミーレもエルフの美人さんだ。


「しゅーぷの出汁がうめー」

「ちびっ子でも分かるか?」

「らから、ちびっ子じゃねー」

「アハハハ、ハルだったな」

「おー。りゅしかの飯は超うめー」

「ああ、美味いな」

「トーマスさん、食事が終わったら少し外に行くか」

「長老、どうしたんだ?」

「盗人の正体が分かるかも知れんぞ」

「そうなのか!? どこのどいつだ!」


 だから、人じゃないかも知れないと昨日長老が話していたのに。


「昨夜、少し見ていたんだがな。その確認だ」

「おー」


 長老が話していたように、湿地帯を行くトーマスさんとリヒト達。

 湿地帯にある地面を縫って歩いていく。ハルはイオスに抱っこされている。気をつけないと湿地帯に落ちちゃうからね。


「多分この辺りにだ……」


 長老がやってきたのは、木立が並んでいる場所だ。

 その木の下を見ている。


「お、あったぞ。これだ」


 皆が長老が指す地面を見る。木立の真下に浅灰色したものがボトボトと……


「なんだ、これ……糞か?」

「そうだな、鳥の糞だ。デカイだろう?」

「普通の鳥じゃねーな」

「リヒト、分かるか?」

「おう、しかし長老。よく見つけたな」

「昨日の夜に見ていたらこの辺りに止まっていたからな」

「暗いのにうちから見えるのかよ! どんな目してんだ!?」

「アハハハ、だから長老は特別なんだって」

「リヒトにも多少は分かるだろう?」

「だが、見つけられないぞ」


 そうか、リヒトの持つ鑑定眼の最上位である神眼だからこそなのだろう。


「じーちゃん、でっけー鳥さんか?」

「そうだな。湿地帯を抜けた木立に巣があるらしいな」

「そんな事まで分かるのか!?」


 一行は長老が示した木立に向かって進む。その時、長老が急に止まった。


「見ろ、上だ」


 空を見上げる一行が見た物は、大きな翼を広げて我が物顔に飛んでいる鳥だ。

 全身は黒い褐色の羽毛で被われていて、腹部や翼の下面は血の色の様な赤い羽毛で被われる。鋭い嘴を持っている。しかもデカイ。翼を広げた大きさで2メートルはあるだろうか。

 色といい大きさといい、いかにも悪役っぽいぞ。


「あれは……長老、まさか!?」

「そうだ、トーマスさん。ブラックガネットだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る