21話 普通のおじさん、やりすぎてしまう。

 サイクロプスの亜種、と簡単に言ったものだが、大きさはまるで家だ。

 獰猛な性格、鼻息も荒く、見るもの全てを敵だと認識しているのだろう。


 なりふり構わず棍棒を振り回し、巨岩を破壊している。


 こんな魔物が存在していることに驚く。


 だが――。


「ククリ、後は頼んだ」

「流石に……危険です! シガ様、退きましょう!」


 そして私は、ククリの静止を振り切り、突撃した――。

 

 ◇


「移動開始だ。はぐれないように着いて来い」


 まるで遠足のようだった。

 人数はおそらく30人くらいだろうか。


 引率してくれているのは国の兵士で、みな雑談混じりに歩いている。


 人数が多いからか、それとも単純に私が知らないだけで敵が弱いのか。


 私とククリは少し浮いていた。

 単純におじさんと少女という組み合わせの問題もあるが、装備ガワの問題だろう。


 みなもっと色が付いていて、高級だろうと一目見てわかる。

 装備に不満があるわけではないが、舐められ過ぎるのは良くない。


 これは少し考える必要があるな。


 すると私たちを揶揄ってきていた男が、また声をかけて来た。


「おっさん、サイクロプスまで歩けるかァ?」

「幸い足腰にはまだ余裕があるよ」


 がははと笑いながら、仲間内で嬉しそうに騒ぎ出す。

 何が面白いのだろうか。


 この手の輩はどこにでも存在するが、理解しがたい。


 ククリを怖がらせてはいけないので、少し離れることにした。


 門を出た後も、とくに作戦のような事を教えてもらうことはなかった。

 ただひたすらに歩きはじめる。


 だがみんな嬉しそうだ。聞き耳を立てているわけではないが、報酬後の予定を立てているやつもいる。


 油断か、余裕か、私には判断が付かない。


 とはいえ命がけの戦いには変わりないはずだ。


 ククリに気を緩まないようにと伝えようとしたが、その必要はないとすぐにわかった。

 真剣な目、力の入った腕、彼女に言うことはほとんどない。



 歩き続けて約一時間ほどだろうか、思っていたより遠かったが、冒険者たちにとってこのくらいは気軽な距離らしい。

 近かったなと声をあげる者がほとんどだ。


 草木がなく、荒れ果てた砂漠のようだが、巨大な岩があちこちに見える。。

 視界良好とは言えないが、サイクロプスの姿はない。


「おかしいな……」


 その時、兵士が呟いた。

 私の耳はどうやら随分と良いらしく、聞き分け能力に長けているようだ。


 だが、遠くの岩陰から大きなサイクロプスが見えた。

 巨大な体躯、大きな目玉、手にはこん棒、何よりもその身長に驚く。


 これが普通のサイズなのかと思ったが、冒険者たちが怯えた様子で声を上げた。


「おい、何だあいつ!?」

「デケェ……どういうことだ?」

「クソ、亜種って巨大化かよ。騙されたぜ」

 

 ククリに視線を向けるが、同じ顔だ。

 通常の個体と比べてデカいのだろう。


「陣形を整えろ。時間がない、全員でやればすぐ終わる。怯んだ奴には報酬はやらんぞ」


 その兵士の一言が、冒険者たちを動かした。


 恐怖、とまではいわないが、先ほどまでの遠足気分とは空気が変わる。


「ククリ、そんなに普通と違うのか?」

「はい……あれは、かなり大きいです」

 

 曰く、通常が4メートルほど。

 だが目の前のサイクロプスは7、いや8メートル、つまり倍だ。


 恐れるのも無理はないか。


 その時、サイクロプスが私たちを見つけ、顔を真っ赤にさせて向かってきた。

 陣形は一応整えているが、作戦などは聞かされていない。


「戦うぞ! 全員で囲め!」


 道中感じていたが、兵士はかなり急いでいた。

 上からせっつかれているのだろう。


 指揮系統がないのは気になるが、贅沢は言ってられない。


 私は剣を取り出し、構えた。


 男たちの怒号が聞こえはじめると、大勢が駆ける。


「ククリ、前に出過ぎないようにな」

「はい!」


 戦闘が始まると、大勢が入り乱れることになった。

 こん棒で吹き飛ばされる輩もいたが、流石のサイクロプスも人海戦術には敵わない。


 ただこれだけ多いと魔法が使えない。

 そもそも冒険者をザッとみても魔法使いらしき人物はいなかった。


 この世界では、少し稀有な存在なのかもしれない。


「ギャギイイイイイ!」


 こん棒を回避しながらカウンターで腕を切る。

 血が滴り落ちると、サイクロプスは叫び声をあげた。


 私の攻撃が致命傷になったのか、唯一の武器を手放すことになった。


 ここぞとばかりに冒険者たちが押し寄せ、サイクロプスはめった刺しにされた。


「はあはあ……」

「しぶといやつだったな」

「ケッ、大したことねえぜ」


 死人は見当たらないが、怪我人はいる。

 大人数で戦うのは難しいとわかった。人が邪魔になり、余計に戦力が落ちている気がした。

 これも学びだな……。


 兵士がサイクロプスの死を確認し立ち上がった瞬間、なぜかその場で固まった。

 その光景に気づいた冒険者たちが同じ視線を向けると、周囲の岩陰から全くおなじサイクロプスが顔を出した。


 それも複数――五体だ。


 同胞を殺されたことがわかったのか、地団駄を踏み切れ散らかしている。

 ハカのようだ。


「に、逃げるぞおおおおおおおおおおお」


 一人が叫ぶと、大勢が続く。

 だが気づけば囲まれている。


 逃げ道はなく、突破して横をすり抜けるしかない。


 おそらくそれはできるだろうが……。


「ま、待ってくれ」

「お、おい見捨てないでくれよ!」

「あ、足が動かねえんだ!」


 怪我人がいるのだ。

 彼らを担いで逃げることはできないだろう。


 つまり、見捨てることになる。


 中には、私を揶揄っていた大柄の男もいた。


「く、くそ! な、なんでこんなことに!」


 …………。


「ククリ、怪我人を頼む。私は彼らを守る」

「そ、そんな!? 危険ですよ!? どうして!?」

「……わからない。だが、袖振り合うも他生の縁、という言葉があってな。たとえ好きでなかったにしても、見捨てるのは違う」


 私は再び剣を握り締める。

 その様子に気づいた何人かの冒険者が、同じように構えた。


 ……一人ではないのは、ありがたいな。


「ククリ、後は頼んだ」

「流石に……危険です! シガ様、退きましょう!」


 そして私は、ククリの静止を振り切り、群れに突撃した――。


 瞬間――刹那――私は驚くほど冷静だった。


 いや、違う。


 高揚感に溢れている。


 こん棒を寸前で回避し、風圧と轟音が耳に響く。


 ああ、やっぱり楽しいんだな。私は。


 ――手加減はなしだ。


 サイクロプスの攻撃は、巨体から繰り出さているとは思えないほど速い。


 だがその全てを回避しながら、炎の壁で敵を分断、魔力糸を大きな目玉に付着させる。

 怯んだタイミングで足に魔力を漲らせ跳躍、一体目の首を切断した。


 そのまま着地し、翻すように二体目のサイクロプスの足の腱を切る。


 倒れざま、首を切り取る。二体目。


『スキル、並列思考が限界を突破しました』


 三体目、四体目――。


 周囲の冒険者たちは、動かず、立ち止まって、私を見ている。


 そして――、五体目が倒れた時、無音で戦っていた感覚からようやく音が戻ったように感じた。


 血を拭う為に空中で剣を振り、ククリに視線を向ける。


「ククリ、今日は鮭おにぎりのタワーかもしれないな」


 一発ギャクみたいなものだ。だが、私の予想に反して、満面の笑み――とはらなかった。


「……シガ様、強すぎですよ……」


 唖然としている。

 よく見ると、大勢の冒険者も……あれ、これもしかして、若者言葉でドン引きってやつではないか?


「強すぎるだろなんだよこのおっ、いやおじさん……」

「見えたか? 何だよあの動き」

「わかんねぇ……気づいたら倒れてた……」



 どうやら私は、やりすぎてしまったらしい。


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