第3話 世界樹と精霊樹

「ハル、理由は分かった。だけどな、お前1人でエルヒューレまで行ける訳がないだろう?」

「しょうなんら、りゅしかの飯をわしゅれてた」

「いや、飯だけじゃなくてな。大型の魔物だって出るぞ」

「しょれは『ちゅどーん』しゅるかりゃ平気ら」


 出たよ。ハルちゃんの必殺技『ちゅどーん』

 何の事はない、ドロップキックだ。ただ、ハルが『ちゅどーん』と声に出すだけだ。


「おりぇの『ちゅどーん』で、でっけーのは倒せりゅじょ」

「シュシュ、お前も一緒に行くんじゃなくて止めろよ」

「あら、どうして?」

「どうしても何もだな」

「だって、ハルちゃんなら平気よぉ。あたしも付いてるわ」

「そういう問題じゃないだろう」

「じゃあ、どういう問題なのよ」


 この白い虎の聖獣、口は達者だ。おまけに無条件でハルの見方だ。ハルちゃんの事が大好きだからだ。

 シュシュは白虎の聖獣だ。ドラゴン族の国近くにある洞窟の地底湖で、毒に侵されて瀕死だった時に救われた。リヒトとハルに加護を授けている。念のため言っておくが雌ではない。これでも雄の聖獣だ。


「じゃあハル、飯はどうすんだ?」

「しょうなんら、わしゅれてたんら」

「はい、ハル。クッキーですよ」

「りゅしか、ありがちょ」


 嬉しそうにルシカが出したクッキーを手に取るハル。ルシカの作るものは全部美味しいからね。それを忘れてたなんて、ハルちゃん急いでいたのかな?


「みんなにみちゅかりゅ前にべーしゅを出なきゃと思って」


 はい、急いでいたらしい。無計画も良いとこだ。クッキーを頬張りちょびっとタコさんのお口になっている。モグモグと美味しそうに食べている。コハルもそれに気付いて出てきたぞぅ。


「このベリーのジャムがのったのがしゅき。超美味い」


 そうかい、それは良かった。

 コハルとは神使であり聖獣の真っ白なコリスだ。ハルがこの世界へ転生する時、神に遣わされたハルを守る聖獣だ。まだ小さいがシュシュより格上らしい。


「ハル、城の中から世界樹が見られるだろう。あそこからだとダメなのか?」

「じーちゃん、しょうらった! しょこがあったじょ!」

「なんだ、ハル。覚えていなかったのか?」

「ん、わしゅれてた」


 よく色んな事を忘れる。ちびっ子だからかな?


「じーちゃん、しょこちゅれてって」

「まあ待て。陛下に承諾をもらわんといかん」

「しょっか。けろ、いしょぐじょ」

「そうなのか?」

「ん、しぇいれいじょうおーがピンチなんら」

「にわかには信じ難い話なんだが、だがハルだしなぁ」

「長老、そうだよな」

「精霊王が直接ハルに頼みたかったのだろうな」

「ハルしか精霊を見る事や話す事ができないからか?」

「それもあるだろう。だが、ハルの加護だ」

「ああ、忘れてた。『世界樹の愛し子』か」


 ハルは『世界樹の愛し子 』という加護を授かっている。そのまんまだ。ハルは世界樹に愛されている。世界樹の精霊である精霊王に愛されているんだ。

 エルフ族の国エルヒューレ皇国の中央、ウルルンの泉の真ん中にある小島に天まで届いているのではないかと思われるほどの大きさで悠然と佇む大樹、世界樹がある。

 世界樹は世界の始まりだ。世界の中心に生えている神聖なものであるとされている。世界樹の枝は天高く伸び、それを支える根は遙か遠い世界へと繋がっているとされている。それが一般的な認識だ。確かにエルフの中でも神聖なものであるとされている。だが一般的なそれとは少し違っている。

 世界樹の枝葉は世界を浄化する。幹は精霊の魂が眠る。根は浄化の雫を生み出す。そこからウルルンの泉ができ、テュクス河ができている。だからウルルンの泉やテュクス河は浄化の力が強い。

 その真実を知っているのはエルフ族だけだ。

 そして、問題の精霊樹。見上げても樹の先端が見えない程の大樹である世界樹の袂に、寄り添うように生えている。ここにある精霊樹の精霊が精霊女王だ。この精霊女王の精霊樹だけが実を実らせる。その実はクリスタルのりんごの様で精霊の卵と言われていて、成長したものが各地にある精霊樹だ。なので精霊女王の子供とも言える。残念ながら現在のエルフ族にその実を見る事ができる者はいない。『世界樹の愛し子』であるハルになら見えるのかも知れない。

 その精霊樹の枝葉は瘴気を浄化する。幹からは精霊が生まれる。根は精霊の卵を温める。精霊樹から精霊が生まれるんだ。また、世界各地にある精霊樹が瘴気を浄化する手助けをしていた。

 ハル達が浄化して回ったあの魔石も瘴気を浄化する為のものだった。

 それが、アンスティノス大公国にはなかった。その分、精霊樹に負担が掛かっていたのだろう。


「で、長老。どうすんだ?」

「皇帝の許可を得んとな。話はそれからだ」

「じーちゃん、いしょぐんら」

「ハル、分かっておるぞ。じーちゃんが今から聞いて来てやるからな」

「じーちゃん! ありがちょ!」


 ああ、もう長老の綺麗なお顔がデレデレだ。イケ爺の目がこれ以上垂れようがない位に垂れている。立派な口髭まで垂れている様に見えてしまう。長老にとって曾孫であるハルは可愛い。

 まさか、会えるとは思っていなかった。存在自体を知らなかった曾孫だから余計に可愛い。助ける事ができなかった娘によく似た曾孫だ。

 今は近寄る事が禁止になっている世界樹。その原因が世界樹の近くに突如としてできる『次元の裂け目』だ。

 長老の娘である、ランリア・エタンルフレ。2000年程前に、その『次元の裂け目』に吸い込まれて世界を渡った。婚約者であったハイヒューマンのマイオル・ラートスと共にだ。渡った先の世界で孫としてハルが生まれた。実の両親に虐げられ、地球の環境に合わず苦しい思いをじっと我慢していたハル。そのハルを想い、ランリアとマイオルは死後に創造神へ頼み込んだ。

 自分達が生きていた元の世界に連れて行ってやって欲しいと。そうしてハルはこの世界に転生したんだ。

 それを知っている長老、そしてリヒト達。この世界に来た事で3歳児のちびっ子になってしまっている事も気づいている。だが、そんな事は関係ない。

 長老だけでない。リヒト達も皆ハルが大事なんだ。可愛いが何をするのか分からないちびっ子のハル。可愛くて仕方がないんだ。

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