第8話 日本人、異世界で蜂の子を食す

 女王蜂を倒し、投げたバックパックを回収してから蜂の子を捜索すること、二十分ほど。

 木の根元に巣を発見した。


 女王蜂が襲ってきたことから、近くにあることはわかっていた。

 だが、巣の形状はは種によって様々だ。よくイメージされる枝に吊り下げられたタイプや、地中に巣を作る種類もいる。


「へえ、渡り蜂の巣ってこんな感じなんだね」

「なぜ巣を探しておるのじゃ……?」

「今にわかるよ……」


 なお、剣はシェルメールに預けられている。

 呪われた魔剣……もとい、美食剣である。

 呪いは鮮之助の力業によって強引に解かれ、今は意識があるだけの剣だ。


 そのためシェルメールが呪われることもなく、目の前にヤバい奴がいるおかげで意外と仲良くなっていた。


「おお! 幼虫がいたぞ!」


 この渡り蜂は、木の幹の中に作る種だったようだ。樹洞巣と呼ばれ、日本だと日本ミツバチなどが作るものに近い。


 だが、身体のサイズが大きい分、巣となる木も巨大だった。

 島の中心にあった巨木の根本に、丁度女王蜂が通れるほどの大きな穴が空いている。


 中を覗き込むと、数匹の幼虫がもぞもぞと蠢いていた。


「ククク、さすが幼虫も相応に大きいな!」


 鮮之助がじゅるりと唾液をすする。

 上半身を巣の中に突っ込み、手で幼虫を掴む。そして、そのまま引きずり出した。


 魔物とはいえ、相手は幼虫。ロクな抵抗はできないようだった。

 サイズは胴回りだけなら女王蜂よりも大きい。肉体はぶにぶにと柔らかく、引っ掻いたら破れてしまいそうだ。


「む、二匹だけか……大事に食べねば」

「少ないなら、鮮之助が一人で食べてもいいんだよ……?」

「なんだ、遠慮するな。大事なたんぱく源だぞ」

「いやぁ、私はちょっと」


 引きずり出した蜂の子を、地面に敷いた葉の上に乗せる。

 まだ巣を作り始めたばかりだからか、蜂の子は二匹しかいなかった。


「毒は……大丈夫そうだな」


 時計の【毒物判定】には、なんの反応もない。


 少なくとも毒ではないようだ。


「さあ、お前はどんな味がするんだろうな!」


 何を隠そう、この味神鮮之助という男、ゲテモノの代名詞、昆虫食が大好きなのである。

 虫は常に新しい体験を提供してくれる、とは、山奥で昆虫食のみ生活を一か月ほどした時の彼の言葉だ。


 それでなくとも、蜂の子は日本で普通に食べられている食材でもある。

 熱心なファンもいるくらいだ。……ほとんどの者は食べないが。


「お、おい! 美味いものを教えるというから黙って聞いていたが……まさかその虫を食すのではあるまいな?」

「その通りだ」

「わ、妾を騙しおったな! その巨大な虫が食べ物ではないことくらい、妾でもわかるわ!」


 美食剣から怒りの声が上がる。


 元々、いいとこのお嬢さんの魂だ。そこから剣に取り込まれ、幾星霜……世間知らずも甚だしい剣であったが、幼虫を食べるのが間違いであることはわかる。


「ふっ、言っただろう。選択肢を狭めるな、と。よく見てみろ。こんなにも美味しそうじゃないか」

「呪いが効かない時点でおかしな奴だとは思っておったが、ここまで狂っておったとは……」

「しかし、食べてみなければ美味しいかわからないのも事実。そこに気が付いたことは褒めておこう」

「妙じゃな、眠っている間に言語が変わったのか……? 話が通じぬ」


 なお、鮮之助の時計にある【自動翻訳】によって、言語の壁は超えている。

 食べ物を前にした彼に話が通じないのはデフォルトである。


「いただきます」


 ぱちん、と両手を合わせる。

 そして、顔を蜂の子に近づけそのまま齧りついた。


 歯で穴を空け、中身をジュースのように啜る。

 次の瞬間、彼は目を蕩けさせながら顔を上げた。


「これは……! まるでカスタードプリンのような滑らかな触感。そして蜂蜜のような甘美なエキス……! 美味い、美味いぞ!」


 鮮之助が感動に打ち震える。


 地球で食べたどんな蜂の子よりも美味しかった。


「大きいからか? いや、魔力の力か? いったいどれだけの栄養を蓄えているんだ……」


 などと考えながら、啜り続ける。


「飲めば飲むほど深みが増していくな……。ほんのりと爽やかな花の香りも感じる。まるで花畑で深呼吸をしたような、心地よい感覚だ……」

「どうしよう、思った以上にヤバい人だったっぽい」


 隣でシェルメールがドン引きしている。


 傍から見れば、蜂の子の中身を飲みながら恍惚の表情を浮かべる成人男の姿である。

 毒があるとはいえ魚である角フグとは訳が違う。


「皮も美味い! 虫由来の微かな苦みすら、甘みと調和していいアクセントとなっている。なんだこの完璧な食材は……!」


 そして、わずか数分で一匹目の蜂の子を食い尽くした。


「終わってしまったか……。む?」


 ようやく意識が現世に返ってきたのか、顔を上げてシェルメールを見る。


「すまない。俺としたことが、一人で食べるなんて恥ずかしいことを」


 鮮之助は恥ずかしそうに後頭部を掻いた。


「いや、恥ずかしがるとこそこじゃないから」

「こやつ、既に呪われておる……! おいシェリー、妾を持って逃げるのじゃ!」

「なるほど! 鮮之助は呪われていたんだ!」


 納得である。


 だが、シェルメールも美食剣も、心のどこかでは興味を持っていた。

 ……本当に美味しいのではないか、と。


 だって、一応は同じ人間である鮮之助がこれだけ美味しそうに食べるのだ。

 正直惹かれてしまう。


「いいから食ってみろ。俺は一人で食べるのではなく、美味しさは共有したいタイプだ」


 鮮之助は謎の自己紹介とともに、有無を言わさずもう一匹の蜂の子を勧める。


「ま、まあそんなに言うなら一口だけ……」

「う、嘘だったら妾、闇落ちするからな! シェリーよ、ゆっくり刺してくれ」

「わかった」

「食べる時は一緒じゃからな! 妾を刺したらお主もすぐ食べるのじゃぞ!」

「当たり前だよ。あなただけ犠牲にしたりなんかしない」


 鮮之助という巨悪の前に、剣とトレジャーハンターが手を組んでいる。

 まるで脅されて食べるかのようなやり取りである。


 シェルメールは、ずぶり、と美食剣を蜂の子に突き立てた。


 そしてそのまま、シェルメールが膝をついて、おそるおそる蜂の子に顔を近づける。


 一人と一本は、蜂の子の中身をごくりと呑み込んで…………。



 そのまま、完食まで一言も発さずに食べ続けた。

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