36話 普通のおじさん、激怒する。
「ククリ、鮭おにぎりを食べようか」
「……大丈夫です。節約もしないといけないですし」
エヴァと別れて数日が経過した。
私たちはまだヴェレニ国に滞在している。
冒険者の依頼を受けて日銭を稼ぎ、次の国までのお金を稼いでいるのだ。
ロベルトさんに貴族を紹介してもらい、ここでも同じくシャンプーリンスを販売することが決まった。
しかしあの日を境にククリの元気がない。
いつも笑顔は絶やさないが、同じエルフの仲間であるエヴァと別れたのがとても悲しいのだろう。
もし私と同じ異世界人がいて離れることになったらと想像したら、その悲しみは計り知れない。
「大丈夫か?」
「すみません、わかっています。シガ様を困らせていることを……でも、そろそろ切り替えないといけませんよね。よし! 明日から頑張ります!」
「すまないな、無理をさせてしまって」
「いえ! こちらこそすみません。それじゃあ、もう寝ましょうか。お腹も空いてないので、私は朝にご飯を食べます」
「そうか、私もそんなに空いていない。今日は寝て、明日の朝は早くに魔物を狩りにいこう」
「はい! おやすみなさい、シガ様」
「ああ、おやすみ」
ロベルトさんの屋敷から少し離れた宿の個室。
別々のベッドで横になり、ククリはシーツを被った。
……私も寂しい。だが、仕方ないことだ。
そう言い聞かせながら、眠りについた。
――――
――
―
「やべえことになってんぞ!」
「おい、もしかしてあそこ」
「こりゃやべえな」
……なんだか騒がしいな。
外から声が聞こえる。
どうやらククリも起きたらしい。
「外ですか?」
「ああ」
窓を開けると、遠くに火柱が立っていた。
火事だろうか。
いや……あの位置は。
「ククリ、嫌な予感がする。急ぐぞ」
「……! わかりました」
どうやらククリも気づいたらしい。
私たちは装備を身に着け、すぐに
近づくにつれて、予感は確信に変わっていた。
そんな、なぜだ。
なぜ――。
「あああああ……どうして」
ククリが声を漏らす。
ロベルトさんの屋敷が燃え盛っていた。
訳が分からない。なぜこんなことに。
だが幸い、私はエヴァと一緒にいたのので、魔力が何となくわかる。
――中にはいない。
その時、ロベルトさんが運び出されていく。
私とククリは急いで駆け寄ると、ロベルトさんはゆっくりと身体を起こした。
私の胸ぐらをつかみ、そして――。
「エヴァが連れ去られた……どこからか情報が洩れていたらしい」
「何と……誰にですか!?」
「わからない……大勢の男たちだった。十人くらいか、かなりの手練れだ。私を殺そうとしたが、たまたま訪れた兵士たちが守ってくれた。だが……彼らは……」
隣で同じように運び出されていく兵士は、全員が死んでいるとわかるほど
なんてことを……。
いや……今はそれよりもエヴァだ。
まだ遠く離れてはいないはず。
「エヴァを……」
「ククリ、考えてくれ。君ならどこへ逃げる」
「……北です。城から一番離れているので、兵士が手薄になる可能性は高い。更に門兵も南や東と西と違って少なかったはずです」
「わかった。ロベルトさん、私たちが必ず。――行くぞ、ククリ」
「はい!」
……許さない。
誰がどんな理由であろうとも、私は絶対に許さない。
エヴァ、必ず助け出す。
待っていてくれ――。
▽
「な、何だお前たち!?」
「さあてね。ギリ、殺れ」
「――ういっス」
背後から忍び寄ったギリと呼ばれた若い男が、兵士の首をかっ切った。
リーダー格と思われる顔に傷がある男は、エヴァを抱えている。
「んぐんぐ――」
「暴れるなっての。知ってるんだぜ? 手荒な真似をしてもいいってことをな。回復の嬢ちゃん」
「てか、どうするんスか? 国から逃げるのはいいんスけど、どこから人質交渉するんスか?」
「ここから少し離れた場所に小さな街がある。そこから魔法鳥を使って手紙を送ればいい。飯も美味いし、どうせならのんびりやろうや」
「ふゅ~! さすがビストンさん! 最高じゃないッスか!」
「ギア、お前はいつも喜ぶのが早い。――おい、お前たち。俺たちは先に行く。兵士が追ってこないように後から来い」
「「「「「了解」」」」」
二人の男がエヴァを抱えて北門を抜けた数十分後、シガとククリが――辿り着く。
残った男たちは冒険者の恰好をしているが、手を前に出し二人を止めた。
「今この門は閉鎖中だ」
「……兵士ですか?」
「火事で呼び出されたので私服だ。非番で担当しているだけだから気にするなら。急ぐなら東門を使え」
「ククリ、どうだ?」
「彼らはこの国の兵士ではありません。ヴェレニは非番でも肩に紋章がある服を着る義務があります。誰一人として付けていないのはありえないでしょう」
「そうか」
シガとククリが剣を構えると男たちは顔を見合わせた。
溢れ出る魔力から、只者ではないとわかる。
「私は怒っている。だから答えろ、エヴァをどこへやった?」
男たちは一言も発することなく、静かに答えが一致した。
この男を、門から出していけない――と。
それぞれ剣を構えると、シガとククリを囲みはじめる。
だがシガは、ある意味で安堵した。
「――当たりか。悪いが、手加減はしない。後で後悔するなよ」
次の瞬間、シガは男たちの目で追い切れない速度で動いた。
この技は、ビービーの時に習得したものである。
足裏に漲らせた魔力を滑らせて、高速で移動する。
「な――」「がっ――」「なんだこ――」
シガは言葉通り一切手加減せず、頸動脈を切り裂いていく。
悲鳴をあげるもの、声を震わせて首を抑える者、逃げ出そうとするものも容赦なく。
もちろん、ククリも戦った。シガが動きやすいように、相手を追いつめながら移動していた。
一人だけ残した後、静かに剣の切っ先を向けた。
「エヴァはどこだ? 答えなければ殺す」
「あ、あ、あっちだ」
そして男は――静かに北門の外を指を差した。
それが、最後の言葉となるとも知らず。
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