旅立ちは疑念と共に

 魔族がいなくなった事で、冒険者はこの町での大稼ぎが出来る仕事を失った。

 町を去る冒険者も居れば、仕方なく、洗濯や買い物の手伝いをする冒険者のチームもある様だった。

 私たちに話をしてくれた冒険者のチームも、今は鎧の検証や、軍の手伝いをしているらしい。


 そんな中で、新王の即位の発表があった。

 あの王様代理、とうとう本物の王様になったんだ。

 先代の王からの引継ぎ期間に、魔族の一掃なんていう実績を手に入れた新たな王に、誰も文句はない様で、城下町は祝福ムードに溢れていた。

 冒険者たち以外はね。

 そんなある日、私たちはセフィアを通して城に呼ばれた。

 メイは相変わらず緊張しているし、リオンはぼーっとしている状態で、セフィアに案内されて玉座の間に入る。


「よく来たな、今回の功労者たち」


 即位したばかりの元・王様代理は、鎧が新しくなっていた。

 サイトゥルがつけていた、あのとぅるんとぅるんな鎧よりも何倍も輝かしい色をしていて、目に悪い。


「まぶし…あんた、それどうにかなんないわけ?」

「新王たる俺に向かって、その口の聞きかたか」

「悪かったわね、品性のカケラもなくて。けど、そういうの、あんたにとってはんじゃないの?」


 私がそう言うと、王様はげらげらと笑い出す。

 それはもう、あまりにも面白いものを見たと言いたげに。

 目じりに涙まで溜めちゃって。


「ああ、そうだ、お前はそうこなくてはな。いや、本当に面白い。そして礼を言うよ、ハイシア・セフィー。お前は正しく新しい風をこの国に吹き込んだ」

「そ。思った通りになったって言われてるみたいで、なんかムカつくけど」

「そうだ、俺の思った通りになった。軍力を使わず、魔族を一掃する。それだけに留まらず、まさかあちら側から交渉まで持ち込んでくるとは、はは、本当にお前は面白い」

「交渉?それって、あのよくわかんない羊皮紙の事?」


 セフィアに見せてもらえなかった羊皮紙は、私が思った通り正式な書状の様で、王様は笑いながら頷いた。

 お腹を抱えて笑うし、何なら笑いすぎだし、この人、本当はただ笑いのツボが尋常じゃなく浅いだけの人なんじゃないだろうか?

 そんな疑問さえ湧いてくる。


「あれにはな、外に出て彷徨っている魔族を、あちら側に生かして引き渡す契約の様なものが書かれていた。正式に俺がサインをすれば契約は成立し、今まで討伐を行っていた冒険者は、魔族を殺さず生かして捕縛し、引き渡しの地点まで連れて行くという仕事が出来る」

「軍ではやらないの?」

「やらん。軍はこれから忙しくなるだろうからな」

「忙しくなるって?」


 どういう事かと聞けば、笑っていたはずの王様は急に真面目な顔になる。


「この契約に俺がサインをするという事は、このデイスターニア国では、魔族と一歩、対話をはかるという事になる。考えてもみろ、今まで民が虫同然の様に扱っていた相手だぞ?反乱がおきないとでも思うか?」

「…人間が愚かしいって事はわかった」

「ああ、そうだ。変化の風を吹かせるという事は、そういう事だ。だがお前のおかげで、魔族をどう一掃したのかという事実も伝えることが出来る」

「最初から言えばいいじゃない」

「切り札は、勝負所で切るものだ」


 得意気にそう言った王様に、私はただ「ふーん」とだけ返す。

 確かに、セフィアも含めた何人もの軍人が見ていたともなれば、状況説明だけでも十分な説得力になる。

 妄言だなんだと言う相手に、じゃあ集団で妄言を吐いてるのか、集団で白昼夢でも見たのかなんて言えそうだ。


「人間には国が幾つもあるからな。その一部だけだというのをあちらが理解してくれるかが問題だが。まさか魔族とのやり取りが初めての外交になるとは思いもしなかった」

「…大丈夫じゃない?多分、ちゃんと話せばわかるやつだと思うよ、今の魔王も。まあ、魔力はバカにならないし、何年も眠った軍人もいたけど、それを蒸し返さなければね」


 私の言葉に、王様は目を見開く。

 が、またお腹を抱えて笑った。


「お、お前は、俺を笑い死にさせる気か?はぁ…本当に。いや、だが、お前が言うとそんな気がしてくるのが不思議だな」


 そりゃあ知ってるし、私のお願いを聞いてくれて、あの二人の魔族も多分ランが手配してくれたんだろうし、気まぐれの慈悲とか言ってたけど、本当はそんなんじゃないだろうし。

 なんて、口が裂けても言えない事だ。


「で、お前たちはこれからどうするのだ?まだ暫くはデイスターニア国に居るのか?」

「まっさか。準備が出来たらとっととエルフの領域に行くわよ。お母さんの事、聞かなきゃいけないし。そうしたらお父さんの事とか、その仲間の事とかわかるだろうしね」

「父親と母親か?何故また」

「こっちにも色々あんのよ」


 そう言って肩をすくめると、王様は、それ以上は聞かないつもりの様で「そうか」とだけ返してきた。


「私が吹かせた風、せいぜい長くもたせなさいよね」

「もちろんだ。前途は多難だろうが、これを維持させるのは、俺の役割だからな」


 王様らしくない、真面目な、けれど前を向いている顔だった。

 ガラス玉の様な目には、未来だけが映っている様に見えた。

 もう退屈は何処にもない。


「じゃあね、王様」

「ああ、またな、新しき風を呼び込む勇者」


 そんな風に言われたのは初めてで。

 初めて誰かに言われる『勇者』という言葉に、誇りを持てた気がした。

 けど、悔しいから絶対そんな事を言ってやるものかと思いながら、ひらひらと手を振って、玉座の間を出る。

 メイはやっぱり卒倒しそうだし、リオンはぼーっとしている。


「は、ハイシア、良かったね、不敬罪で捕まらなくて…」

「捕まっても逃亡するわよ」

「まったく、あなたは本当に、そういう所も相変わらずですね」


 後ろからついてきたセフィアに「まあね」と返す。

 道すがら、冒険者たちを見かけた。

 おじいちゃんやおばあちゃんの買い物の手伝いをしている様だった。

 あるいは鎧を着て魔法攻撃に対する耐久度の検証をしているのか、仲間に魔法を打たせている者も居た。

 近くで見れば見る程、冒険者という個性スキルを持つ人間の多さに驚いた。


「…冒険者って、本当に、魔族を討伐するための個性なのかな」


 そんな疑問を口にする。


「そもそも、私たちの持つ個性とは何なんでしょうかね。生まれた時からあって、それぞれに与えられている。けれどその通りに生きる事のない人々もいる。一体、何なんでしょう」


 セフィアの疑問に答えられる者は、誰も居ない。

 リオンでさえ、私たちでも見てわかるほど何かを考えている。


「人類の祖とも言われる、天神族てんじんぞくであれば、知っているかもしれませんが」

「天空の国、ねぇ…」


 本当にそんなものが存在するんだろうかと思うけど、ちゃんと存在しているんだろう。

 私たちが知らないだけで。

 お母さんの日記には、確かにその記述がある。

 お父さんはお母さんと出会った頃、すでに聖剣を手にしていたらしい。

 その聖剣こそが、天空の国から帰った証だと書いてあった。

 残念なことに、どんな国なのかまでは書いていないけど。


「それより、あなた、いつの間に無言でシールドを使えるようになったんです?」

「ああ、あれ?」


 ゴブリンが私に攻撃を仕掛けてきた時、私が怪我を負わなかった理由である。


「あれね、私じゃなくてリオンの魔法だから」

「え?!リオンさん、あなた、狩人なのにそんなに凄い魔法を使えるのですか…」


 セフィアが驚いてリオンに視線を向けると、リオンは、らしくもなくピースを返す。

 あのぼんやりとした顔で、だ。


「ハイシアの、魔法基礎、見てる。先生だ」

「多彩なのですね…驚きました」


 セフィアは、リオンがダークエルフだと見た目で分かっていても普通に接していた。

 まあ、そこがセフィアやメイの良い所なんだけど。


「メイ、あなたも高純度の薬剤を作れると聞きました。せっかくですから、魔導の勉強もしてみたらどうですか?きっと、旅の中で役に立ちますよ。薬も作れて魔術も使えるなんて言われたら、軍だってスカウトもしたくなります」

「え、え?!」


 急に話を振られたメイが慌てふためく。

 そして次第に、はにかんだ笑みを浮かべた。


「そう、かな…あのね、私、冒険者さん達にお薬を褒められて、ちょっとだけ、自分の作るお薬に自信が持てたんだ」

「だったらなおのこと、出来ることを増やしてみるのも良いかもしれません。薬師として極めながら、魔導の勉強もする。幸い、リオンさんも魔術が使えるようですから」

「言われれば、みる」


 リオンものったのか、そんな事を言い出す。

 メイは頬を赤くしながら「前向きに考えてみるね」と言っていた。

 自分がお礼と言って差し出した高純度の薬が、冒険者四人組を圧倒させたこと。

 それがメイの自信につながった様だ。

 貴重なものだって思っていたけど、メイにとっては、自信を得られたことが何よりの対価なのかもしれない。


「ちょっとー!そこのあんたたちぃ!」


 後ろから突然、大きな靴音と共に呼び止められて私たちは揃って振り返る。

 一体何事かと思いきや、集落で話を聞いたおばさんが勢いよく私たちに向かって走ってきた。

 いや、一体なにごと?と思う間もなく、おばさんは私とリオンを押しのけてメイのところまで来ると、メイの両手をがしっと掴んだ。


「あの栄養剤、まだあるかい?!あれを使ったらい~い実が生ったんだよ!それで仲間内に聞かれたから話したんだけど、あれ凄いね、どこで買ったんだい?いくらだったんだい?!」

「え、えっと、あの」


 凄いのはあんたの勢いなんじゃないの?おばさん…

 いきなり人に詰め寄られるなんてメイは初めての様で、対応に困っているみたいだった。

 見かねたセフィアが、すっと間に入る。


「あんた、この子のお姉ちゃんかい?」

「ええ。彼女は私の妹です。木の実の栄養剤という事でしたら、恐らくあなたに差し上げたのは、彼女自身が作ったものでしょう。彼女の師は、薬師である母ですから、ご入用であれば、軍に申し出ていただけますか?母が店を構えるヘントラスから取り寄せます」

「ああ、良いのかい?それじゃあ頼みたいんだけど」

「所定のお手続きが必要ですので、後ほど、兵士を一人向かわせます。そこで、集落全体での必要数を申し出てください。値段については、後ほど兵士に伝えます」

「そうかい?じゃあ、頼んだよ!」


 おばさんはそう言うと、まるで嵐の様に去っていった。

 メイに「頑張るんだよ!」という一言も添えて。


「あ、ありがとう、お姉ちゃん…私、どうしたら良いか分からなくて」

「良かったですね。メイが作った薬、喜んでもらえた様で」


 間に割って入ったセフィアは、まさしく軍人の顔をしていたが、メイに向いたセフィアは、妹の成長を喜ぶ姉の顔をしていた。


「手慣れ過ぎじゃない?」


 その切り替えの良さに口元を引きつらせる私に、セフィアは「そうですか?」と言う。

 いや、手慣れ過ぎている。

 軍の兵士はそういう事も仕事として請け負っているのか。

 他国からの輸入はもちろん、ああしておばさんが、わざわざメイを探してくるという事は、他の村でないと売っていない様なものもあるんだろう。

 そういったものを、軍はまとめて輸入する手続きを行っている様だ。


「自信、大事だ」


 リオンがメイに、ぽそっと呟く。

 メイもそれが聞こえたのか、またはにかんだ。

 チャーリーに自慢してやることが、また一つ、増えたわけだ。


「ハイシア」

「ん?」


 セフィアに呼び止められて、私は振り返る。


「これから先、この国は恐らく動乱を迎え、最悪、他国を巻き込んで混沌とするでしょう」

「ああ…ね」


 セフィアが、真剣な顔をして私に言う。

 セフィアの言う通りで、あの王様がどこまでやれるのかは分からないが、きっとそうなるし、王様もそれを見込んで動くつもりでいるはずだ。


「あなたは、国の意図に巻き込まれないように気をつけなさい。今回は、王があなたと同じ考えを持っていると、共通の知り合いである私が居たから引き合わせました。もちろん、危険性を加味したうえで。ですが、ここから先はそうはいきません。あなたの噂はたちまちに広がるでしょうし、あなたを抱え込もうとする者も出てくるかもしれません。ですが――」

「ねえセフィア」


 セフィアが私を心配して、そう言ってくれているのは理解が出来る。

 寧ろ、国に仕える騎士だからこそだ。

 近くであの王様の苦労を見てきたのかもしれないとも思う。

けど。


「私が面倒くさい事嫌いなの、知ってるでしょ?なんたって、メイに「面倒くさがりな勇者」なんて言われるんだから」

「ええ、知っていますよ。ですがあなたはそれと同時に、何だかんだと、放っておけない事には首を突っ込む。面倒くさいと言いながら、自分に降りかかる最悪の面倒くさい事を避けるために、敢えて小さな面倒くさい事に首を突っ込む。あなたは、そういう人でしょう」


 そう言われると、心当たりがある。

 ぐうの音も出ない。


「大丈夫。俺たち、居る」


 リオンがそう言うと、メイも「わ、私もいるから」と名乗り出る。

 セフィアはその光景に、安堵のため息をついた。


「確かに、賢いメイと、何かと見識も広そうなリオンさんがいれば、安心ですね」

「ねえちょっと待って、私、手のかかる子供だと思われてない?ねえ?」

「ええ、あなたは手のかかる子供でしょう。王に謁見して二言目には王の手の平で転がされていましたし」


 真顔で突っ込んでくるセフィアに、思い切り叫んでやりたくなる。

のせる方が悪いんだってね。


 何にしても、今回の事でまた、向き合うことが増えたのは確かだ。

 サイトゥルの事とか、これからの魔族とデイスターニア国の関係とか。

 だから今は、考えないでおこうと思う。


 ぼんやりとして、どこを見ているかも分からない様でいて、一番を見ている、魔法基礎・実技部門の先生の事を。

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