第5話 フィーリス殿下 first

 そう、その元気な『彼』がハルを出迎えた。


「ハァ~ルゥ~!! 久しぶりなんだぞうぅ~!!」


 と、叫びながら手をブンブンと高く振りダッシュでやって来た。そして、ハルをヒョイと抱き上げクルクルと……


「回らないんだぞうぅ。ふっふっふっ」

「アハハハ、ふぃーれんか! ひしゃしぶりら!」

「おうぅ! ハル、遊ぶのだぞうぅ!」

「フィーリス殿下、今日ハルは用事があってきたのです」

「知っているのだぞぅ。世界樹の精霊王に会いに来たのだろう?」


 何故だか自慢気に片方の手で人差し指を立て、もう片方の手を腰にやり胸を張っている。


「しょうなんら。らから、れんか。あしょぶのはしょの後ら」

「おうぅ! 僕も一緒に会うのだぞぅ」

「え……」

「フィーリス殿下、一緒にですか?」

「長老、そうなのだ。僕も父上も立ち会うのだぞぅ」


 おやおや、フィーリス殿下と皇帝まで立ち会うそうだ。


「とにかく先に陛下にお目通りせねば」


 長老に抱っこされてハルは皇帝が待つ部屋へとやって来た。


「ハル、聞いたぞ。相変わらず可愛いな!」

「陛下、其れは良いですから」

「お? おう」

「ハル、精霊王が夢に出てきたのですって?」

「あい、しぇいれいじょうおーのピンチれしゅ」

「ピンチか!?」

「あい」

「父上、早く行くのだぞぅ!」

「これ、フィーリス。大人しく待てないのかしら?」

「母上、だって早く行きたいのだぞぅ」

「フィー、私も一緒に行くからな」

「げげッ」


 フィーリス殿下が『げげッ』と言ってしまっている理由は、お目付役でもあり兄皇子のレオーギル・エルヒューレ第1皇子が登場したからだ。

 何かにつけて、兄に叱られているフィーリス殿下。


「あ、兄上も一緒に行くのですか?」

「当たり前だ! フィーは何を仕出かすのか分からないからなッ!」


 その通りなのだぞぅ。今までも、城の中庭で魔法杖に乗って飛んでみたりシュシュに乗って爆走してみたりと、ハルと一緒に何かしらやらかしてレオーギル殿下とルシカに叱られている。


「さて、では部屋に移動しようか」

「陛下、私もご一緒致しますわ」

「え? いや、皇后……」

「陛下も目を離すと何を仕出かすのか分かりませんから」

「なんだ、私はフィーリスとは違うぞ」

「はいはい。ハル、行きましょう」

「あい。みんなれ行くじょ」


 さすがフィーリス殿下の父親だ。よく似た感じなのかも知れない。

 大人しく長老に抱っこされるハル。今回は全員一緒に行くらしい。前回はイオスとカエデも一緒だったが精霊王の姿はハルにしか見えなかった。

 城の丁度裏側にある部屋。そこから世界樹を見る事ができる。世界樹の1番近くに行ける場所だ。


「ハル、精霊王が出てくるか?」

「わかんねー」

「そうか」

「けろ、話しかけてみりゅじょ」

「そうだな」


 今は近付く事を禁止されている世界樹。それを間近で見る事ができる唯一の場所が城にあるこの部屋だ。

 世界樹がある側の壁や天井が一面ガラス張りになっていて、現代日本でいうとサンルームだろうか。

 万が一『次元の裂け目』が現れたとしても吸い込まれない様に、今は部屋の中からしか見る事ができない。

 そして、世界樹の前には祭壇の様なものが備え付けてある。日本の神棚の様に御神酒等を供えている訳ではないが、世界樹を崇拝する気持ちは伝わってくる。


「ありぇ、前に来た時はなかったじょ」

「ハル、そうなのよ。あの時にハルが精霊王様と話したでしょう。だからそれから世界樹を崇める気持ちで祭壇の様なものを作ったのよ。私達には見る事ができないけれど、いつも力を貸して頂いているのだもの」

「そうなんだよ、ハル」

「しょっか」


 世界樹が圧倒的な雰囲気を放ち神々しささえも感じられる。エルフはこの世界樹と大森林を守り共に生きる種族だ。エルフが使う魔法は精霊魔法といって、自身の魔力だけでなく精霊の力も借りて発動する。そして、各国にある遺跡を守ってくれているのも精霊達だ。その王が世界樹の精霊だ。エルフが崇拝する気持ちも当然だろう。

 初めてこの部屋に入るリヒトやルシカにミーレの3人は圧倒されて言葉も出ない様だ。


「ハル、呼びかけてみるか?」

「ん、じーちゃん」


 長老の腕からハルが降りる。そして、世界樹に向かって呼びかけようとした時だ。

 廊下が騒がしくなり、部屋のドアがノックされた。


 ――コンコンコンコン!


 ノックする音まで忙しない。そのドアが思い切りよくバタンと開いた。


「長老! 私に教えてくれないなんて酷いじゃないッ!!」


 おっと、この人を忘れていた。長老の奥方、アヴィー先生ことアヴィー・エタンルフレ。ハルの曾祖母だ。綺麗なブルーブロンドの髪をなびかせ、海の様な深いブルーの瞳を少し釣り上げて文句を言っている。長年魔法の先生をしていた事もあり、皆アヴィー先生の教え子だ。先生を辞めた今でも先生と呼ばれている。


「おう、アヴィー。帰ったのか?」

「帰ったのか? じゃないわ! どうして私に教えてくれなかったのか聞いてるの!」

「アヴィーはアンスティノスに行っていたじゃないか」

「だからと言って内緒なの!? 私は仲間外れなのッ!?」

「いや、そんな事はないぞ」

「じゃあどうしてよッ!」

「いや……まあ……その……なんだ」


 これは長老、まさか忘れていたのか?

 長老の目が泳いでいるぞ。


「じーちゃん、わしゅれてたな」


 長老が言い淀んでいた真実を、ハルがサラッと言ってしまった。


「そうだな、ハル」

「酷いわッ!! ハルちゃんも忘れていたのッ!?」

「ばーちゃん、急らったしいしょいでたんら」

「それでも教えて欲しかったわ!」

「ばーちゃん、ごめん」

「アヴィー、すまん」


 旦那さんと曾孫が並んで身体を小さくして謝っている。アヴィー先生には誰も逆らえない。

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