第43話 リヒトも見えた

 小さいが静かな湖だ。湖の表面は静かに空の色を濃く映している。湖畔には、湖から流れ出ている小川があり、辺り一帯には植物も茂っている。湖の深いブルーと空の淡いブルー、それに植物や木々の緑のコントラストが美しい。

 この領地の収益は湖の資源が主だ。淡水だが、魚介類が獲れる。

 湖から流れ出ている小川では魚も獲れるそうだ。その小川の周りには薬草も生えている。木立もある。豊かな地だ。


「前にこの湖の調査に来たんだ。エルヒューレ皇国では採れない貝が採れるんだ」

「ほう、貝か」

「エルヒューレでは水産物はあまり流通していませんからね」

「そうなんだ。で、この湖の貝が珍しいらしくてな。輸入の話が出ていたんだ」

「結局どうなったんだ?」

「なんだ、分からんか? リヒトも食べているだろう?」

「あ? あれか? もしかしてスープのか?」

「そうだ。あれだ」

「なんら?」

「ハル、ほら小さな貝のむき身が入ったスープがあるでしょう? ハルも好きな」

「ああ、ありぇか。しじみら」

「しじみってのか?」

「エルヒューレでは、アンスシェルというな」

「ほー、あ、あんしゅしぇりゅ?」

「アハハハ、言えてねー」


 ハルの前世でのシジミだ。この湖が有名な産地なのだそうだ。ただ、エルヒューレが輸入しているのはその干したもの。シジミの干物だ。それをスープに入れて食べるらしい。美味しい良い出汁が出るんだ。シジミと白菜のスープはハルも大好きだ。ハルは何も言われないのでそのままシジミと思っていたのだろう。


「ありぇは美味い。おりぇしゅき」

「そうですね。ハルは好きですね」

「ん、らいしゅき。ありぇ、身体にもいいんら」

「そうなのですか?」

「ん、ふちゅかよいに良いんら」

「ハル、本当か?」

「しりゃねー」

「なんだよ」

「ふちゅかよいになったこちょねー」


 そりゃそうだ。ハルはまだ3歳だ。前世でも20歳。身体が地球の環境に会わなくて辛かったのだから、20歳になってもお酒どころではなかっただろう。

 ハルちゃんの知識は中途半端だった。二日酔いにならない事が1番だ。

 さて、その湖だが。


「ワシが調査に来た時には水質に問題があったんだ」

「水質に?」

「ああ。あの頃はな。湖の水質が悪くて湖畔ももっと荒れていた。だが、改善されたから干物でも輸入している」


 長老が調査に来た頃、数百年前か? その頃のこの国アンスティノス大公国の下水事情が悪かった。

 エルフの国の様に上下水道を通すという知識がなく、使用済の水や汚水を普通に流していたのだそうだ。今では考えられない事だ。いや、今でもアンスティノスのド田舎に行けば残っているかも知れない。

 その影響で、湖の水質が悪かった。

 それ位、この国は他国に比べて国の環境整備が遅れていたんだ。


「この湖もこんなに綺麗ではなかったな」


 それだけ改善されているという事だろう。その湖の辺に1本だけ精霊樹があった。


「じーちゃん、ここも1本らけら」

「そうだな……」

「しゃみしいな」

「ハル、人がいないうちにやってしまおう」

「おう、こはりゅ」

「はいなのれす」


 コハルがポンッと亜空間から出てきた。


「ぶもも」


 ヒポポも一緒だ。ヒポポはカバさんなのに身軽だ。コハルと一緒にポポンッと出てきた。


「ぶもぶも」

「しょうらな、この国らとしょうがないんら」


 ヒポポがハルに何かを訴えているらしい。


「どうした、ハル」

「ひぽがもっちょ外に出たいって」

「それは仕方ないぞ、ヒポポ」

「ぶもぉ」

「この国の人達は精霊獣なんて見えないからな。気付かずに突き飛ばされるぞ」

「ぶもッ」


 びっくり顔になっている様に見えてしまうヒポポ。カバさんなのに表情が豊かだ。


「ひぽ、しゃーねーんら。こはりゅも出てねーらろ」

「ぶも」

「人がいないとこれ出りゅ?」

「ぶもッ」


 取り敢えず、納得したのか?


「こはりゅ、ぴゅりふぃけーしょんとひーりゅしゅりゅじょ」

「はいなのれす」


 もうこの国では、取り敢えずピュリフィケーションとヒールが当たり前になっている。この場にある1本の精霊樹もきっとずっと昔は他にも生えていたのだろう。

 枯れてしまって最後の1本なのかも知れない。


「ぴゅりふぃけーしょん、ひーりゅ」


 ハルが精霊樹に向かい詠唱すると、白い光が精霊樹を包み込む。元気になってくれ。ハルがそんな思いを込めている。


「ハル、元気になったな。俺にも見える様になったぞ」

「しょっか、良かっちゃ」


 リヒトの言葉で少し満足気なハルだ。


「沢山植えるなのれす」


 コハルがまた手にクリスタルのりんごの様な精霊樹の実を取り出す。すると、フワフワと地面に吸い込まれていく。


「どんどん植えるなのれす」


 コハルが次から次へと精霊樹の実を取り出す。また地面へと吸い込まれていく。


「長老、お願いなのれす」

「よし、任せなさい」


 長老が杖を出した。そして、静かに詠唱した。


「ピュリフィケーション……ヒール」


 辺りに真っ白な光が降りてきて木々を包み込む。植えたばかりの精霊樹の実が芽吹き、若木へと育っていく。キラキラと光っている。元気になったようだ。

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