20話 普通のおじさん、お金持ちになる
「ククリ、周囲に怪しい奴はいないか」
オストラバ王国内、路地に入る前、ククリに声をかける。
彼女は小刻みに顔と視線を動かして、周りをじっくり警戒した。
「大丈夫です、問題ありません」
「宿屋まで持ち運ぶのが不安だからな」
空間魔法を呼び出し、ギールさんから頂いた報酬を入れていく。
見たこともない数字が表示されて、思わず生唾を飲み込んだ。
私の予想以上に紅茶の売れ行きが良かったのだ。
コーヒーもそこそこ売れているらしく、追加で使用人に渡していたのだが、そのまとまったお金を頂いた。
大金すぎるので全部持ち帰るのは危険だと言われていたが、私の場合はそうじゃない。
ククリ曰く、空間魔法なんて使ってるところを見られたら大変なことになります、とのことで、こそこそしている。
彼女はまだ律義に周囲を見渡してくれているので、私はもう大丈夫だよと声をかけた。
「すまないな。なんだか悪いことの片棒を継がせてるみたいに」
「いえいえ! でも、いつかは王都でお店とか構えるのもいいかもしれないですね。絶対に人気出ますよ!」
「店か、考えたことなかったな」
ふむ、確かにありだな。
今はまだ世界を見て回りたいが、いずれ落ち着きたいとも思うだろう。
その時は雑貨屋でも営もうか。
「そうなったら、ククリに手伝ってもらいたいな」
「え、いいんですか!?」
「当たり前じゃないか、私たちは家族みたいなものだ」
「家族……」
ふと口にしてしまった言葉、ククリが意味深に呟く。
私としたことが……。
「すまない。思い出させてしまったか」
「い、いえ! 違います。凄く……嬉しかったんです」
しかし彼女はいつものように口角をあげ、眩しい笑顔を見せてくれた。
良かった。年を取ると思ったことをすぐに口に出してしまう……。
「現地通貨はNyamazonだと損だし、何か使い方を考えたいな。一番いいのは武器防具だが……今すぐには必要はないだろうしな」
「そうですね、ダンジョンの深層に行こうと思えばそれこそ高級防具があったほうがいいみたいですけど、当分は行く予定もないですし」
結局私たちはダンジョンに行くことは制限しようと話し合った。
理由は単純、あそこは美味しすぎるからだ。
もう少し、もう少しと欲が出てしまう。
それ故にどうしても気の緩みが出て、帰るタイミングを見失ってしまう。
少なくとも、この世界にもっと慣れるまでは、地道に稼ごうと。
するとその時、路地の間から人が大勢歩いているのを見かけた。
不思議そうにククリが見ている。
「なんだか……人が多いですね」
「ああ、祭りか……何かか?」
気づけばずっと立ち話をしていた。路地からメイン通りに出ると、屈強な男たちが歩いていた。
祭り……には見えない。みな、剣や斧、弓を持っているからだ。
「もしかして……討伐かもしれません」
「討伐?」
「はい、たまにネームドと呼ばれる強い魔物の亜種が生まれるんです。その時は、冒険者を募って大勢で討伐するんですよ」
「なるほど……」
そういえば学生時代にハマっていたゲームでそんなものがあった。
寝ずに報酬をもらおうと必死に徹夜していたのは随分と古い記憶だ。
「情報だけ得ておきたいな。ギルドに見に行ってみよう」
「そうですね、報酬次第ではありかもしれません」
といっても急いではなかったので、道中、肉串焼きを頬張りながら向かった。
お金に余裕があるというのは、やはり気が楽だ。
ギルドの扉を開けると、今まで見たことがないほど人で溢れていた。
荒くれ者たちとまではいわないが、やはり屈強な男たちが目立つ。
女性の姿もちらほらあるが、それこそ男性よりも強そうな人が多い。
戦うことが資本の世界なのだからだろう。
人混みをかき分けながら案内所のお姉さんに声を掛けると、これから数時間後にボス討伐だと教えてもらった。
オストラバの川べりに陣取っているサイクロプスの亜種で、道を塞いでいるそうだ。
それで急遽招集がかかったらしい。
驚いたことに報酬が想像以上に高かった。理由を訊ねると、今夜、他国から外交官が来るらしく、急いで処理をしないといけないそうだ。
赤字は覚悟の上で、ということらしい。冒険者たちの頬が緩んでいる理由がわかった。
ちなみに私たちも参加が可能だ。
「ククリ、どうする?」
「シガ様にお任せしますが、これだけの大人数でこの報酬は良いと思います」
懐は潤っているが、いつまでこれが続くのかもわからない。
貯金、という考えが頭に浮かぶ。
冒険者のほとんどは報酬をもらったその日に飲み食いや夜でお金が消えるらしい。
おそらく私のような堅実なおじさんは稀有だろう。
だが――。
「ククリ、今日はもう一仕事しようか」
「もちろんです! 魔法の練習にもなりますしね」
ククリはダンジョンで火魔法以外にもう一つ覚えた。
そのテストにもちょうどいいだろう。
その時、大柄の男が私とククリに近づいて来た。
「あぁ、なんだおっさんとガキ、テメェらも参加すんのかァ?」
酒を飲んだ後か知らないが、口からぷんぷんと匂う。
こんな奴が冒険者なのか。
「私のことはいいが、ククリのことをガキというのはやめてくれないか?」
「ははあん? 何だ、偉そうに?」
「シガ様、私は別に――」
冒険者は舐められたら終わりだ。
そのくらい、私だってわかっている。
それに私は仕事に対して真摯でありたい。しかし彼は、そうじゃない。
「ははっ、お前らみたいのを相手にすると俺の格が下がるぜ。せいぜい殺されないようにしろよ」
「そちらもな」
とはいえ、進んで揉めるつもりはないが、弱みを見せるつもりはないということだ。
時には退かないことも大事だとわかっている。
「シガ様……ありがとうございます」
「なに気にするな。さて、移動するみたいだ。行こうか」
「はい!」
そうして私たちは、初めてのボス討伐に参加することになった。
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