37話 普通のおじさん、決意する

「――いてぇ! ガキが!」


 ヴェレニ国から北に数十分、かなりの速度で走っていたビストンとギリ。

 そのとき、エヴァに手を噛まれてしまい、ビストンの手から血が流れる。


 まるで蚊を振り払うかのように、ビストンはエヴァを地面に投げつけた。

 ごろごろと転がって、エヴァの身体が擦り傷だらけになる。


「クソガキが、調子に乗るなよ」

「あちゃー、あ、でもあれか。回復魔法あるから痛い目に合わしてもいいスよね」

「そういうことだ。おいガキ、お仕置きタイムといこうか」


 しかしエヴァは怯えることなく二人を睨みつける。

 わかっている、絶対に助けがくることを。


 ならば自分は、時間を稼げばいい。


「わたしは、あなた達なんかに負けない」

「ほう、ギリ、腕を折れ」

「えー、俺っスか? 子供は嫌だなあ」

「いいからやれ。お前は甘いとこがあるんだ。慣れておけ」

「うぃース、じゃ、失礼して」


 ギリはゆっくり近づくと、エヴァの腕を掴んだ。

 華奢で小さな細腕が、メキメキと音を立てる。


「じゃあ、一発イッときますかー」

「ぐぅ――っ」


 魔力を漲らせて、エヴァは何とか時間を稼ぐ。


 来る、絶対に――。


 そして――。


 ▽


 ――見つけた。


「ククリ、まずはエヴァを助ける。他にどんな奴らがいるかわからない、様子見しながらだ」

「わかりました」


 はらわたが煮えくりかえりそうだ。

 だが頭だけは冴えている。


 視線の先、遥か遠くだが、若い男がエヴァの腕を掴んでいた。


 ――許さない。


「じゃあ、ボキっといっきまあああああああああああああああああああいってえええええええ」


 闇夜の中から、思い切り若い男を蹴りつけた。

 だが反応が良く、驚いたことに防がれてしまう。


 男は地面を滑るように反動で軸がズレるも、小刀を二本構えた。


 ――できるな。


「エヴァ、大丈夫か?」

「うん……シガ、来ると信じてた」

「遅くなってすまない。――ククリ」

「はい!」


 少し遅れてククリが到着し、エヴァを守るように盾になった。

 

 これで安心だ。


 しかし若い男の横、顔に傷がある男……こいつも強いな。


「お前らか、腕利きの護衛って奴らは」

「みたいっスね。いてて……防御ガードの上からでもジンジンするなぁ」


 今から命を賭けた戦いがはじめるというのに、のんびりとした雰囲気を醸し出す。


 ただのバカか、それとも――。


「お前たちの仲間は殺した」

「えーっまじッスか!? まあでも、取り分が減っていいっすね」

「あんなカスども死んだところで意味はない」


 こいつらは……仲間の死をいたわる事もできないのか。


「ククリ、エヴァを絶対に守ってくれ。私が彼らを――殺す」

「わかりました。シガ様、任せてください」

「シガ、がんばって!」


 任せておけ、私は絶対に負けない。


「ギリ、本気だ。出し惜しみはするな」

「ういッス。じゃあ、久しぶりに、全開でいくかァァァァァ!?」


 ギリと呼ばれた若い男は魔力を漲らせる。すると驚いたことに背中が巨大化していく。

 いや、これは変身か? 驚いてしまって、体が少し固まる。


 ……まるで蜥蜴だ。そこまで大きくはないが、背骨が浮き出て猫背になっている。

 刀はどこか消えて、両手に一体化したのかかぎ爪になっていた。


「ギリ、お前はあのガキ二人を狙え。俺がこのオッサンを相手にする」

「ひいいいいいいいいいいいいいい、了解ッスウウウウウウウウ」


 鼻息が荒くなり、涎を垂らしている。

 変身すると興奮状態になるのか?


 しかし、やらせはしない――。


 私はビービーから見て盗んだ高速移動で、蜥蜴の化け物を狙った。

 手加減は一切しない。

 頸動脈があるとは思えないが、首はどんな生物でも弱点のはずだ。


 ――死ね。


 ――カキン!。


 だが、私の剣は通らなかった。

 まるで鉄の首だ。ありえないほど堅い。


 金属音が鳴り響き、あろうことか、私の剣が折れてしまう。


 ……クッ、もっといい剣を買っておくべきだったか。


「残念、鈍らっスネェエエエエエエエエエエ!」


 かぎ爪をぶんぶんと振り回し、私を切り裂こうとする。凄まじい速度だ、風圧で空気を切り裂く音がする。。

 

 瞬間的な速度は、ビービー以上か。


「ったく、お前は相手が違うだろうが」


 すると隣の男が、これまた凄まじい速度で動き、エヴァとククリを狙った。


 だが――。


「どっち向いてんスかああああああああ!?」

「クソ――」


 回避しながら隙を伺うが、かなりの手練れだ。


 しかし武器がないわけではない。


「炎の壁――そして、魔力糸!」


 炎を詠唱し、魔力糸で更に相手を封じ込めた。

 これで身動きが取れず死ぬはず、だが――。


「ハハッ、なんスかこのちゃちな炎ォ!?」

「化け物が」

「ヒヒヒヒヒヒ!? どうッスかねええ!?」


 ▽


 あのシガ様が手こずっている。

 なんて化物だ。


 私が、エヴァちゃんを守る。


「嬢ちゃん、そいつをよこしなッ!」


 凄まじい速度で動いて、私に蹴りを入れようとしてきた。

 だが寸前で回避し、男の首に剣を振る。


 しかし、それは躱されてしまう。


 ――強い。


「クソ、なんだお前ら。マジで割に合わねえ仕事じゃねえか」

「だったら消えろ」

「やなこった。俺たちゃ金がほしいんだよ」


 男は、跳躍して上から攻撃をしてきた。

 バカだ。これなら回避した後、首を切れば――。


「はっ、魔法壁アンウィーク

 

 しかし寸前で魔法の壁を出現させ、左右に動いて私の頬を剣で切り裂いた。


 何だこの魔法は……。


「クーちゃん!」

「エヴァちゃん、下がってて。多分こいつら二人しかいない。――私は人を殺したことなんてない。でも、あなたには手加減しない――」

「やってみろ、エルフの嬢ちゃん」



 ▽


「ハッハハハハ!」


 この男、ギリとかいう化け物の身体は硬度が凄まじい。

 魔法も効かない。それに速度も速い。


 こんな強い奴がいるとは――。


 だが、絶対に負けない。

 私は、エヴァを守る。


「防戦一方じゃないッスかあああああああ? ほら、ほらぁあ!」

「ああ、だが技を見せすぎたな」

「は? 何いってんスかあああああ!」


 私は、静かに魔法を詠唱した。

 久し振りだ。しかし、なぜかわかる。


 ――大丈夫だと。


「魔獣、出てこい!」

「まじゅう……?」


 すると、上空、天高いところから――竜が出てきた。

 大きさはそれほどでもないが、吠えながら降りてくる。


「な、なんスかあれ!?」

「――バカな、魔獣の召喚だと?」


 どうやらククリの言う通り、かなり稀有な魔法らしい。

 竜は炎をギリに吐いて、動きを止めた。


 レベルが低いので滞在時間はほんの数秒。


 だがそれで十分だ。


「な、なんスかこれ、卑怯ッスよおお!?」

「これは戦いだ。それにこれは、私の魔法だ――」


 私は駆けた。ビービーと出会っていなければ、間違いなくこの速度では駆けれなかった。

 右手の小刀に魔力を全て込める。

 

 火、水、風、地、闇、光を融合させた技だ。


 これなら、間違いなく切断できるだろう。


 そして私は――蜥蜴男の首を切り裂いた。


「な、なんスかこれえええええええええ」


 ボタりと首が落ちるが、驚いたことに絶命はしない。

 首だけで叫んでいる。


 だが、身体は動かないみたいだ。


「――クソ」


 男が悪態をつく。

 

 ククリはそれを見逃さずに、炎魔法を放った。

 男の腕に直撃すると、服が燃えて、右腕が燃えた。

 すぐさま腕を振って消すが、かなりの重傷だ。


「……チッ、役立たずが」

「そ、そんなこと言われてもォッ」


 男は逃げ出そうとする。私は追いかけようとしたが――。


 ボオンッと音が響いて、煙幕が立ち込めた。

 こんな技があるのか、更に喉が焼けるような魔法が付与されているらしい。


 咳が出てしまい、身体が硬直する。


 魔力は感じ取れる、逃げ出そうとしている。


 絶対に――逃がさない。


 煙状態のまま足を動かし、男の後を追った。


 しかし、男は突然倒れる。


 それも思い切り。


「なんだコイツ? 突然向かってきやがって。思わず殴っちまったじゃねえかよ」


 そこにいたのは、ビービーだった。


「あれ、オッサン? もしかしてこいつ連れ?」

「いや、ありがとう。こいつらは犯罪者だ」

「えええ!? そ、そうなんだ」


「シガ様、大丈夫ですか!?」

「ああ、エヴァは?」

「大丈夫。……怖かった」

「もう大丈夫だよ。後は私に任せておけ。ビービー、二人を見ていてくれるか」

「ああ、てか、どういう状況だ……?」


 顔に傷がある男に近づくと、うめき声をあげていた。


 私は、そっと首に小刀の切っ先を当てる。


「ここで死ぬか、それともすべて吐いてから裁かれるか、どちらがいい?」

「…………」

「ビストンさん、俺死にたくねえッスよおおおお」


 そして男は静かに頷き、全てを吐くと宣言した。


 ――――

 ――

 ―


「ロベルトさん、大丈夫ですか?」

「ああ、しかしすまない。私が不甲斐ないばかりに」

「いえ……あいつらはどうなりますか?」

「あの二人は傭兵だった。かなりの凄腕だったよ。驚いたことに四つの国を滅ぼしたこともある集団だった。それをシガとククリ二人で……誰に言っても信じないだろう」

「そんなことないですよ」


 私たちは、ロベルトさんのもう一つの家に訪れていた。

 怪我は酷かったが、エヴァが治してくれている。


 顔に傷がある男がビストン、蜥蜴男がギリという名前だった。

 彼らはエヴァの国を狙った王が雇った傭兵で、エヴァの回復魔法を得る為に依頼したらしい。


 私たちの事がなぜバレていたのか、それは、彼らの魔法に秘密があった。


「諜報魔法なんてものがあるのか」

「過去に暗殺者集団が編み出した魔法のようだ。それを色々な国に掛けていた」


 彼らは宿屋の個室に魔法を付与し、色々な話を盗み聴きしていた。

 

 個室であれば誰もが油断し、色々なことを話す。

 それをまとめてる別の組織も存在しているとのことだ。

 想像していたよりも大規模だったが、私たちはそのリーダー格を捕まえたのである。


「彼らはどうなるんでしょうか」

「オストラバで正式に裁かれる。間違いく死刑だが、少し時間はかかるだろう。だが、後悔する時間もたっぷりある」

「……そうですか」


 彼らは罪を犯していた。殺しても良かったが、全てを吐かせてからでないと、エヴァに危険がまた及ぶかもしれない。

 だから生かした。


 しかし、私がこの手で殺したくもあった。


 ……おかしいな、冷静沈着が発動しているにもかかわらず、私は狂気に満ちている。


 これが……本当の私なのかもしれない。


「しかし……本当にいいのか?」

「はい、エヴァとよく話し合いました」

「私は、シガとクーちゃんと一緒に行く」


 追手を捕まえたが、また同じようなことがあるかもしれない。

 この国は外より安全かもしれないが、危険な奴らは想像を超えてやってくる。


 だが私とククリなら、エヴァを守ることができる。


 それに、私たちは家族同然だ。私はそう思っていた。


 そしてエヴァもククリも、そう感じていてくれたらしい。


 二人とも静かに同意してくれた。


「エヴァちゃん、私たちは旅をしているの。それでもいいの?」

「うん、わたしも前に言ったように強くなりたい。冒険者になりたい」


 ……幼い子供に強要するみたいで心苦しいが、ここは異世界だ。

 生きたいように生きる、それがここでの正しさだ。


「しかし護衛任務が……」

「ミハエルには俺から言っておく。これはこっちの不手際だ。感謝はあれど、怒ることなんてない。それより、ありがとう。シガのおかげで犠牲者も少なかった。私の命が助かったのもシガ、ククリ、そしてエヴァのおかげだ。本当にありがとう」


 ロベルトさんはとても心優しい人だ。

 エヴァを奪うようで悪いが、これだけは譲れない。


「もう少しこの国にいたらどうだ?」

「ありがたいですが、船がもう出るらしいのです。季節を超えると次は半年後とのことなので、明日に出発します」


 私たちがエヴァを助けてから、既に二週間が経過していた。

 貴族からお金も回収し、移動分の旅費は溜まっている。


 私には夢がある。それは生きている間にこの世界を多く見ることだ。


 一つにとどまるのは、もっと後でいい。


 ククリもエヴァも、同じ夢を持ってくれた。


 私たちは、旅を続ける。


「わかった。エヴァ、ククリ、そしてシガ、元気でな。後、俺からの餞別だ」


 ロベルトさんは、剣をプレゼントしてくれた。

 とてもずっしりと重い、これは日本刀に似ている。


「いいんですか?」

「ああ、結構な業物だよ。シガなら使いこなせるだろう」

「……ありがたく」


 そしてロベルトさんの家には、もう一人男がいた。

 若くておちゃらけて、そしていいやつだ。


「オッサン、もう出るのか。元気でな。また会えるといいなァ」

「ああ、ビービー君のおかげで助かったよ」

「たまたまだよ。まあでも、やっぱオッサンはつえええな! この国で拳闘の試合に出て見たが、全員クッソ弱かったぜ! オッサンには勝てねえけどよ!」


 あれからビービーにしつこく誘われて、何度かタイマンをした。

 もちろんすべて私の勝ちだが、ビービーは本当に強い。


 この国のコロセウムの試合で優勝して、更にまだ強くなりたいという。


 私はチートだが、彼はナチュラルで最強だろう。


 まあ流石にチートだ、とは暴露しないが。なんかズルしてるみたいなので。


「またどこかで会えるといいな」

「ああ、旅をしてたら会えるだろうな! ま、次に会う時は俺の星の煌めきスーパースターも進化してると思うぜ!」


 清々しい男だ。ネーミングセンスは……どうかと思うが……。


「では、ククリ、エヴァ行こうか。船の時間だ」

「はい! それでは、ありがとうございました」

「ロベルト、ありがとう。世話になった」

「ああ、またな」

「じゃあな、オッサンとエルフの嬢ちゃんたち!」


 ビービーはもう少しここに残るらしい。ロベルトさんとも別れ、私たちは北門を出た。


 ここからが本当の旅かもしれない。

 まだまだ知らない土地、世界は山ほどある。


 ……楽しみだな。


「シガ様は本当に素敵ですね。みんな、シガ様と会うと笑顔になっていきます。――もちろん、私も」

「シガは凄い。かっこいい」

「……いや、そんなことない。私はただの普通のおじさんだよ。少しだけ好奇心旺盛のな」


 私はまだ弱い。それを実感させられてしまった。


 これからはもっと力を付けよう。


 魔法も、そしてダンジョンにも行こう。

 

 制覇まですると、新しい武器や願いが叶うとのことだ。

 剣一つだけでは今後の旅の不安もある。


 レベルアップは、異世界の醍醐味だもんな。


「さて、船に乗る前にウニクロダウンジャケットを着て置こう。そして、ポテトチップスも出しておくか」

「シガ様、私はキュウシュウショウユ!」

「わたしはコンソメがいい」

「まったく、わがままな二人だ。だが、いいだろう。今日はコーラも付けてあげるぞ」


 私たちの旅は始まったばかりだ。


「さて、ククリ、エヴァ行くぞ」

「はい!」

「うんっ」


 次の国まで、楽しみつつ、のんびりと。


  ───────────────────



 これにて一部完結になります!

 二部からはエヴァとククリと共にまた旅が始まる予定ですが、少し更新をおやすみしようかなと思っています。


 書籍化の作業についてもそうですが、リアル都合の為です。


 楽しんでくださっている方がいるのに心苦しいですが、ひとまずはここまではどうだったでしょうか?


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