34話 普通のおじさん、目を疑う。

 私は道中、大勢の人に、ヴェレニ国の事を訊ねていた。

 もちろんミハエル王からも聞いて知っているが、行ってみる全然違った、なんてことはよくある話だ。


 ただ口を揃えて誰もが言うのは、やはり多様な人種が住んでいるということ。


 私が今まで訪れた国は、人間が多かった。


 類は友を呼ぶ、言葉は適切ではないだろうが、寛容な人たちが多いのならば移民したい気持ちも出てくるだろう。


 ククリも好機の目に晒されることはストレスを感じていた。

 その恐怖は計り知れないし、危険だってある。


 だが私は元の世界で知っていることがある。


 多くの人種が一つに住むことは容易い事ではないということを。


 風土や風習、習慣、食の好み、それらを全て統一している、なんてありえないだろう。

 そのバランスを取るだけのナニカがあるはずだ。


 異世界のアニメで気にしたことはない。

 ただ楽しんで見ていただけだ。


 しかし実際は楽観的になんてなれない。


 私には、ククリとエヴァという守りたい人がいる。


 もし彼女たちに危険が及ぶのなら、私は約束を反故してでも安全を確保するつもりでいた。


 だが――。


「よお、観光かい? それとも、移民?」

 

 私たちは、ついにヴェレニ国に辿り着いた。


 目の前にいる門兵は、獣人のお姉さんだ。

 その隣の兵士は人間、その横にはドワーフ、そして更にまた隣には、蜥蜴のような顔をした男性、だろうか。


「聞いてるかい? あー、どうしよ。もしかして人語がわかんねーか?」

「あ、いやすまない。驚いていた。……そうだな観光だ」

「はいよ、エルフと……なんか変わった耳のエルフだな。で、アンタは人間でいいか?」

「ああ、そうだ」


 ククリとエヴァは手を繋いでいる。

 初めて訪れた国にも様々な人種はいたが、兵士ではいなかった。


 それに人間は人間、獣人は獣人と歩いたりしていたが、この国は違う。


「そういえばアレ買った?」

「や、前の国に忘れちゃったかも……」


 今、私たちの横で話しているのは、なんと獣人と人間の夫婦らしい。

 抱き抱えている赤ん坊は、おそらく混血。


 ……これが、ヴェレニ。


「あいよ、えーと――え? ロベルトさんの知り合いなのかい?」


 私はミハエル王から頂いた一筆を見せた。

 冒険登録票でも滞在はできるが、このほうがスムーズだと言われたからだ。


「そうですね。友人の紹介で」

「ふうん――じゃあ、入んな。ロベルトさんの家は大時計塔の奥にある。ま、見たらすぐわかるよ」

「わかりました。ご丁寧にありがとうございます」


 見たらすぐわかる、という言葉に違和感を覚えつつ入国する。


「シガ様、驚きましたね」

「ああ、ククリもそう思うか」

「はい、あの人の胸……凄いおっきかったです。私なんか全然……」


 そこ!? と思わず突っ込みそうになった。

 おじさんにノリツッコミをさせようとするとは、やるなククリ。


 だがここは冷静おじさんでいこう。レイオジ。


「それも驚いたが、私が言いたいのは人種のほうだ。ミハエル王の言う通り、ここならエヴァは安心だろう」

「そうですね、私もびっくりしました。ついさっきエルフを見かけたんですが、堂々と耳をピンを伸ばして……ここなら私も人目を気にせず過ごせるのかな」


 ククリは通る人全員に視線を向けていた。

 私以上に驚きがあるのだろう。

 だが逆に、少し悲しい気持ちにもなった。

 私にも言っていない辛さがあったのだろうと。


「いつかゆっくり腰を下ろしたいと考えているが、この国は第一候補だな。ククリと一緒に安心できる場所が一番だ」

「え? それって……。シガ様、それって私と一緒に住むってことですか?」


 ククリにそう言われて、身体が固まってしまう。

 そうか、確かにククリとは旅は一緒だが、住むのは変だな。


「や、すまない。合いの手でなんだか変なことを――」

「そんなことないです! 嬉しいです!」


 突然立ち止まって、叫ぶようにククリが言った。

 耳が伸び、少し赤くなっている。


 声が少し大きかったことで周りが注目している。

 エヴァも、どうしたの? と上目遣いで訊ねてきた。


 それにようやく気付いたククリは、今度は逆に肩を落とし恥ずかしそうに小さくなっていく。


「す、すみません……。でも、私は嬉しいですよ。そう思ってくださっていることが」

「……そうか、ありがとう」


 ククリもそう思ってくれていることが、嬉しかった。



 少し見慣れた雰囲気の街を歩き続けると、視界の先に大時計を見つけた。


 いや……大時計すぎるが。


 近づくとその大きさに驚いた。

 まるで小さなマンションのようだ。


「あいつおせええな……」

「ねえ、あの子可愛くない?」

「いいじゃん、いこうよー」

 

 どうやらここは待ち合わせスポットらしく、なんだか懐かしい会話も繰り広げられている。

 噴水の銅像が竜なのは異世界感があって良い。


 観光スポットの一つなのか家族連れがそれを見て喜んでいる。


 私もゆっくり見てみたいが、今はのんびりしている暇はない。


 門兵の言葉を思い出しながらまっすぐ進むと、『ま、見たらすぐわかるよ』の言葉がよくわかった。


「凄いな。いや、ここへ来てからそれしかいってないが……」

「ええ、なんですかねこれ……七色?」

「きれいー」


 そこには大きなお屋敷があった。

 凄く派手だ。ククリの言う通り、多くの色が使われている。

 私のようなおじさんは、ぐわしっの家を思い出すが、おそらく知らない人のが多いだろう。


 街の人々の様子から特に物珍しい感じはない。

 溶け込んでいる家ではないが、有名なのだろうか。


「さて、行こうか」

「うんっ」


 そのとき、私はふと気づく。

 いや……考えないようにしていたのかもしれない。


 エヴァとは短い期間だが、船に乗ったり、耳をつけたり、キャンプをしたり、色々なことを共に経験した。


 いざ別れが近づくと……寂しい。


 ククリとエヴァも姉妹のように仲良くなっていた。

 お互いに辛いのだろう。


 二人は、ぎゅっと手を握り合っていた。


 だがこれは仕事だ。遊びではない。


 それも、王から直接依頼された任務だ。

 

 冒険者はプロである。

 ならば、確実に遂行しよう。


 そして私は、扉の前に立つ。


 やはり色が多く使われている。


 しかしここで、違和感に気付く。


「取っ手がない……いや、呼び鈴もないぞ」


 コンコンと叩いて呼ぶのだろうか、どうしようと思っていた矢先、上部から声が聞こえる。

 そこには、金色の鳥が設置されていた。機械、だろうか。


「誰だ?」

「私の名前はシガ、彼女はククリとエヴァです。ミハエル・リストラル王から依頼され、彼女を連れてきました。ロベルトさんのご自宅でしょうか」

「……入りなさい」


 既に話は通っているらいし。

 ミハエル王は、私たちに最低限の情報しかくれなかった。


 追手に捕まってしまった場合、知らないほうがいいだろうと不安からだ。


 中に入ると、そこは機械仕掛けおもちゃ屋さんだった。

 至る所からゼンマイの音、ボールが落ちたり飛んだり、煌びやかな色と、機械の鳥が飛んでいる。


 童心の心が湧き出てくるようだ。見ていて飽きない。


「凄いですね、面白い……」


 ククリも同じく、天井を見上げながら声を漏らす。

 エヴァも目を輝かせていた。


 私はロベルトさんと会ったこともないが信用できるかもしれない、なぜかそう感じた。

 そのとき、階段から足音が聞こえた。

 どうやら誰かが下りてくる。


「話は聞いている。ご苦労だったな」


 間違いなくロベルトさんだろう、と思っていたが、その姿を見て驚いた。

 いやククリも、エヴァもだ。


 私たちは、同じように目を見開いている。


 なぜなら、私たちの知っている人だからだ。


「……なぜここに……いや、あなたがロベルトさんなのか」

「驚いただろう」


 落ち着いた声、切れ長の目、彫の深い顔立ちだが、どこか農作業しているおじさんのように思える。


 彼は、ミハエル・リストラルとまったく同じ顔だった。

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