33話 普通のおじさん、禁断症状に怯える。

「じゃあなオッサン!」


 街を出る出ようとしたとき、ビービーと門で出会った。

 彼は私に負けたことをきっかけに武者修行に出るという。


 自分がいかに井の中のゴブリンが思い知らされたぜ! と言っていたが、多分彼は凄く強いのでここにいても良かった気がする。


 とはいえ勝者が敗者に掛ける言葉はない。


 彼がもっと強くなるだろう。

 もしかして私は、モンスターを生み出してしまった……のか?


「シガ様、なんだか物思いにふけってませんか?」

「わたし知ってる。これ、自分の世界に入っているときの顔だ」


 ああ、私はなぜこうも強いおじさんになってしまったのか。


 ああ、なぜだ、神よ、なぜ。


「エヴァちゃん、とりあえず先にいこっか」

「はーい!」


 そんなことをしていると二人に置いていかれそうになった。

 いかんいかん、ここからはしっかりせねば。


「随分と暖かくなってきたな」

「そうですね、このくらいならジャケットなしでもいけますね」


 ククリの口から現代の言葉が出るとなぜかビクっとする。

 このままいけば数年後には……。


『シガっち、とりまスタバでも飲みません?』


 とか言ってるかもしれない。

 私はZ世代を知らない。


 大丈夫だろうか。


「エヴァちゃん、またモードに入ったみたいだから行こっか」

「はーい!」


 ▽


 お祭りはまだ続いていたので、馬車は当分動かないとのことだった。

 黄金の耳のおかげで豪遊することも可能だったが、怠惰になってしまうので自制した。


 良かったのは、食料を大量に頂けたことだ。


 それを空間魔法に収納していると、途中でレベルアップした。

 

 何と驚いたことに、保温機能、時間停止機能が付いたのだ。

 つまりこれで、物が腐る心配がない。


 これは使える、いや使えすぎる。


 だが問題もある。


 それはククリだ。


 いや、エヴァもか。


「はあはあ……」

「はあはあ……」


 彼女たちは今、疲れているわけではない。


 ”禁断症状”に悩まされているのだ。


「シガ様、そろそろ鮭おにぎりを……」

「チョコレート、食べたい……」


 異世界の食事はハッキリ言えば美味しくない。

 いや、もちろん美味しいのはあるだろうが、少なくとも私は今まで感動したことがない。


 ミルの家で頂いたのは美味しかったが、酒場で出てくるのは堅いパンと薄いスープばかりなのだ。


 だが私たちは今、節約をしている。


 これから何があるかわからない。なので我慢をしてもらっている。


「ククリ、エヴァ、すまないな。もう少しだけ我慢しよう」

「……わかりました」

「シガ、わたしの魔法で回復しまくりぼろ儲け作戦はどう?」

「どこからそんな単語を覚えたんだ……」


 ついにはエヴァも我慢ができず邪なことを考えるようになった。

 ククリは食事の時間になると私を見つめ、耳をピンピンさせ、パンを取り出すと耳を垂れながら泣きそうな顔をする。


 だが二人ともそんなに口には出さない。


 私に気を遣っているのだろう。初めに言ったきりで、我慢している。


 しかし――。


「うぅ……鮭おにぎり……ああ……」

「…………」


 最近、テント内で寝ていると、ククリが寝言を言うようになった。

 それもなぜか襲われているようなうめき声だ。


 もちろん――。


「チョコ……あぁ……レェト……」


 呼応するようにエヴァもだ。


 私は申し訳なくなった。

 二人のことを考えて節約しているが、果たしてそうだろうか?


 人間、いやエルフにもストレスはあるだろう。


 心身は大事だ。肉体的な疲れよりもむしろダメージは大きいかもしれない。


 そして私はついに財布の紐を緩めることを決意した。


「ククリ、エヴァ。我慢してくれてありがとう。今日は――パーティをするぞ!」

「パーティ?」

「ああ、鮭おにぎりの解禁だ。それにチョコレートもだ、エヴァ!」


 パチパチパチパチ、拍手喝采、と、思っていたが。


 全然嬉しそうじゃない。

 どういうことだ、なぜだ!?


 もう私のことを見限ってしまったのか!?


 いらないおじさん、なのか!?


「大丈夫ですよ、シガ様」

「うん、大丈夫」


 すると二人は達観しているような顔だ。

 まるで菩薩、顔を見合わせてほがらかな笑顔を浮かべていた。


「決めたんです。シガ様に迷惑をかけないようにって、だから気にしないでください」

「そう、決めた。だから、無理しないで」

「そうか……でも、食べたいのだろう?」


 ククリは首をゆっくりと振る。

 大丈夫です、と笑顔で答えた。


「……わかった。ありがとうな、二人とも」


 ああ、私はやはりいい相棒を持った。


 ククリとエヴァと二人でずっと冒険がしたい。


 そんな気持ちを抱いた。


 その……翌朝。


「……ん、ククリとエヴァはどこだ? ――まさか!?」


 テントで目を覚ますと、二人がいなかった。

 嫌な予感が頭を過る。


 周りに魔物はいなかった。確認は何度もしたが、確実ではない。


 一体どこに――。


「シガ様、起こしてしまいましたか?」

「あれ……ククリ?」


 テントのチャック開けたのはククリだった。

 そしてその顔は血に染まっていた。続けてひょこっりとを出したのはエヴァだ。

 同じく、なんだか赤い血がついている


「何をして……どうした、その顔は!?」

「自給自足ですよ、シガ様」

「……はい?」


 外に出ると、そこには鹿の様な魔物が大勢横たわっていた。

 1、2、3、4、5……体!?


「どうしたのだこれは?」

「……我慢ができなくて」


 ククリは血に染まった剣を右手に持ったまま、頬の血を拭った。

 その隣では、エヴァもニヤニヤと笑っている。


「……もしかして」

「はい、気づけば体が動いてました。鮭おにぎりがほしくてほしくて」


 聞けば二人とも、我慢できずに獣を狩りに行くところで意識が戻ったらしい。

 ナニカ突き動かされていたのだろう。


 人には禁断症状というものがある。


 言葉とは裏腹に、二人は限界だった。


 禁断症状が、彼女たちを動かしたのだ。


「シガ様、この死体をNyamazonに投げ入れていいですか? 私たちは、二人でなんとかすることに決めたのです」

「シガ、チョコレート、たっぷり、ビターじゃないやつ」


 血に染まった笑顔、瞳孔の開いた瞳、見たこともないほど二人は嬉しそうだった。


「で、でてこいNyamazon!」

「――お買い上げ、ありがとにゃーん!」


 そして二人は、満足そうに食べはじめた。

 美味しそうだ。だが、獣のようにもみえた。


 ……これからは禁断症状のことも考えた上で、費用を計算しなければならないな。


「ふぅ、美味しかった。……あれ? 私どうしたんだろう……なんだか、今、目が覚めた気分です」

「わたしも……何してたんだろう」


 その日、私は禁断症状の恐ろしさを知った。


 だが食べ終わった後の二人の笑顔は、今まで出会った中で一番嬉しそうだったことは、言うまでもない。


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