35話 普通のおじさん、お別れのとき

 オストラバ王国には絶対的な掟がある。

 それは、第一子、長男のみに全ての権力を授けること。


 王位継承の争いを避ける為、特別な魔術によって出生調節を可能したオストラバは、長い歴史の中でも男子しか誕生しておらず、また第二子の誕生もありえない。


 ――だった。


「なんと……」


 一度、たった一度だけ、魔術に綻びが出来る。

 理由は不明、だが、それは起こってしまった。


「双子……か」


 一卵性双生児、言葉自体はこの世界に存在しないが、認知はされている。


 だがオストラバの掟は絶対だった。


 どちらか一人を長男とし、存在を消すことがすぐに決定した。


 問題は、どちらを選ぶのか。


「――私が、この国を出ます」


 結果としてロベルトが10歳で国を出ることになった。

 だがその姓は、後から名乗ったものである。

 当時は二人とも、ミハエルだったからだ。


 ロベルトの存在は秘密裏に処理され、何事もなかったかのようにミハエルは王のまま君臨した。

 

 二人は生き別れの兄弟となり、二度と会うことは許されない。


 だが――そんなクソみたいな掟は、二人にとって何の意味もなかった。


 とはいえ、国民に罪はない。


 絶対的権力の治安の良さはオストラバの歴史が証明していたので、二人に異論はなかった。

 しかしそれでも納得はできない。

 二人は誰にもバレないように連絡を取り、隠れて酒を酌み交わしたりしていた。


 時には入れ替わったりしつつ、近況を報告し合った。


 この国、ヴェレニが栄えたのはひとえにミハエル王のおかげである。


 オストラバとは表向きも友好関係にはあるが、戦争支援などはしないと条約を結んでいる。

 そんなぎりぎりの関係を保ちつつ、裏で支え続けた。


 二人が差別のない国を作ろうとするのは至極当然だった。


 国王の選定は、二人に見初められた優秀な男だった。

 オストラバの騎士の家系で生まれ、彼は王になるべく国を出た。


 もちろん、ミハエルとロベルトのことを唯一知っている男でもある。


 品行方正、由緒正しき血筋に生まれた王は、今もなおこの秘密を誰にも話したことはない。


 しかしなぜミハエルがエヴァを引き取り、そしてエヴァを安全な場所に移動させたのか。


 それは、ミハエル・ロベルトの両名がエヴァの父親と母親と友好関係にあったからである。


 遠方の二人が秘密裏に会うのには、それこそ大変な気苦労があった。

 魔物はもちろん、追い剝ぎのが類はどこでも聞く。

 その時に護衛任務として頼んでいたのが、エヴァの両親なのだ。


 紆余曲折経て秘密を共有した彼ら四人の絆は深く、エヴァを助けることは当然だった。

 だが表立って護衛任務を頼むことはできない。


 その為、オストラバの国民ではないシガに任務を依頼した。


 ただし二人にとって、シガが信用できるのかはわからない。

 その為、ミハエルは隠れてシガを試していた。


 嘘はついていないか、安全か、魔力は善か。


 その全てをクリアしていたことを、シガは知らなかった。

 また、行き先々での噂もすべて耳にいれていた。


 そしてロベルトはシガと出会い、ククリとの関係性を知った上ですべてを話すと決めた。


 これは危険な行為だが、ミハエル、ロベルトにとってシガは不思議な魅力があった。

 異世界転生者が持つボーナススキルか、それとも生来の人格のおかげか。


 こればかりは、誰にもわからない――。


「そうなんですか……」


 全てを知ったシガは、居間のソファに座って、エヴァを見つめていた。

 自身は、大変な任務を受けていたのだ。


 だが、無事に終えた。


「ありがとう、シガ、ククリ。ミハエルに代わって礼を言う。エヴァは、私がこの国で安全に暮らせるように全力を尽くす」


 シガ、ククリは、ミハエルとロベルトの顔が全く瓜二つ、更に雰囲気、声も同じだということで疑う余地がなかった。

 実質、ロベルトはミハエルと成り代わっていた期間がある。


 つまり、二人が王であるのと変わらない。


 これ以上に信頼できる相手はいない。更にこの国の現状を見ても、エヴァは間違いなく幸せになれると、シガは考えた。


 だが――、寂しさはあった。


「……エヴァ、私たちはここでお別れた」

「……うん」


 エヴァは賢い。そして物分かりがいい。

 シガとククリは強く、そして善に溢れている。


 村で何者かに襲われた時も、自分は足手まといだとわかっていた。


 それ故に――心を押し殺していた。


「エヴァちゃん、今まで楽しかったよ。ありがとうね」

「うん……」


 ロベルトは気付いていた。

 オストラバからここまでの道中で、三人が仲良くなったのだろうと。


 だが、安全が第一。ここだけは、譲れない。


「礼については存分にさせてもらう。この家、驚いただろう? 結構儲かってるんだ、これでも」

「確かに凄いです。まるで博物館だ」

「はくぶつかん?」

「ああ、私の国でめずらしいものが多いことを指すんです」

「はは、ありがとう」


 帰り際、エヴァは、ロベルトと手を繋ぎ、ククリとシガを見送った。


 悲しくて苦しくて、それでも、仕方がないと言い聞かせた。


「エヴァ、すまないな。苦しかったのだろう」

「……そんなことないよ」


 父親と母親がいなくなり、更には大切な二人まで離れていく。


 これほどショックなことはない。だが――わがままはいえない。


「ねえ、わたしもいつか冒険者になれる? 二人みたいに、強くなれるかな?」

「ああ、何にだってなれる。それは、私が証明しているからね」


 エヴァは誓った。あの二人のように強くなって、再び出会いたいと。


 辛く悲しい感情を押し殺し、エヴァは静かに思いを内に秘めた。


「まずは部屋を案内しよう。今日からここが家だ。ゆっくりしてほしい。いつかミハエル王も来るだろう。それに、おやつもいっぱいあるぞ」

「うん、ありがとう」


 こうしてシガ、ククリによるエヴァの護衛任務は無事に完了した。


 それぞれの想いを胸に――。



 同時刻、この国に向かっている集団がいた。

 全員が冒険者の恰好をしているが、雰囲気は違った。


 その一人、頬に傷のある男が、エヴァの魔法写真を眺めて、再びポケットに入れた。


「ったく、こんなところまで逃げやがって」

「まァいいんじゃないっすかー? たんまりと金ももらえるんですし。誘拐して引き渡すだけの楽な仕事じゃないっすかー」

「バカが、このガキは回復魔法が使えるんだぞ。捕まえてからが本番だ」

「もしかして金額交渉っすか?」

「ああ、それにこいつなら、俺らが手足を千切って自分で回復するんじゃねえのか?」

「ははっ、いいっすね。めちゃくちゃ便利な人質じゃないっすか!」

「まあでも油断はするなよ。情報によると、手練れの男とエルフの女が付いてるらしいからな」

「ふーん、ま、でも、余裕っしょ」


 



 


 

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