第5話 日本人、異世界で食材を探す

 鮮之助とシェルメールは海岸を離れ、植物が生い茂る道なき道を進む。


「ほう……見たことない植物ばかりだ。野草は危険も多いが、慎重に味見を……」

「まじで食べることしか考えてないじゃん」


 さっそく草木を調べ始めた鮮之助に、シェルメールは呆れた目を向ける。


「そんなのどこにでも生えてるから……。見たことないって、どっから来たの」

「ふむ……」


 何と答えたものか、鮮之助は押し黙る。

 今いるのが異世界であることは、既に確信している。


 削れば唐辛子のような粉末になる角を持つフグなど、鮮之助の知識にはない。それに、シェルメールが使っていた水を出す魔法。この短い時間でも、異世界を証明する情報は出そろっていた。


 だが、異世界から来たと素直に話していいものか。

 鮮之助はわずかに思案して、口を開いた。


「遠くの国だ。まったく文化が違う、な」

「まあ、文化は違うよね。特に食文化」

「よくわかったな」

「誰でもわかるよ……?」


 自明の理であった。


「島によって全然文化違うし、そういう島もあるのかな……? えっ、鮮之助みたいな人がたくさんいる島とかヤバそう」

「さっきまで美味しそうに食べてたのに、随分な言い様だな、シェリー」

「それとこれは話が別ですー。とにかく、早く探索するよ。今日中に終わらせて、船の修理までしたいんだから」


 しゃがみ込んで野草や木々の観察をする鮮之助を、シェルメールがぐいぐい引っ張る。

 さっきまではハイテンションだったが、今の冷静で余裕のある姿のほうが素なのだろう。さっきは鮮之助へのツッコミで忙しかったのと、角フグのあまりの美味しさに感動していたせいだ。


「まあ、いいだろう。植物の検証を始めたら一日では終わらん。せめて生活の基盤を整えてからだ」

「諦めてくれてよかったよ……」

「俺が満腹で命拾いしたな」

「あなたが、ね? もう少しで置いてこうと思ってたよ」


 やれやれ、といった様子で鮮之助が歩きだす。だがその目はしきりに植物を追っており、未練たらたらなのが丸わかりだ。

 とはいえ、野草の類は判別が難しく、毒も多ければ美味しいものも少ない。余裕のない時に食べるものではないだろう。


 さすがの鮮之助でも、日本や海外の国で片っ端から野草を食べていたわけではもちろんない。


「鮮之助に会う前にぐるっと外周だけ回ったけど、あんまり広い島ではなかったかな。探索はすぐ終わると思うよ」

「それはよかった」

「後は手つかずの遺物があればいいけど……」

「美味しいといいな」


 鮮之助はさほど興味なさそうに適当に相槌を打ちながら、シェルメールの後ろをついていく。


 彼の意識はシェルメールの話ではなく、周囲に美味しそうなものがないかに集中している。筋金入りである。


「この辺りの諸島は旧人類が住んでた記録があるし、伝説級は難しくても古代級の逸品くらいは出てきてもいいはず……」


 シェルメールも真剣だ。

 トレジャーハンターだというくらいだから、遺物を見つけることで生計を立てているのだろう。

 船が壊れ遭難したという状況でも、ピンチをチャンスに、というわけだ。


 だが、未開の島というのは人間には過酷な環境で……それが異世界ともなれば。

 その危険性は跳ね上がる。


 ピピピピピ。時計がまた、アラートを鳴らした。


『危険度の高い生物の接近を検知しました。ただちに逃げてください』

『測定中……危険度:125』

『参考……訓練された成人男性の危険度:10』


 時計に流れる文字。それを読んだ直後。


「ふむ、もう手遅れのようだな」


 枝葉が揺れる音。

 高速で擦れる羽音。

 カチカチという警告音。


 木々の間から現れたのは……人間の子どもほどのサイズの、巨大な蜂だった。


 凶悪そうな顔に、人間など一ひねりで殺せそうな大きな牙。そしてなにより、ぽたぽたと毒が滴る太い針。

 一目見て危険だとわかる生物だった。


 だが、蜂を見た鮮之助とシェルメールは……嬉しそうに笑っていた。

 シェルメールはパチンと指を鳴らし、鮮之助はじゅるりと涎を垂らす。


「ビンゴ! 魔物がいるってことは遺物がある可能性大だね」

「異世界の蜂の子……ククク、ぜひ食べてみたい」

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