32話 普通のおじさん、もはや普通じゃない。

 私は今まで大会というものに出たことはない。


 学生時代に部活は入っていなかったし、異世界にありがちな剣道を習っていたこともない。

 

 ただ好きだったものはある。それは将棋だ。

 理詰めで相手を追いつめ、最後に王を取る。


 その思考は少なからず今でも生かされている。

 相手の出方を見て、戦略を決めて、追い詰められているように見せかけて喉元に食らいつく。


 といっても、私は別に強かったわけじゃない。


 だが今の私がおそらく将棋をしたら――とんでもないことになるだろう。


「勝負あり!」


 闘技場、大勢の観客で埋め尽くされている。

 海外のコロセウムのようだ。


 一番近い身内席では、ククリとエヴァが私を応援してくれていた。


 ちなみに全員が耳を付けている光景は、何とも違和感がある。

 いや、異世界なので違和感があって当然だが。


「くっ……あたしの耳が……」


 一回戦は何というか、ナイスバディなお姉さんだった。

 バニーガールみたいな服装で、耳もぴょんぴょんしていて、とにかく違う意味で勝つのに苦労した。


 ククリとエヴァが見ている、ククリとエヴァが見ている、ククリとエヴァが見ていると何度も復唱し、勝利を獲得した。


 だが戦闘時間はほんの数秒だ。


 私の『並列思考』と『冷静沈着』が、最近になって更に発揮しているのがわかる。


「おいシガ、やるじゃねえか!」


 ギルド受付のおじさん、ブラックが、がははと嬉しそうに笑っている。

 どうみても輩だが、多分いい人だ。


「おいあのオッサンの動き、見えたか?」

「いや、見えなかった。こりゃ荒れるぞ」

「ビービーとの一騎打ちかな? クソ、賭けときゃよかったぜ!」


 どうやら私は大穴らしい。

 騒いでいる人たちはみんな頬に傷があったり、筋肉が凄まじかったり、腕がなかったり、とにかく大柄で悪そうな男性が多い。


 このイベントがなければどんな街だったのか、想像するのが少し恐ろしいな。


「シガ様、凄かったです! あの右に回避した後のみねうち!」

「ありがとう、ククリと魔物を狩っていたおかげだな」


 ククリは、私の戦闘をしっかりと視えて・・・いたらしい。

 その後、エヴァも「いい蹴りだった」と、静かに言ってくれた。


 ふむ、さすがエルフ――いや、二人だな。


 続いての試合は、強そうな男性の対決だった。

 もみ合いになりながらも魔法や斧で戦い、そして耳を奪い取る。


 殺してはいけないというルールだが、それでもお互いに手加減をしていない。


 流石は荒くれ者たち、ギリギリのラインをわかっているのだろうか。


「今年は死人がでないといいなあ」

「ま、大丈夫だろ。去年が多すぎた」

「がはは! 俺はその方が盛り上がるから好きだぜ!」


 前言撤回、たぶん適当なだけっぽい。


 ――――

 ――

 ―


「それでは次の試合、七級シガvs我らがヒーロー、二級、ビービー!」


 歓声が沸き起こる。先ほど誰かが言っていた名前だ。

 強いのだろうか。蜂っぽい名前だが、蝶のように舞うのだろうか。


「シガ様、やりすぎないように!」

「私の心配ではないのか。――行ってくる」


 しかし気合が入る。

 ゆっくりと前に出ると、みんなが応援してくれた。

 どうやら私に賭けている人も増えたらしい。


 こんな兎耳のおじさんが人気になるとは、生前どころか来世でも考えなかっただろう。


 しかし対戦相手が現れない。


 どうしたのだろうと思っていたら――。


「お待たせしましたっ!」


 空中、観客席からくるくると回転し降りてきたのは、細身で高身長の優しい風貌の男性だった。

 褐色肌で、上半身は裸。見たところ武器はない。


 ……素手?


「やあ、やあ」

「ビービー、やっちまえー!」

「ビービー! 頼むぜー!」


 凄まじい人気だ。追加でアナウンスが流れると納得した。

 どうやら彼は、前回、前々回、そのまた前回、前々前々回も優勝しているらしい。


 多分私は、一生分のぜんを言った。


「よおオッサン、棄権するなら今のうちだぜ?」

「心配ありがとう。だがそのつもりはない」


 私は剣を持っているが、それを地面に置く。

 ブーイングと同時に、歓声が上がった。


「オッサン、俺は素手だがこの拳は凶器と変わらねえ。言わんこっちゃねえが、カッコつけるのはよしといたほうがいいぜ」

「重ねて忠告ありがとう。だが丸腰の相手に剣で戦うほどダサイオッサンではないんだ」

「ははっ、いいねえオッサン! 星の煌めきスーパースターの異名を持つ俺と張り合おうってのかァ!? いいぜ、瞬きすんなよ! 死んじまうぜ!」


 おしゃべりな若者だ。

 手の内を明かすことがどれだけ不利益になるのかわかっていないのだろうか。


 いや、そうじゃないか。


 揺るぎない自信が彼を支えているのだろう。


「それでは、開始ッ――」


 実況のお姉さんが腕を振ってスタートを宣言した。

 その言葉尻が終わる瞬間、ビービーは確かにすさまじい速度で動いた。


 足に魔力を漲らせて高速移動しているのだろう。


 例えるならスケートリンクだろうか。

 

 魔力の性質を変化させ、滑らすことで速度を上げているみたいだ。

 その動きは一朝一夕ではない。


 軽快な口調とは裏腹に類まれな努力がみて取れる。


 この刹那で、私は彼のことが好きになってしまった。


 ビービー、私は君のことを忘れないだろう。


 ――おそらく。


「すまないな」

「――は?」


 ビービーの拳が私の顎に当たる直前、彼より一瞬早く動いた。

 彼はボクシングを知らない。脳震盪も知らないだろうが、経験でわかっているのだろう。


 人の顎を高速で揺さぶると三半規管が揺れて立てなくなるということを。


 この闘技場は耳を奪うか、もしくはカウント制だ。


 ダウンすれば耳を奪えばいいが、近づくのも危険な場合があるからだろう。


 カウントは10秒ではなく20秒だが、おそらくこの速度で殴られてしまえば時間内に立つことは不可能だったはず。


 だが私はカウンターを放った。

 ビービーの高速移動が乗っている分、破壊力が凄まじい。


 流石に命を取るほどではないが、結構な痛みだろう。


 だが私にはエヴァがいる。すまない、手加減するほど君は弱くなかった。

 ただ、私が……強すぎたのだ。



「がはっっああっ――」


 観客の目にはおそらく突然倒れたように見えたのだろう。

 消えたビービーが、いつまにか弾けて飛んだ。


 だが事実はそうではない、全てはほんの刹那で行われた戦いだ。


「ビービー、君は凄い」


 気絶している彼に言うのは酷だが、これは私の忖度なしの賞賛だ。

 チートを授かった私ですら驚くほどの速度だった。


 上から目線ではない。これは確固たる事実だ。


「な、何が起きたのか!? 突然消えたビービーが、地面に倒れている? いや、気絶している!? これは……カウントの必要がありません! そして、耳をはぎ取ったのは、シガアアアアアアアアアアア!」


 ひょいと熊耳を取る。

 ちなみにこの耳はもらえるらしい。別にいらないが、戦利品みたいなものだ。

 

 ビービーイアーと名付けよう。


「……おい、なんだよまじで」

「ビービーが負けただと?」

「あいつ二級だぜ? それが、八級に!?」

「いや……なんだあのオッサン」

「嘘だろ、おい!?」


 ……どうやらまたやりすぎてしまったらしい。

 だがこれは試合だ。仕方がない。


 そして驚いたことに――。


「オッサン、てめぇ……強すぎだろ」


 ビービーは起き上がった。朝まで眠るかと思っていたが、寸前で回避していたのだろうか。

 顎が折れているわけではないが、血だらけだ。


 後でこっそりエヴァに治してもらおう。後でだが。


「ああ、どうやらそのようだ」

「ははっ、負けだ負けだ。いいねえ、オッサンの名前覚えたぜ。ったく、これだから拳闘はやめられねえ。――シガ、俺の耳大事に取っててくれよな」

「ああ」


 ……いや、たぶん大事にはしないが、空間魔法には収納しておこう。

 物置にあって、たまに見かけたときに「あ、これビービーの時のやつだ」と思い出すくらいにはなるだろう。なんだかすまない。


「シガ様、最強です! もう最強! 私も出たかったー」

「はは、そうだな。確かにククリとは一度戦ってみたいかもしれない」

「今度やりませんか? 練習とかで」

「そうだな。手合わせしてみよう」


 別に楽しみが出来た。そしてエヴァは、こっそりビービーを治してくれた。

 ビービーは嬉しそうにエヴァを撫でて、また明るくありがとな! と言っていた。うむ、いい若者だ。


 そして――。


「優勝は、シガああああああああああああ」


 決勝戦は、豪快な筋肉の人だった。だがビービーよりは弱かった。


 無事に黄金の耳をもらった。てかてかで明るくて、魔力を流し込むとさらに光るらしい。

 どこで使えるかわからないが、夜中では使えそうだ。


「シガ、ありがとな! たんまり稼げたぜ!」

「とんでもない。こちらこそ楽しかった」


 最後、受付のおじさんが嬉しそうにしていた。

 なんだかいい気分だ。お祭りってのはいいものだな。


「さて、ククリエヴァ、今日はたっぷりと豪遊しよう。ビービーが教えてくれたんだが、最高に美味しい麺が食べられるところがあるらしい。そこに行かないか」


 ラーメンではないが、聞けばそれっぽいものだった。

 そんなものを聞いたら涎が出てしまう。


「はい! シガ様、ありがとうございます! それに、本当に恰好良かったです」

「うん、シガかっこよかった。わたしもシガみたいになりたい」

「ははっありがとう」


 極悪の街、ビルトヴァ。

 だが、私たちにとっては、いい思い出になった。


 タイミングは重要だ。人と出会う時もそうだが、どこで、いつ、どんな時に、それで全てが変わる。

 ククリとエヴァともそうだろう。


 出会い方が違えば、それこそ関係性も大きく変わっていたはずだ。


 全てが縁だ。ビービーとも本当にまたいつかどこかで会うかもしれない。


「さて、じゃあ行こうか」


 そして私は、黄金の耳を付けて夜街に繰り出した。


 魔力を流し込みと光って、かなり目立った。


 だが凄く人気者になれた。

 

 まるで私はミッ〇ーだ。


 いや……この表現は危険か……。


 それじゃあ、ハハッ! 今日は楽しんでくるぞ、ハハッ!


 ……いや、いつも通りでのんびりいこう。

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