第46話 大湿地帯

「お? ふちゅうのみじゅうみじゃねーな」


 一行がやってきたのは湿地帯だった。昨日長老が話していたように、一帯が広い湿地帯になっていて小さな溜池も幾つか見える。所々に木立があり、水草も多く見える。白い小さな花も咲いている。先に行った湖よりも規模が大きな湿地帯だ。周りを小高い山に囲まれている。火山が作り出した地形なのだろうか、この国で1番の湿地帯だ。


「長老、この湿地帯なのか?」

「そうらしい。ハル、分かるか?」

「じーちゃん、けろろーやって行くんら?」


 ハルが湿地帯の奥の方を指さしている。精霊樹はもっと奥にあるのだろう。


「だな、湿地帯だからな」

「長老、こんなところにも来たのか?」

「そうだな。この辺りはアンスティノスでは有名なアンスイールの産地なんだ」

「あんしゅいーりゅ?」

「ここがか?」

「食べりぇんのか?」

「アンダー湖といってな、何千年もの昔から1番のアンスイールの養殖場になっとるんだ」


 湿地帯の手前で立ち止まっている一行。湿地帯をどう進むべきなのか。下手したらドボンだ。

 よく見ると水の流れをコントロールする石組みの堰(せき)が各所にあり、人工と分かる水路がある。その湿地帯を流れる水路で長い尻尾が跳ねた。


「あ、なんかいりゅじょ」

「ハル、あれがアンスイールだ」

「え? どりぇら?」

「ちょっと捕ってみようか?」

「いおしゅ、見てー」

「おう、待ってな」


 イオスがさっき跳ねた辺りを少し見る。と、いきなりズボッと流れに手を突っ込んだ。


「おしッ!」


 両手で掴んだ長いウニョウニョしたもの。ハルの前世でいう『鰻』だった。イオス、本当になんでも出来る奴だ。立派な鰻だ。スーパーで買ったらよいお値段がするだろう。


「あ、うなぎら!」

「なんだって? ハルはそう呼ぶのか?」

「ん、超うめーじょ」

「立派なアンスイールですね」

「りゅしか、おりぇ食べたことありゅ?」

「ありますよ。パスタにした事もありますし、パイにした事もありますね」

「じぇんじぇん知りゃねー。おりぇが思ってりゅのと、ちげー」


 ハルが想像している鰻とは少し違う。エルヒューレが輸入しているのは、鰻の燻製だ。この地方が産地なんだ。きっとハルの頭の中には美味しそうなタレのかかった鰻重を思い出している事だろう。元日本人だ。


「ハルの知っている鰻はどんなのですか?」

「りゅしか、平べったいの」

「ああ、開いているのですね」

「しょう。焼いてて、タレにちゅけて」

「タレですか?」

「しょう。しょれがまた美味い」

「ほう、えらく違うもんだな」


「長老、でも美味しそうですね」

「アハハハ。ルシカ、挑戦してみるか?」

「しかし、ハルの言う事だけでは難しいですね。燻製を開くのでしょうか?」

「りゅしか、ちげー」

「違うのですか?」

「ん、くんしぇいじゃねーんら」

「おや、そうなのですか?」

「しょう。ふわっふわなんら」


 ハルの説明だと再現は無理そうだ。


「思い出したら腹が減ってきたじょ」

「アハハハ。ハル、さっき朝飯食べたばかりだろう」

「りひと、しょうらけろ。しゅぐに腹へりゅんら」

「はいはい。ちびっ子だからな」

「しょうら」


 そんな事はない。ハルちゃんが食いしん坊だからだろう。

 そんな鰻の話をしながら一行は長老を先頭に湿地帯を進んで行く。イオスが捕った鰻はそう長くは持っていられず、あっという間にイオスの手をすり抜け水中に戻っていった。


「ありゃ、じーちゃんこりぇ溶岩か?」


 ハルが足元に並んでいる石をみて言った。よく見ると所々にある。


「ハル、よく分かったなぁ」

「ん、見たことありゅんら」

「そうなのか?」

「ん、このボコボコなのに見覚えがあったじょ」

「この辺はな、この溶岩を上手く使っているんだ。それで人工の水路を作っていたりするんだ。周りの山がずっと昔は火山だったのだろうな」

「ほぉ〜」

「さて、どうやって行くかだ。ハル、ここから見えるか?」

「ん~、まら見えねー」

「じゃあ、もう少し進むか」

「長老、大丈夫なのか?」

「この、石があるだろう。石と石の間が道になっとるんだ」

「ほう、草で分り辛いな」

「ワシが先導しよう」


 長老の後を付いていく一行。


「でも、スゴイわね。こんなに広い湿地帯って見た事ないわ」

「シュシュ、そうなの?」

「ええ。色んな場所に行ったけど、こんな湿地帯って初めてだわ」


 シュシュが言うように、広大な湿地帯だった。中に小さな島がある様にも見えるが島ではないらしい。水草が群生しているから陸に見えるだけで、地面がある訳ではないのだそうだ。

 一見幾つもの池があるようにも見える。が、それの小さいものは人工的に作られた溜め池らしい。そこに繋がる水路もだ。大きな湖に見えるのが自然にできたものだ。それを利用して、水路を作り、周りに小さな溜め池を幾つも作ってある。


「あの水草で籠や帽子を編んだりもしていたと思うぞ」

「器用ですね」

「水草で筒状の罠を作るんだ。それを幾つも仕掛けてアンスイールを捕るんだ」


 昔から行われている漁の仕方らしい。湿地帯に生息している水草を利用して円筒状の罠を編む。それを水の流れに合わせて仕掛けるんだ。

 そこに入った鰻も選別する。大きなものはそのまま商品に。小さなものや稚魚は大きさ別に人口の溜め池へと放される。そこで大きくなるまで育てるんだ。


「スゲーな、本格的じゃねーか」

「だから、リヒト。この国で1番だと言ったろう」

「エルヒューレでも普通に売ってますね」

「ああ、昔からな。この地域の鰻は立派だぞ」

「ええ、調理する時に大きくて驚きました」


 前方にやっと開けた地面が見えてきた。湖の脇、水草に囲まれているが、そこに低木が何本か生えている。薬草もありそうだ。

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