17話 普通のおじさん、瞑想する。
川のせせらぎの音、鳥がさえずっている。
草木の香りが、私の心を穏やかにしてくれている。
空気が、酸素が、肺を満たしてくれている。
「あ、あの……シガ様これは……」
「瞑想だ。心を穏やかに」
「は、はい」
オストラバ王国、近郊の川、私たちは座禅を組み、目を瞑り、自然と一体化になっていた。
……ええと、後はなんだったかな。
薄目を開けてぺらりと本をめくる。
そこには、腹式呼吸を繰り返すし、心を整えると書かれていた。
随分とふわっとしているな……。
何を隠そう、私はただのおじさんだ。
こんなカッコイイ精神統一なんてしたことがない。
どうしたらいいかわからなかったので、Nyamazonで『座禅』という渋い本を購入したのだ。
仙人みたいな人が、静かに目を瞑っているカッコイイ表紙である。
多分、異世界に来なければ一生買うことはなかっただろう。
座禅ファンのみなさん、すみません。
「でも……気持ちがいいですね」
「ああ、落ち着くだろう」
それっぽい事を言っているが、私は初めておじさんだ。
略してはじおじ、いや、もうこれはやめておこう。
私は時間があればククリの魔法について考えていた。
魔法Lv0、ステータスを見る限りでは変な表記だ。
そして一つの答えというか、思いが浮かんだ。
もしかしてだが、きっかけが足りていないだけなんじゃないのかと。
私が属性魔法を扱えるようになったのは、些細なことからだ。
それが、ククリにはないんじゃないのだろうと。
彼女の話を聞くと、エルフは巨樹の近くで生活し、自然と調和していたはず。
瞑想の基本は「静かな気持ちで自身と向き合い、今の心がどう感じているか知ること」
曰く、曰くをつけておこう。
おそらくだが、今までククリが落ち着ける日はあまりなかったはずだ。
だからこそ、試してみたかった。
瞑想を終えると、次はヨガをした。
もちろん、月間『ヨガ』の本を読みながら。
表紙は鶴岡さんだった。
その後、第二ラジオ体操や、ドレッシングなしのサラダも食べてみたが、ククリのステータス表記が変わることはなかった。
「すまない……失敗だった……」
「何を言ってるんですか! 楽しかったです! ヨガなんて、足がこう、びょーんっ! と曲がって、関節って凄いなあってなりましたし! 呼吸も! 凄くて!」
身振り手振りでヨガの楽しさを表しているククリが、可愛かった。
だが、やはり申し訳なくなる。
おそらく私の能力はチートと呼ばれるレベルのはずだ。
なのにそれをまったく使いこなせていない。
「……ありがとう、ククリ」
ぽんっと、頭を撫でる。帽子もよく似合っていた。
だがその時――ハッと思い浮かぶ。
なぜ今まで気づかなかったのか。
私は能力解析で何度かククリの魔法を解析している。
そもそもそれがお門違いだったのかもしれないと。
「ククリ、手を貸してくれないか?」
「は、はい。ステータスですか?」
「ああ、それとククリのことを……調べてもいいか?」
「もちろんです」
私はゆっくり、目を瞑る。
瞑想のおかげだろうか、心がとても静かだ。
解析と能力解析を、同時に発動させる。
ゆっくり、それでいて確実に。
するとククリが、頭に浮かんでくる。
肉体的な意味ではなく、心だ。
深い、深い位置に入っていく。まるで海のようだ。
かき分けながら深い場所へ行くと、小さなボールのような玉を見つけた。
色がついている。赤、青、緑、白、黒、持ち上げようとしてが、凄く重たい。
「んっ……」
ククリが吐息を漏らす。痛みはないようだが、何か感じているらしい。
そして私は、呼吸を整え、その一つ一つとゆっくりと持ち上げていく。
丁寧に、優しく。
その瞬間、私はククリの両親の姿と、人間たちが襲われた時の映像が直接飛び込んできた。
同時に、ククリの悲しみと憎しみも。
そうか、彼女はこんな目に……。
そして――。
「ククリ、目を開けてくれ」
「……はい。一体、何をしたんですか? 身体が……軽いです」
「手を上にかざしてみてくれ。そして、火を思い浮かべるんだ。キャンプでいつも焚火をしているだろう、あれと同じだ」
「え、できないですよ!?」
「いいから」
半信半疑でククリはやってみた。だが、できない。
涙目になりながら諦めそうになるが、私は強く言い続けた。
できると。
そして――。
「え、え、え、シガ様!? な、なんで!?」
「……良かった」
小さな火が灯った瞬間、ククリは嬉しさから声をあげた。
そして私は、ククリ抱きしめた。
彼女の深い辛い思いが、心に直接入ってきたからだ。
ククリは辛かった。辛すぎて、何もかも逃げ出したかったんだ。
魔法が使えなかったんじゃない。使いたくなかったんだ。
何もかも忘れたかった。傷つけることも傷つけられることも怖かった。
それが彼女をむしばんでいた。
だが、もう違う。
私がいる、私が支える。ククリは、私が守る。
「すまない、ククリの過去が……視えてしまった。今まで辛かったな」
「……ありがとう、ございます……」
詳しいことは何も言わなかったが、ククリは私の言葉でわかってくれたらしい。
辛いのは彼女だというのに、私のほうがなぜか涙を流してしまう。
「シガ様は、優しい人ですね……」
――――
――
―
「すまなかったな……。よし、ククリ、これからは魔法も鍛えよう。練習さえすればなんでも使えるようになるはずだ」
「……はい、頑張ります!」
ステータスを再び確認すると、ククリのスキルには、火と書かれていた。
だがその前に、『精霊魔法』と記載されている。
……私のと表記が違う。
いや、今はいいか。
目の前のことを喜ぶべきだ。
「今日はもう遅い。宿で休み、明日はダンジョンとやらに行ってみないか? この近くにあるらしい」
「ダンジョンですか……。わかりました! 作戦会議しないとダメですね!」
「ああ、頼りにしているよ」
私たちの旅は、これからだ。
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