16話 普通のおじさん、大商人の素質あり?

「どうぞ、掛けたまえ」


 翌日、私は貴族であられるギールさんの屋敷を訪ねていた。

 私とククリは、少し綺麗めな服を購入して着替えている。


 貴族様と会うのに、流石に冒険者のボロボロの服では失礼だ。


 聞けばギールさんはオストラバ国でも有数の実業家らしく、領地の税だけで生活できるにも関わらず、多くの仕事を抱えているらしい。


 スラリと長い手足に、無精ひげが似合う、なんというか、ダンディなおじ様だ。


 私もこんな、ダンおじになりたかった。


 髭はキューティクルだし、声もいい。


「ありがとうございます。失礼します」

「私はここで」


 ククリは頑なに座ろうとはしなかった。私に気を遣っているのか、それとも相手にか。

 少し話が逸れた、本題は仕事だ。


 ひとまずこの件は置いて、早速本題に入ろう――。


 と、その前に。


「随分と良いお家ですね。何よりも色味がいい。この絨毯は特注品ですか?」

「ほう、お目が高い。私はこの絨毯がお気に入りでね、東の国のめずらしいものだ」


 軽い挨拶は必須だ。幸い、私はブラック企業で営業をしている時に鍛えられた腕がある。

 契約を取ってくるまで帰って来るなと言われたあの日々を生かすときがきた。


「希少価値が高いものはそれだけで魅力がありますよね。それで言うと、私のはとてもめずらしいと思います。既に話はして頂けていると思いますが、シャンプー&リンスの他に、特別に新作をご用意しているんです」

「新作……とは?」


 絨毯のジャブが少し効いているのか、前のめりな感じだ。

 いいぞ、一歩リードだ。


 事前にNyamazonから購入済、バックから、小さな袋に入った黒い塊を出す。

 それを机に置くと、ギールさんは眉をひそめた。


「こちらでございます」

「? なんだこれは?」

「インスタントコーヒー・・・・でございます。お仕事で忙しいと聞きました。こちらをお飲みになれば、眠気も覚めてスッキリされるかと思われます。また、味についても少し変わった味わいですが、気に入るかと」

「ふむ……だがどうやって飲む? まさかこのまま食べろというのか?」

「いえ、申し訳ありませんが、熱いお湯を頂いてもよろしいでしょうか?」

「……構わんよ。メイドに用意させよう」


 その間、私はシャンプー&リンスの説明をした。

 舞踏会で既にサラサラの髪を見たらしく、その場にいた奥様方からの好評だったらしい。


 早速20本ほどの予約を頂いたので、後日卸す話が決まった。


 そして熱湯が到着、少し冷ました後、カップに注いで、ティーバッグを投入する。

 透明なお湯が、みるみるうちに黒く染まっていくと、ギールさんは驚く。


「これが、飲み物……なのか?」

「はい、少し刺激はあるかもしれませんが、お口に合うと思います」

「ふむ……いただくか」


 ゆっくりと、おそるおそる一口。

 

 だが――。


「……マズイな」


 私の予想に反して、しかめっ面で顔を歪めた。

 ダンおじにコーヒーが効かない……、まさかの出来事だ。


 私の計算違いだ。ダンおじはみな、コーヒーが好きだと思っていた。

 ダンおじは、コーヒーが苦手な人もいる。メモだ。


「な、ならこちらはどうですか?」

「……美味い、これはいいな」


 念の為、二の矢として紅茶を用意していてよかった。

 ダンおじは紅茶もいけるクチ。覚えておこう。


「こちらのコーヒーですが、飲めば飲むほどハマる人もいます。念の為、お試しで付けておきます。紅茶に関してはお気に召したようなので、お試しを置いておきますが、購入する分もすぐにご用意できます」

「ほう、気前がいいな。ならシャンプー&リンスと紅茶をもらおう、コーヒーは少し考える。費用に関してはオーリアの貴族たちより少し色をつけよう。ただし、この街で私以外にこの紅茶を販売しないでくれ」

「……わかりました。もちろんでございます」

「ありがとう、交渉成立だな。詳しい値段は執事に記載させ書類を渡す。私の印があれば安心だろう」


 どうやら彼は私が思っていた以上に鋭い男のようだ。

 独占して販売してほしいということは、おそらく転売も考えているはず。


 だが構わない。多少損してもこちらが潤えばいい。

 もちろん、何もかも上手に取られてはいけないが。


「ついでのお願いといってはなんですが、友人に私の商品の話をする際、名前を伝えて置いてもらえないでしょうか。これから色々な国を渡る予定なので」

「はは、いいだろう。条件、というわけだな。そのくらい問題ない」


 気前のいいダンおじの笑顔は、とても爽やかだった。


 私もこうありたいものだ。


 ▽


 すべてを終えて屋敷を出る。

 気づいたら私は深い息を吐いていたらしく、ククリにお疲れ様でしたと言われた。


「すみません、隣にいるだけで……」

「いや、ありがとう。私の顔を立ててくれていたんだろう。そのくらいわかっている。すまないな」

「いえ! というか、凄かったです! シガ様ってほんと恰好いいです!」

「……本当か?」

「はい!」

「ダンおじか?」

「はい?」

「いや、何もない」


 しかしククリは、「ダンおじって何ですか?」とそれからも何度も訊ねてきた。

 忘れていた、パンナコッタ事件と同じだ。


 わからないことがあれば答えが出るまで妥協しない性格だった。


 マズイ、どうしよう。


「鮭おにぎりを食べよう、魔獣も出そう」

「ダンおじって――、え、いいんですか!?」


 なんだかズルおじになっている気がするが、仕方ない。

 私のおじ面子を保たせてくれ。

 

 しかしこれで一段落だ。


 数日待てばまとまったお金が入るだろう。


 だったら、試したいことがある。


「ククリ、魔法を使えるようになる訓練をしよう」

「え、どういうことですか?」

「少し考えがあるんだ」


 さあて、どうなるのかお楽しみだ。


 




 

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