第39話 黄色くねー

「リヒト様」

「ああ、いるな」

「なんら?」

「ハルも索敵を覚えんといかんな」

「しゃ、しゃくちぇ?」


 ……言えてない。


「ハル、気をつけろ。熊がいるぞ」

「おー、熊しゃん」


 ネコさんの様に言うけど、熊さんは危険だよ。

 まあ、大森林の超大型でも倒してしまうハルとコハルなら平気だろうが。

 周りの木々に大きな爪痕が残されている。この近辺は自分の縄張りだとでも主張しているのだろうか。その熊を避けて、イノシシが人里近くまで出てきていたのかも知れない。

 少し林の奥に入ると小川が流れていた。どこかの川の支流なのだろう。小川の魚を採っていたのか、水を飲みに来ていたのか、そこに熊が2頭いた。


「でけーな」

「中型ですね」

「獣でこのサイズなら大きい方だろう」

「熊しゃん、かわいくねーじょ」


 可愛い筈がない。イノシシが怖がって逃げるような熊なのだぞ。ハルはもしかしてクマの〇ーさんでも想像していたのだろうか?


「黄色くねーんらな」


 やはり〇ーさんを想像していたらしい。こんなところで、そんな天然を発揮してどうする?

 その熊は、所謂グリズリーと呼ばれている種の大型の熊だった。それも2頭いる。

 その体は3メートル程あるだろうか。爪が細長く、普通に歩いていて地面に跡が残るほどのもので、体毛の先端部が白っぽくなっている。こちらに気付いて牙を剥きだしにして威嚇をしている。


「ああ、敵だと思われているぞ」

「リヒト様、さっさと片付けましょう」

「おう」

「おりぇ、こはりゅと一緒にちゅどーんしゅりゅじょ?」

「丁度いい腹ごなしだ。ハルは見ていろ」

「ん」


 珍しくリヒトがやる気だ。剣を抜いて魔力を通しているのか、剣が淡いグリーンに光っている。ルシカは後方支援だ。弓に魔法の矢を番えて狙いをつけている。リヒトが瞬時にグリズリーの喉元を狙って斬り込んだ。瞬間移動したんだ。そして、一太刀で倒している。流石、エルフ5強の男だ。グリズリーだろうが相手にもならない。こういうところはかっちょいい。

 もう1頭のグリズリーにルシカが弓を射る。これも喉元狙いだ。そして、忘れてはいけない。ミーレが弓を射る。2頭目の熊の目に命中した。ミーレ姉さんもやる時はやる。


「ミーレ、甘いですよ!」

「ルシカだって倒せてないわよ!」

「オラッ、止めだ!」


 グオォーッと痛そうに声を上げている熊にリヒトが斬り込み止めを刺した。

 あっという間だった。ヒューマンは怖がって林に入ることさえしなかったというのにだ。


「ちゅえーな」

「強いなのれす」

「あれでも最強の5戦士だもの」

「ぶも」


 ちびっ子チームは勝手な事を言っている。ハルちゃん、自分も参加したかったのかな? こういう時はイケイケなハルちゃんになるからな。


「他にはいないようだな」


 長老が確認をしている。この熊さん、もしかして番か?


「いや、そうでもなさそうだ。ハグレじゃねーか?」

「迷い込んだか」

「この林、気をつける方が良いかもな」

「完全に排除してしまってはいかん。人里に近寄らないならそれで良いさ」

「おう」


 熊さんは野生とはいえ、魔物ではない。食べ物がなくなったりしなければ、敢えて人を襲う為に人里まで出てきたりはしないだろう。共存だ。魔物とは違うのだから。

 大きな熊さんをマジックバッグに仕舞い討伐完了だ。精霊樹も植えた。領主が待っている事だろう。心配しているかも知れない。里に戻ろう。


「ありゅうひありゅうひ、もりのなっかもりのなっか、くましゃんにくましゃんに、れああったれああった、はなしゃくもぉりぃのぉみちぃ~、くましゃんにれぇあぁあったぁ♪」


 ハルちゃん、輪唱部分まで歌ってしまっている。ご機嫌か?


「ハル、なんだその歌は?」

「熊さんの歌ら。ほんちょは追っかけてうたうんら」

「追いかけて?」

「しょうら。ありゅうひ、ありゅうひ、てな」

「ほう、何でも知っているもんだな」

「かえれ、覚えて一緒に歌うんら!」

「えぇ~、恥ずかしいにゃぁ」

「なんれら?」

「だってハルちゃんはちびっ子やから可愛いけどな」

「かえれもちびっ子ら、可愛いじょ」

「大きいっちゅうねん」

「しょっか?」

「そうやで」

「ん、しゃーねー。ありゅうひ」


 とまあ、ハルちゃんのお歌を聞きながら一行は戻った。


「なんとッ! 2頭もおりましたか!?」


 領主の前にドドンとマジックバッグから出した2頭の熊さん。それを前に領主が驚いている。まさか、2頭とは思わなかったのだろう。しかもグリズリーだ。熊の中でも大きい。

 領主だけでなく、声を掛けてきた親方や多数の人達が見に出てきている。この熊さん、どうするのかな?


「これを買い取る形でも宜しいでしょうか? 良い食料になります」

「いや、ワシ等は偶々通っただけだ。気にせんでくれ。このまま置いていこう。領民に振舞ってくだされ」

「いえ、そのような訳には!」

「本当に構いませんぞ」

「ああ、何という事だ。有難い。申し訳ない事です!」


 仕事が出来なくて死活問題だと言っていたんだ。熊さんのお肉でお腹いっぱいになったら良いね。


「さあ、隣の領地を目指そう」


 と、一行はまた馬でパカパカと進む。

 良い天気だ。大森林は雨季の真っ最中だった。夕方にはゲリラ雷雨の様に大雨が降る。アンスティノスは大森林より少し北東にあたる。今、ハル達が移動している辺りはアンスティノスの中でも北側になる。それだけで、幾分か気候が違うらしい。

 雨の気配もなく、湿度も高くない。過ごしやすい季節だ。


「ハル、もたれて寝ておけ」

「ん、りひちょ」


 ああ、ハルがもう限界だ。いつもならお昼寝から起きている位の時間だ。よくもった方だ。


「長老、まだ大分あるのか?」

「そうだな、今日中には到着するだろうよ」

「宿屋があれば良いけどな」

「リヒト様、俺先行して宿をとっておきますよ」

「そうか? じゃあそうしてもらおうか?」

「イオス、頼めるか?」

「はい、長老」

「イオス兄さん、自分も一緒に行くわ」

「おう」


 カエデを前に乗せたイオスの馬が先に走って行く。イオスは何気に何でもできる。イオスに任せておけば宿も大丈夫だろう。

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