第38話 植えるなのれす

 長老が何処からか魔法杖を出し、地面を1度トンと小突く。魔法杖を掲げ、そして静かに詠唱した。


「ピュリフィケーション……ヒール」


 何度見ても幻想的な作業だ。コハルが手に乗せるとフワリフワリと地面に吸い込まれていく。そして、長老が詠唱すると白く輝く光がヴェールの様に下りてきて地面へと消えていった。

 すると今度は、地面へと消えていったばかりの精霊樹の実が見る間に芽吹き若木へと育つ。まだ成木とは言えないが、どれも力強くキラキラと光っている。


「長老、明らかにやり過ぎだ」

「リヒト、どうした?」

「見ろよ。確実に他の木まで元気になっているぞ」


 周辺の木まで葉が生き生きと輝きだしている。もしかしたら、枝が伸びているかも知れない。


「じーちゃんはしゅげーんら」

「ハル、そんな問題じゃないぞ。ちょっと手加減しろってんだ」

「アハハハ。まあ良いじゃないか」


 笑っているぞ。これは、確信犯か?

 その長老の気持ちも理解できる。何故ならどうしても大森林の樹々と比べてしまう。大森林の樹々と違ってアンスティノス大公国に生えている木は少し弱々しい。大きさもそうだが、力強さが足りない。

 長老が詠唱すると、元気を取り戻したかの様に緑が輝きだす。


「ひぽ、しぇいれいじゅうはいりゅか?」

「ぶも」


 やっと自分の出番がきたと、ヒポポが数歩前に出て一鳴きする。


「ぶもぉッ」


 すると、彼方此方からキラキラとした精霊獣が姿を現した。


「前と同じらな」

「そうだな、アンスティノスは皆同じ精霊獣なのか?」

「ぶも」

「わかりゃんって」

「そうか」


 青空の様なスカイブルーの半透明な身体にチューリップの様な頭には小さな角が2本、そして、ヒラヒラと翼の様に動くヒレ? 身体の先には3枚の小さな葉っぱがついている。

 麦畑にいた精霊獣と同じクリオネ仕様の精霊獣だ。まだ生まれたてだからだろうか、すこし体色のブルーが薄いようにも見える。動きも鈍い。この辺りには精霊樹が1本もなかったんだ。それだけ弱っているのかもしれない。


「ハル、ヒールなのれす」

「よし、ひーりゅ」


 ハルが両手を掲げてクリオネ仕様の精霊獣達に向かって詠唱すると、白い光が精霊獣を包み込む。光が消えると、スカイブルーが鮮やかになっていた。元気になったんだね。


「ひぽ、しぇいれいじょうおーが来たかきいて」

「ぶも」


 またヒポポがぶもぶもと精霊獣と会話をしている。やはり平たい尻尾やその先についている葉っぱもヒョコヒョコと動いている。可愛い。イオスが笑いを堪えている。


「アハハハ、めっちゃ可愛いやん!」

「カエデ、笑うなよ。俺我慢してんのに」

「だってイオス兄さん、ヒポポの尻尾が」

「ね、可愛いわよね」


 ミーレ姉さんもお気に入りらしいぞ。ヒポポは人気者だ。カバさんなんだけど。


「ぶもも」

「しょっかぁ」

「ハル、何と言っているんだ?」

「来てねーって」

「来てないのか?」

「ん、らってここにはしぇいれいじゅがなかったかりゃな」

「なるほど、そうだな」

「長老、取り敢えずイノシシだか熊だかを探してみるか」

「そうだな。引き受けたからにはな」


 もうイオスとカエデが索敵をしている。カエデの長い尻尾がゆらりと揺れている。尻尾がアンテナの様になっているのか? いや、そんな事はない。


「カエデ、分かるか?」

「うん、兄さん。もうちょっと奥やな」

「おう、上出来だ」


 リヒト達も分かっているらしい。何も言わなくても林の奥を目指して進んで行く。

 精霊樹を植えた辺りからほんの数分奥へ入ったところに小さな洞窟があった。洞窟と言っても良いのか分からない位小さな横穴だ。だが、獣が巣を作るには丁度良い大きさだろう。


「ここか……」

「リヒト様、俺とカエデが先に入ります」

「おう、気をつけろよ」

「はいッス」


 イオスとカエデが剣を手に穴の中へと入って行く。リヒト達は外で待機だ。皆が入ると狭くて剣が振れないだろうという程度の大きさの穴だ。

 しばらくして、イオスとカエデが出てきた。何もいなかったのか?


「長老、リヒト様。ここに逃げ込んでいるんだと思いますよ」

「めっちゃ可愛いウリ坊が5匹もいたわ」

「うりぼう!?」

「ウリ坊か!?」

「見てー」

「ちゃんと親イノシシもいてたで。守ってるんやろな」

「らっこしてー」


 ハルちゃん、君がウリ坊を見たくて抱っこしたいのは分かった。合いの手の様に入れるのは止めよう。話が進まない。


「イノシシがこの穴に逃げ込んでいるのか?」

「多分そうだと思いますよ」

「イノシシなぁ。討伐するのもだな。長老、どうする?」

「何かから逃げているのだろう? その何かを討伐してやれば巣に戻るんじゃないか?」

「なんでしょうね」

「イノシシが逃げるんだから、この辺りだとやはり熊か?」

「くましゃん、見たいじょ」

「ハル、野生の熊は危険だぞ」

「大森林のでっけーのよりか?」

「それは比べ物にならないな」

「らろ? なら平気ら」


 その穴のある場所で二手に分かれた。

 イオスとカエデは穴の前で待機。他の者は周辺を捜索だ。

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