46話 普通のおじさん、心配おじさん。

「シガ様、ど、どうですかね?」


 青い空、白い肌、ククリが、恥ずかしそうに頬を赤らめていた。

 いつもと違って肌を露出している。


 その理由はただ一つ、水着姿だからだ。


 Nyamazonで購入した可愛いフリル付きのピンク。

 その横では、エヴァがワンピース水着のお揃いで、浮き輪を抱えていた。


「準備、おっけー」


 私は海パンだ。グレーで少しおしゃれだ。まあ、私なりにそう思っているだが。


 今この場所は、国を少し出た森の近くである。

 魔物を狩る為に出てきたのだが、あまりの暑さに予定を変更。


「よし、まずはラジオ体操だ」


 もちろん、柔軟も忘れずに。


「さて、じゃあ入水だ。暴れすぎると水がなくなるので、気を付けるんだぞ」

「はい! ――あ、気持ちいい」


 ククリが、プール・・・に足を入れる。


「どーんっ!」


 するとそれをあざ笑うかのように、エヴァがジャンプした。はじけた水が私とククリに降りかかり、思わず――笑ってしまう。


「まったく、水を出すのは疲れるんだぞ」

「えへへ、気持ちいー」


 バシャバシャと足をバタバタさせるが、あまり遠くはいけない。


 プールはプールでも、ビニールプールだからだ。


 森には悲しいことに川がなかった。

 街に戻ってもいいが、涼しくなった夜から魔物を狩りたい。

 今後も使うことを考えて購入したのだ。


 ファミリープールなので、結構な大きさだ。


 問題は水がなかったこと。


 そこは、私が不可能を可能にした。


『ウォーター!』

『シガ様、もっとです!』

『ウォーター! ウォーター!』

『シガ、もっと!』


 無から生成するのは、かなりの苦労があった。

 途中で空気中の水分を魔力で定着させるのを覚えたことで速度は加速したが、それがなければ私は干からびてたかもしれない。

 

「シガ、気持ちいいー」

「はは、そうだろう」


 深さはそれほどでもないが、エヴァにはちょうどいいみたいだ。

 ククリと私はゆっくりと浸かりながら楽しんでいるが、これもまた良い。


 時折、水魔法を変化させ、氷魔法で温度を上げないようにする。


『水魔法、レベルアップ!』


 脳内でアナウンスが流れる。

 プールでレベルが上がったのは、おそらく異世界で私が初ではないだろうか。


「凄いですねえ、こんな気持ちいいのがあるんですね」

「ああ、といってもそんな頻繁に使うことはないがな。大人になると使わないしな」

「どうしてですか?」


 ククリの純粋な疑問に、私も戸惑いを覚えた。


 ……やはり面倒だからだろうか。

 いや、新鮮さを忘れるからか?


 それとも電子機器、豊富な娯楽のせいだろうか。


 色々な要因がある気がするが、明確な答えが出ない。


 おそらく、大人になってもビニールプールは楽しいはずだ。


「……わからないな。でも、私は楽しいよ。こうしてククリとエヴァといるのが幸せだ」

「えへへ、私もで――」

「どどーんっ!」


 するとエヴァが、私たちに水をかけてきた。

 ククリのお顔にヒット、水もしたたるいいエルフ。


 一応、水をしたたるおじさんも。


「エヴァちゃん、やったなあ!?」

「わ、わわー」


 必死に逃げるエヴァだが、二秒で捕まえられる。

 うん、小さいもんね。


 まあでも、楽しそうで何よりだ。


 


「グゲェガァッ」

「こっちは終わりましたよ、シガ様」


 しかし夜になると、ククリのお顔には返り血がヒットしていた。

 対比としては凄まじく、慣れた自分もなんだかおそろしい。


 そして後ろでは――。


「やぁっ! ハアッ!」


 小さな短剣を振り回し、エヴァが自身の二倍はある蛇と戦っていた。

 私たちは見ているだけで、手は出さない。


 これは、エヴァから頼んだことだ。


 回復だけじゃなく、対等に見てほしいとのことだった。

 

 今の所、戦闘面は私とククリで問題ないので、急いで必要かと言われればそうではない。


 むしろ危険な面は増えるだろう。


 だが以前誘拐されたときのことを思い出すと、エヴァ自身が強くなることには賛成だった。

 この先、同じようなことがないとも言い切れない。


 だからこそ、私たちは見守っていた。

 腕から血を流し、汗を欠き、危険を顧みず戦うエヴァを。


「…………」


 私が思っていることは、ククリも同じだろう。

 不安なのだ。


 だが過保護は良くない。

 この世界は平和じゃない。魔物でまみれている異世界だ。

 いつなんどき襲われるのかもわからない。


 そして私たちの心配をよそに、エヴァは蛇にとどめを刺す。


 こちらに振り返り、返り血をぬぐってピース。


「えへへ、やったよ」

「エヴァちゃんっ」


 そして我慢が限界を超えたのか、ククリがエヴァに駆け寄る。

 抱きしめると、ぎゅっと言葉を押し殺していた。


 怪我はない? と言いかけたのだろう。

 だが今その言葉適切じゃない。


 怪我をしていたのならエヴァ自身が申告し、自分で治すのだ。


 それが、対等だということなのだから。


 ここで私がエヴァに言うことは、何も気にしていないかのように応えることだ――。


「エヴァ、よ、よ、よ、よ、よ、よくやった」

「シガ、震えてる」



 でもやっぱり、おじさん、心配ッ!


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