44話 普通のおじさん、反省する。

 冒険者となって日は浅いが、それでもわかったことがある。


 依頼者はその国の人たちなので、地域によって特色があるということだ。


 例えば森が多い場所なら薬草収集があるし、商人が盛んな国なら護衛任務が多い。


 当たり前といえばそうなのだが。


 この国、ストラウスは水の国で、国民のほとんどが釣りが好きだ。

 当然、飲食でも魚関係が多くなる。


 近場は問題ないが、遠くに釣りへ行こうとすると魔物が現れることがあるらしい。

 デスフィッシュみたいなのは相当レアなケースらしいが、弱い魔物はたびたび現れる。


 冒険者登録には、それぞれの得意なものを記載する欄がある。

 私とククリはアタッカー、そしてエヴァはヒーラーだ。


 そこまで強く関係はしないのだが、私たちように特にこれがしたい! という希望がない場合、受付人からオススメしてくれるのだ。

 

 そして私たちはその中の一つ、護衛任務を請け負うことになった。


 のだが――。


「……ありがとう、ククリ、エヴァ。短い間だったが、楽しかったぞ……」

「シガ様、そんな……いかないでください!」

「シガ……」


 次の瞬間、私の身体が大きく揺れた。

 いや正しくは――船体が揺れていた。


「おいおい、そんなに酔って護衛が務まるのか……? デスフィッシュ倒したってのは本当か?」


 船員の人にそういわれて、私は返す言葉がなかった。


 私はバカだ。バカおじさんだ。

 以前、船酔いで死にかけたのをすっかり忘れていた。


 いや、そもそも護衛任務でまさか船だとは思わなかった。

 確認不足おじさんかもしれない。


 エヴァの回復魔法は三半規管には効かないらしい。

 

 船酔い耐性をゲットしたはずだが、レベルが1と記載されている。


 しかし今は凄まじいほど揺れている。

 先ほどレベル2になったおかげで少しだけマシになった。


 つまり、頑張りどきである。


「すみません。しかし大丈夫です。魔物が現れた場合、口から何がでようとも戦いますので」

「……無理すんなよ」


 護衛をする私が、護衛される船員に気遣われているのはプロ失格だ。

 以後気を付けようと思う。


「つっても魔物なんて出ることはほとんどないんだけどな。これがまた不思議で、頼んだら出ないんだよ。よくあるだろ? そういうの」


 たしかによくある。傘を持って出かけたら雨が降らないが、いらないだろうと思った時は土砂降りになるアレだ。

 なんだろうな、アレは。


「わかります。しかし綺麗な海ですね。このあたりもストラウスの海域なんですか?」

「ああそうだ。この国は魚で成り立ってるからな。遠くへいけばライバルは少ない。空振りすればその分護衛料で赤が出るが、ギャンブルみたいなもんだな」

「そうですか。ならいい魚が釣れるといいですね」

「はっ、あんがとよ」

 

 結構なおじさんだが、ガタイがいい。名前はレンガと言っていた。

 ちゃんと頭にタオルを巻いているところが、魚人うみんちゅっぽくて好きだ。


「ねえ見て、凄い魚がいっぱい」

「本当だね、エヴァちゃん、落ちないように」


 ククリとエヴァが楽しそうにしているのはありがたい。


 エヴァの初任務、更に子供の見た目なので、まずはお試しで私だけの依頼料しか頂いていない。

 二人は見学、となっているが、エルフは魔法が使えるというのは周知の事実。


 ある意味ではお得だとは思ってくれているだろう。


 船はそれほど大きくないが、仕組みが面白かった。

 側面部に魔法の術式が書かれており、魔力と風で動くらしい。


 ということは、このレンガさんも魔力が高いのだろう。

 

 戦うことはできなくとも、魔力は全員の体内にある。

 魔法を扱えるかどうかは技術によるが。


「よし、仕事開始だ。とりあえずシガさんたちは適当にしててくれ。まあでも、マジやばいときは頼むぜ?」

「もちろんです。私も、彼女たちもこうみえても強い、信用してもらって大丈夫です」

「はっ、わかったぜ」


 レンガのほかに船員が数十名、全員が忙しくしている。

 釣りではなく、餌を仕掛けて網で取っているらしい。

 その様子はとても面白かった。


 面白いように魚が船の真ん中の桶のような場所に回収されていく。


 魔法の術式が光っているところをみると、魔法罠みたいなものがあるのだろうか。


 このあたりは異世界っぽくていいな。釣りえモンがきたら、飛び跳ねて喜ぶだろう。


 作業は結構大変らしく、私とククリ、エヴァは怠惰を貪るわけではなく、周囲に目を光らせていた。

 戦闘は先手が何よりも大事だ。


 それは、よくわかっている。


「よし、これで終わりだ」


 するとレンガさんが最後の網を回収し終えたとき、遠くに船が見えた。

 それはこちらに猛スピードで向かってきている。


「レンガさん、あれは?」

「……嘘だろ」


 その様子から、ただ事ではないとわかった。

 この海域は国の外だ。それもこのあたりは結構遠い場所にある。


 護衛任務の内容には、魔物退治はもちろん、ありとあらゆる危険・・から依頼者を守ることと書かれていた。


「全速力で逃げるぞ!」

「レンガさん、無理です! 回収し終えた瞬間なので、どれだけ急いでも五分はかかります!」

「クソ!」

「盗賊の類ですか?」


 そして私は、レンガさんに尋ねる。


「それよりも質が悪い。あいつらは金品だけじゃなく、船も魚も奪いやがる密猟者みたいな奴らだ。ここ最近は出なかったので油断してた。シガさん、あいつらはヤバイ。魔法だって使える上に、人殺しだってする」

「なるほど」


 兵士の基本は陸だ。それはこのストラウスでも変わらないだろう。

 海での戦いなんてほとんどない。それをわかっているからこそ、ここで戦っているのか。


 たしかに知恵が回りそうな連中だ。


 だが――。


「大丈夫ですよ。船内にいてもらえますか? ククリ、乗り込むぞ・・・・・。エヴァ、怪我人が出た場合に備えて離れていてくれ」

「わかった」

「わかりました。いつでもやれます」


 そして私とククリは、船首に立っていた。不思議と揺れは気持ち悪くない。



「お、おい本当に大丈夫かよ!?」

「だいじょうぶ。シガとクーちゃんは、強いから」

「強いっていっても、相手は一人や二人じゃねえんだぞ!?」

「千人いる?」

「は?」

「そのくらいいないと勝てない」


 後ろで二人何かを話しているが、今は気にしないでおこう。


 そして船は猛スピードでやって来るが、船が欲しいのなら突撃まではしてこないだろう。

 

 そこを――叩く。


 船は、手前で速度を緩めた――。


「行くぞ」

「――はい」


 そして私とククリは、文字通り飛んだ。

 揺れに合わせて飛ぶことで、距離を稼いだのだ。


 予想より飛びすぎてしまって私は船の後ろ側、ククリは船の頭側に着地した。

 少し離れてしまったが問題ない。想定の範囲内だ。


 船員は二十名ほどだろうか。全員が屈強な男たちで、日に焼けているのか褐色肌だ。


「な、なんだてめえら!?」

「冒険者だ。一つ聞くが、助けを求めているわけではないな?」

「何いってんだこいつ? 八つ裂きにしろ!」


 男たちは、殺気を出して剣を構える。


「そうか、わかった」


 私が覚悟を決めた瞬間、船首から男たちの悲鳴が聞こえた。

 それに驚いたのか、目の前の男たちが視線を背ける。


 ――愚かな。


 命を懸けた戦闘は、もう始まっているというのに。


 ――――

 ――

 ―


「……ど、どうなった?」

「終わりましたよ。相手方の船はどうしますか?」


 全てが終わってレンガさんたちの船に戻る。

 レンガさんは驚いて声をあげた。


 ああ、私の返り血を見てしまったからか。


「あ、あんた怪我が!?」

「ああ、私のではないです」

「シガ様、動けない奴らのとどめはさしますか?」

「いや、全員はダメだ。あの船を見る限りでは結構大きな組織だろう。連れて帰って色々と吐かせる。といっても、それは兵士たちの仕事だが」

「わかりました」


 そしてエヴァは、船内で慌てすぎて足を怪我した船員の捻挫を治していた。


「えへへ、わたしもがんばってるよ! ぶいっ!」

「いい子だ、エヴァ」


 するとレンガさんが、脚を震わせながら立ち上がる。


「や、やるじゃねえか! いや、やりすぎだけどよ……」

「殺す気の相手には殺す気でやるのが礼儀なので」

「……はっ、まあそれもそうか……。しっかし、マジでびびったぜ……。後で護衛金に、色つけとくな」

「助かります。――ククリ、よくやった」

「えへへ、鮭おにぎりですか?」

「ああ、ご褒美だな」

「やったあ!」


 それから船を操作してもらい、私たちはストラウスに帰港した。

 後の調べによると結構な組織らしく、ほど近い島を根城していることもわかった。


 後日兵士たちが殲滅に向かうとのことだ。


 私たちはレンガさんの色をつけてもらったお金、そして賞金首の一人が混じっていたらしく、その報酬を頂いた。

 だがもし私が船酔いしている時に襲われたらこんなにあっさりだったとはわからない。


 私にも反省点は多い。今後の課題だ。


 だが私たちはいいチームだ。エヴァがいれば、極論、肉を切らせて骨を断つ戦いができる。

 相手からすればそんなのわかるわけがない。きっと相当恐ろしいだろう。


 その夜、宿で――。


「シガ様、鮭おにぎりチョコレート美味しいです!」

「そうかそうか」

「あ、捕まえた! ポテチぽりぽり」

「おお、良かったなエヴァ」


 楽しそう、凄く楽しそうな二人。


 甘やかしすぎか? いや、どうなんだ?


 と、永遠に悩む私であった。


「ま、いいか」

「エヴァちゃん、このゲーム、二人でできるのかな? シガ様これって――」

「できるが……ダメだ」

「え、どうしてですか!?」

「対戦は、友情関係を壊すことがある」

「は、はあ……?」


 ただし、境界線はキッチリと。

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