第2話 日本人、異世界に歓喜する

 味神みかみ鮮之助せんのすけは、気がつくと砂浜にいた。


「ここは……?」


 辺りを見渡す。


 見えるのは砂浜と海、それから生い茂った植物だけだ。


 鮮之助が立っているのは砂浜は、弧を描くように長く続いていた。

 先端は木々に隠れて見えないが、島か半島だと判断した。


 植物は南国の島に見られる形が多い。だが、どれも見たことがない植物だった。

 北半球だろうと南半球だろうと飛び回っていた鮮之助が知らないとなると、まだ世界は広かったということだろうか。


 少なくとも、植生から場所を特定するのは難しそうだ。


「いや、そもそも俺は玄関から出たばかりだったはずだが……いや」


 そういえば、と懐から一枚の手紙を取り出す。


『食材ハンター 味神鮮之助様

 未知の食べ物を追い求めるあなたに、相応しい場所があります。

 まだ見ぬ食材に出会いたければ、そして今の生活を捨てる覚悟かあるなら、ぜひお越しください。

 万全の準備の上、家を出るようお願いいたします。

 P.S.ささやかながら贈り物をご用意しました。

 現地に到着したら手首をご覧ください』


 自宅に届いたこの手紙を見た瞬間、考えるまでもないと鮮之助は準備を始めたのだった。


 未知の食材。それは鮮之助にとって、なによりも魅力的な言葉だったから。


 彼を釣るのは簡単なのである。


 いつものバックパックを背負って玄関を出たら、次の瞬間にはここにいた、というわけだ。


「手首……?」


 まだ見ぬ食材に気を取られて、よく読んでいなかった。


 左手首を見てみると、そこには付けた覚えのない、いわゆるウェアラブルウォッチ。四角い液晶の時計があった。


『ようこそ異世界へ。あなたを歓迎いたします』


 視線を向けると、そんな文字が表示される。


『私は異世界時計。あなたの活動をサポートいたします。なお、味神様がご存命の間は破損することはありません』


 手紙に書かれていたささやかな贈り物とは、この時計のことだろう。


『最低限の生活を保証するため、機能を追加いたします。【自動翻訳】【毒物判定】【危険度測定】」


 続いて文字が流れる。


 画面が小さいうえにすぐ流れるから、読むのが大変だ。


「異世界……だと?」


 首を傾げる。


 鮮之助とてフィクションの類をまったく知らないわけではない。


 年の半分も滞在していないとはいえ彼も日本人。詳しくはないが、その手のファンタジー作品はいくらか知っている。


「つまり、地球とは異なる世界ということか。……それは……」


 だから、内容は比較的すんなり理解できた。


 だがその手のファンタジーは、物語の中だから楽しめるのである。

 実際に違う世界に飛ばされたとあれば、困惑するのが普通だ。


 ましてや、いわゆる異世界もののファンタジーのような強力な能力ではなく、与えられたのは本当に最低限のものだけ。


 さすがの鮮之助も絶望を……。


「知らない食材がたくさんありそうだな!」


 絶望を……まったくしていなかった。


 そう、彼は未知なる食材を出会うためなら身一つでジャングルに飛び込む変人なのである。


 元より、日常に執着はない。


 美味しいものが食べたい。

 知らない食材に出会いたい。


 彼の欲求はそれだけだ。


 異なる世界。

 ということは生物も植物も違うだろう。


 どうりで、植生に見覚えがないわけだ。

 とはいえ近しい植物も見えるので、ある程度の常識は通じそうだとアタリをつける。


「くくく、そうと分かればさっそく探索だ」


 ワクワクが止まらないとばかりに、ニヤニヤと口角を上げる。


 鮮之助は、すでに食材のことで頭がいっぱいだ。




「わお、私以外の遭難者発見」


 そこに、声を掛ける者がいた。


「現地民か。ここらでしか取れない食材があれば教えてほしい」


 開口一番に聞くことではない。


 だが、鮮之助の表情は真剣そのもの。無駄にキリッとした表情に、話しかけた人物はたじろぐ。


「あ、あはは。私はシェルメール。ここ、ただの孤島で私も遭難中だから、よく知らないかも?」

「そうか……」


 鮮之助はがっくりと肩を落とす。


 シェルメールと名乗ったのは、年若い女性だった。

 鮮之助は現在二十四歳。それよりは五つほど年下だろうか。


 服装は薄手のシャツと短パンのみで、プラチナブロンドのボブカットが太陽を反射して美しい。


「……ていうか、私も絶賛食べ物を探してるところなんだ。船も壊れて積荷は流され、修理しようにもお腹が空いて動けないという状況でして」


 シェルメールは、あはは、と乾いた笑いを漏らしながら頬を搔く。


「せめてお腹を満たそうと釣りをしても、釣れたのはこれだけ」


 彼女はタルで作った即席の桶の中を、鮮之助に見せた。


 中にいたのは、数匹の魚……。


「残念ながら、猛毒の魚なんだ」


 その魚を見た瞬間、鮮之助は目を見開いた。


 なぜか角が生えていたりするが、見知った魚に似ていた。


「フグじゃないか!!」


 歓喜の声を上げた。

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