それが今の、人間社会

 冒険者たちが待ち合わせ場所にやってきたのは、お昼になってからだった。

 指定した待ち合わせ場所は、私たちが使わせてもらっている宿屋の二階にあるスペースだ。

 勿論、店主に許可もとってある。


「お前たち、国の要人か何かだったのか…」


 やってきて早々、冒険者たちは口をあんぐりと開けた状態になった。

 男の言う通り、一応、そういう事になるらしい。


「あんまりそういう言い方されたくないの。すごく癪」


 あの王様代理の手の内って感じが特に。

 セフィアに一等良い宿を、と言っていた時点で気が付くべきだったのかもしれないけど、王様代理がそう命じてとらせた宿なんだったら、それはつまり、になるわけで。


「で…俺達に用って?」


 男の後ろに、魔導士二人と狩人が控えていた。


「そこの三人も座ったら?」


 私の言葉に、三人は顔を見合わせてからそれぞれ腰を降ろした。

 食事をとるための長テーブルはちょうど八人掛けで、一つ席が余る状態だ。

 冒険者って、代表以外は座っちゃいけないとか、そういう変なルールでもあるわけ?

 そんな疑問を持ったけど、話がそれるし口には出さないでおくことにした。


「冒険者の個性スキルって、なに?」


 唐突に聞く私に、目の前の男は、やはり口をぽかんと開けた。

 そして次第に笑い出す。

 こっちは真剣に聞いているっていうのに。


「お、おまえっ、いきなり何を聞いてくるのかと思えば!冒険者の個性ってなに?って、冒険者は冒険者だろ!」

「で?何でもする人の事を冒険者って呼ぶわけじゃないでしょ。ただ依頼をこなすだけなら、別に冒険者でなくても良いじゃない。冒険者である必要もないんじゃない?」


 軍の兵士の洗濯物の手伝いや買い物の手伝いなんて、それこそ、冒険者という個性を持った人間でなくても出来る事だ。

 それをわざわざ冒険者に頼む意味がわからない。

 そういう仕組みの中で生きているからと言われればそれまでかもしれないけど、その事に納得して冒険者として生きる意味が、理解できない。


「ああいうのは冒険者としての経験を積んでない奴がやる事だ。冒険者の最終目標は魔物の討伐。それで金を稼いで暮らす事」

「じゃあ、あんたもそうなの?」

「当たり前だろ。ここ最近は魔物の動きが活発じゃないから大型の魔物の討伐依頼はないが、そんなのがありゃあ、俺なら喜んで受けるね」

「どうして?」

「どうしてって、それが冒険者としての誉だからだろ」


 わけのわからない事を聞く、と言いたげな目をされる。

 私はそれでも、男を睨み返した。


「あんた、本当に城の要人か?それにしちゃあ世間知らずすぎやしないか?」

「うっさいわね。私は別に冒険者でもなんでもないの。で?魔物を倒すのが、冒険者の個性って事?」

「ああ。洗濯や近所の人間のお使いやらは、体力や精神力を鍛えるため。鎧の検証は、将来自分にあった鎧をどうやって選ぶかを学ぶため。そうして積み重ねてきたやつが、魔物の討伐に出向いてもんだよ」

「ふーん…」


 一応、雑用系の依頼があるのには理由が存在するという事は分かった。

 けど、魔物を倒すために冒険者という個性が存在しているという解釈は、どうにも腑に落ちない。

 命をかけてやることが、魔物の討伐。

 それも、そうである事を誇りにさえ思っている。

 全然腑に落ちない。

 男は、面白おかしい話を聞いてくると思っている様だけど、答え自体は真剣に出してくれているから、少なくとも、この男にとっての冒険者というのは、そういう存在の様だ。


「あんた、冒険者じゃねえならなんだ?」

「さあ?」

「なんだよ、こっちばっか話してんじゃワリに合わねえだろ?」


 男だけじゃなく、話を聞いていた魔導士二人と狩人も私たちに興味はある様で、視線を向けてくる。


「あ、えっと…これ、お話を聞かせてくれたお礼に…高純度の魔力回復薬と、ポーションです」


 おずおずと、メイが小瓶を四つ差し出す。

 透明な、濃い緑色の液体がなみなみと注がれた瓶と、やっぱり透明で濃い赤い液体が入った瓶だ。

 差し出されたものを見た四人は、目を丸くする。

 魔導士二人は赤い液体の瓶に興味がある様で、瓶を手にとって、室内を照らしているランタンにかざして、くるくると、軽く小瓶を揺らした。


「本物の、高純度の魔法回復薬ハイエーテルよ、これ…」


 魔導士の一人が、驚嘆していた。

 狩人も、緑色の液体が入った瓶を手に取って目を見開いていた。


「これ、どうしたのかしら…どうやって手に入れたの?」


 魔導士の一人が、柔らかい声で尋ねると、メイは照れた様に笑った。


「えっと、作りました」

「薬師なのね。凄いわ、こんな一品、なかなかお目にかかれないのよ」

「あ、ありがとうございます」


 これだけ仲間に喜ばれる品を差し出されれば、男も、割を求める以上、私たちの事を詮索しなかった。


「本当に何者なんだ、お前ら…」


 一驚はしたけど、答えは求めてこなくなった。


 冒険者たちを返したあと、メイは、嬉しそうに笑っていた。

 自分が作った薬が村の外でも通用した事が、とても嬉しかった様だ。


「ごめんねメイ。あんなに貴重なもの、本当に出しちゃってよかったわけ?」

「え、うん。また作れば良いから、大丈夫だよ」


 ポーションひと瓶を作るのにだって相当な苦労を重ねていた頃からは、想像もつかないような返答に、私は口元を引きつらせる。

 いったい、村でどれだけの修行を積んできたんだろうか。

 考えれば考える程、想像に容易くない。


「ハイシア?」

「メイの努力出来る所、本当に尊敬するわ…私なら絶対無理」

「え?え?」

「メイは凄いって事」


 私の言葉に、メイは「そうかなぁ…」と、また照れた様に笑う。

 ここにチャーリーがいなくて本当に良かったと思った。

 居たら絶対煩かったに違いないから。


 少し遅めの昼食をとってから、冒険者ギルドで確認した魔物討伐の依頼を出した人が居るだろう場所に向かった。


 城下町より少し外側にある草地には、集落の様な場所があった。

 城下町から少し離れるだけで、町の賑やかな雰囲気からは想像がつかない程、静かだった。

 村の雰囲気とも少し違う。

 時間の進みがのんびりとしている気がするけど、そんな場所の近くに魔物討伐の現地があるなんて思いもしない。

 集落に使づいてみると、ちょうど、作業をしている人が居た。

 木に生った実を丁寧にもいで、腰に括った籠にそっと入れていく。

 作業を見ている事に気が付いたのか、視線があった。

 中年の女性だ。

 恰幅が良くて、ツバの広い帽子をかぶっていた。


「なんだい?もう討伐なら済んだだろう?」

「ちょっと、話が聞きたいんだけど」


 私の言葉に、作業をしていた女性は怪訝な顔をする。

 私たちの事を冒険者と勘違いした様だった。

 女性はリオンに視線を向けると、あからさまに嫌そうな顔をした。

 さすがにちょっと、むっとして睨み返した。

 言いたい奴には言わせておけばいいと思うけど、それは、こそこそとしている様な奴であって、面と向かってあからさまな態度をとられるのはまた別の話だ。


「…なんだい、話って」


 私の睨みに怯んだ女性が、今度は視線を逸らす。

 一応話してはくれるみたいだ。


「魔物の討伐って言ってたけど、冒険者ギルドに依頼を出したのはあんたなの?」

「そうだね。なんだい、冒険者ギルドの管理の人かい?それなら報酬は払ってあるだろう?」

「違うってば。ただ聞きたいだけ。別に冒険者ギルドの関係者でも何でもないから」


 むっとしたまま答えると、女性は「そうかい、じゃあ何なんだい?」と口にする。


「魔物の討伐って事は、何か魔物から害されて依頼を出したって事でしょ?何があったわけ?」

「何がって…あんた、よそから来たのかい?」

「そうだけど」

「はぁ…それじゃあ知らないのも無理ないのかもしれないけど、あたしらはね、この木の実で生計を立ててるんだよ。つまり、この果物一つ一つが金なのさ。それをあいつら、事あるごとに盗みやがってね」

「それで出したってこと」

「ああ、そうだよ」


 まるで忌々しいものでも語るかの様な目をする女性に、私は眉を寄せる。

 納得がいっていないのが知られたのか、女性の目はきつくなった。


「良いとこの出なのか知らないけどね、あんた、あたしらからしてみれば、これは生命線なんだよ。駆除を依頼して何が悪いのさ」

…?」

「葉が虫に食われたら、木が病気にならない様に駆除薬を撒く。それと一緒だろう」

…?」

「なんだい、あんた本当に」


 魔物は虫と同じって事?

 雰囲気の良い話は聞けないだろうと思ってはいたけど、まさかここまで聞いていて気持ちの良い話じゃないとは思ってもいなかった。

 胸の中がムカムカしてきて、眉が吊り上がる。

 女性も負けじと私を睨み返してくる。


「は、ハイシア…」

「ハイシア」


 後ろで見ていたメイが私の服の袖を軽く引っ張り、リオンが、肩に手を置く。


「…話し、聞かせてくれてありがとうございました」


 お辞儀をしてから、足早に私はその場を去る。

 メイが後ろで、慌ててその女性に「こ、これ、植物用の栄養剤です、使ってください!」と薬品を渡してる声がした。


 ここの周辺の魔族は、人間の暮らしに必要な物を盗んでいる。

 そして人間は、害を成す魔物を虫の様に扱って冒険者にを依頼する。

 冒険者は魔物を倒すことを誉として生きていて、そのお金で生計を立てている。

 それが今の、人間社会の常識なのだという事を、まざまざと見せつけられた。


――だからこそ、何かを変える必要がある


 変える必要がある?それはそう、大いに必要性を感じる。

 けれど、必要性を感じているのは私と王様代理だけで、それ以外の人間はそうではない。

 少なくとも、この王都の中心・城下町の人間は、作り上げられた人間社会の常識を疑いもしない。

 これが今の、私たちの世界なのだと言われている様な気がした。


――手を取り合えたらとも思ってた。けど、きっとそれは無理だ。


 ランの声が頭に響く。

 違う考えを持つこと、常識を蹴破って新しい事をするっていうのは、とても孤独な事なのかもしれない。

 らしくない。

 らしくないけど、今、凄くと思う。

 自分一人で全てを変えていく。

 誰の手も借りずに、なんて、あまりにも壁が高すぎて、心細くなる。

 ランが行きついた答えは、この寂しさの向こう側にあった答えなのだと思うと、どうしてか泣きたくなった。

 本当に、らしくない。

 お父さんが変えられなかった、出来なかった事。

 お父さんは、どんな気持ちでいたんだろうか。

 そんな後ろ向きなことを考えてしまう。


「ハイシア…」


 メイに呼ばれて、足を止める。

 振り向けば、心配そうに私に視線を向けるメイと、何も言わないけど、ぼんやりとした中に強い意思を持った視線を向けるリオンが居て。


「ごめん、なんかムカついた。虫とかそんな事いわれて、頭にきた。あの人たちにとっては、湖のスライムも、ランも、羽虫とおんなじなんだと思ったら、腹立って」

「ううん、しょうがないよ…その、私もちょっと、びっくりしちゃった」


 メイが苦笑いを浮かべた。


「これが、人間。人間社会だ」


 リオンが、感情のない言葉でそういう。

 だと言われるダークエルフも、似た様な扱いを受けてきたのだろうか。

 リオンはそれを知っていたからこそ、昨日、セフィアが見せたいと言ったものを私に見せるために、応じたんだろうか。


「どうする」


 ぼんやりとした目が問いかける。


「そんなのこれから考えるし。人間側の事情は分かった。だから、次はあっち側の事情を知る必要があるでしょ。面倒くさいけど、考えるのはその後にする」


 人間社会のルールをただ黙って呑み込むなんて、そんなお利口さんな事、私には到底出来やしない。

 ムカつくけど、一旦、今日聞いたことは事実としてあると思う事にして、私は歩き出す。

 メイとリオンが後ろからついてくる。


 一人で変えなきゃいけないなんて、きっと、そんなの嘘。

 私には、私の事を知る人がいる。

 ここにはいないシーアラも、セフィアも、そして一緒に旅をすると言ってくれたメイとリオンも。

 私には、ちゃんとんだと、そう、思う事にした。


 メイが出してくれた地図を見ながら、魔物が住処にしている可能性がある場所を、リオンに割り出してもらった。

 私が魔法基礎以外の座学全般、苦手なのは、結局村を出るまで変わらなかった。

 だから当然地図も、時間をかけないと読めない。

 その代わり、私は、冒険者ギルドの掲示板に張り出されていた依頼場所自体はある程度把握していたから、それで何とかなった。

 王都周辺を覚えるのでやっとだったのに、そこから居場所を割り出すとか、目的地まで何日かかると予測を立てるとか、難しすぎて出来やしない。

 一人で旅をするつもりだったけど、リオンとメイが居てくれて、心底助かった。


 地図で確認した場所は、集落よりも更に城下町から離れた場所にあった。

 川が通る、小さな森だった。

 城下町から少し離れただけで森がある。

 だけど、そこに人の姿はない。

 森に入って少し行くと、川の近くに人間とは違う影を見つけた。

 二足歩行ではあるけど小さい体に頭がやたら大きい。

 落ちた葉や枝を踏みながら歩いていたせいか、すぐにその影が私たちに気が付いて、動きを止めた。


「…に、ニンゲン…?どうしてニンゲンがここに…?」


 私たちに慄いているのか、声が震えている。

 かん高い声だった。


「は、ハイシア…あれって…」


 慄いていると言えばメイも同じだ。


「何を言ってるか、わかるか」


 リオンはいたって平常だけど、相手の言葉を理解しているのかしていないのか、私に聞いてくる。


「怖がってる。なんで人間がここに居るのかって」


 私が通訳をすると、メイは「そうだよね…いきなり来たら、びっくりしちゃうかも」と、そんな斜め上の感想を口にした。

 どうやらゴブリンの言葉を理解しているのは、私だけみたいだ。


「な、なにしに、来たんだ!ここにニンゲンは来ないって、父ちゃん、言ってたのに!」

「あんた、お父さん居るんだ。まあ、それもそっか」


 何も不思議なことではない。

 どうやって魔族が生まれるのかは知らないけど、自然に湧いて出てくるものでもないんだろう。


「俺の、言葉が、わ、わかるのか」

「まあね。そんな人間、私だけだろうけど」


 黒目はないけど、その白い眼が見開かれている。

 多分、前代未聞過ぎて驚かれているんだと思う。


「な、なにしに来たんだよ!」

「なにって、話を聞きに来たんだけど」

「は、はなし?!」


 ゴブリンの子供は混乱している様で、それ以上、距離を詰めることは諦めた。

 これ以上近付いて、余計混乱させても話は聞けないだろうし。


「ねえ、なんであんた達、魔族の領域に帰ろうと思わないの?」

「し、しるか!父ちゃんがここに居るって、決めたんだ!」

「ふーん…じゃあ、あんたは生まれた時からここにいるの?」

「そうだよ!悪いか!」

「別に悪いなんて言ってないでしょ」


 子供のゴブリンは、そばに置いていた棍棒を持って構える。

 けど、そこから一歩踏み出すことは出来なかったみたいだ。

 足も手も震えてる。

 昔、シーアラを前にして稽古をしていた時の私と少しだけ似ているなと思った。


 後ろから、枝を踏んだ音がした。

 はっとして振り返ると、そこには数匹のゴブリンと、小型のオークが、武器を構えて私たちを見ていた。


「あ、魔族か…あ~も~、驚かさないでよ。私たち以外の人間連れてきちゃったのかと思ったでしょ」


 後をつけられでもしたら大変だ。

 森に入るときに誰も居ない事を確認はしたけど、隠れていたら面倒だ。

 私がやりたい事の邪魔になるし、この森を侵してしまうことになる。

 棍棒を持ったゴブリンたちは、川のそばにいる子供のゴブリンよりもやや大きくて、恐らく、人間でいうところの成人をした者たちだ。

 子供の様子に、危険を感じてやってきたのかもしれない。


「何をしにきた、ニンゲン」


 子供のゴブリンよりも、こちらを警戒しているのが伝わってくる。

 白眼だけど、そこには、はっきりと、憎しみの様なものが浮かんでいる。


「べつに、ここを侵すつもりはないんだけど。聞きたい事があってここに来ただけだから」

「…言葉がわかるのか」

「わかりますー、そのくだりはもうやりましたー」


 話が前に進まないじゃないかと、つい、声を張った。

 ざわざわと、後からやってきたゴブリンやオークたちが互いに顔を見合い、どうするかを決めあぐねている様だった。


「あんたたち、なんで魔族の領域に帰らないの?集落にある果物を盗って過ごしてたって、冒険者たちに殺されていくだけでしょ?」


 私の言葉に、ゴブリンとオークがいっそう、鋭い目をする。

 こちらを殺してやろうかと言わんばかりの殺気だ。

 メイが私の後ろで縮こまると、リオンがすかさず守る態勢に入ろうとする。


「帰らないのではなく、帰れないのだ!村を通らなければならない。人間と違い馬を使う事も出来ない。俺たちの足で何日かかる?俺達にそれだけの食料も蓄えもあると思っているのか!」

「俺たちから生きる価値を奪ったのは、お前たち人間だろう!」

「そうだ!はるか昔にいきなり襲ってきて、それからずっとだ!」

「俺たちが魔族というだけで!どうしてそんな目にあわなきゃいけないんだ!」

「ニンゲンは俺たちからの恩も忘れて!」


 

 妙に引っかかる言葉に、眉を寄せる。

 人間は魔族に恩があるという意味なんだろうけど、そんな話、聞いた事もない。


「ごめん、どういう意味?全然わかんないんだけど」


 私の問いかけに、ゴブリンたちもオークたちも、人間に対する恨みを吐き続けた。

 人間は魔族に対して恩があるって言うけど、その意味を教えてくれそうもない。

 けど、人間から仕掛けた戦争だって王様代理も言っていたから、そうなるのも無理はない。

 今でも、どこかで同族が殺され続けているともなれば尚更だ。

 なおさら、なんだけど、みんなが口を開いて好き勝手に喋るものだから、何を言っているのか聞き取れない。


「もー!全員で一気に喋んないでよ!聞き取れない!兎に角!魔族の領域に帰れるなら帰りたいって事で良いの?!」


 思わず叫ぶと、今度は一変して、あたりが静まった。

 まるでさっきのざわめきが嘘のように静かで、あまりの温度差に凍えそうになる。


「言ったところでどうにかなるものか」


 一匹のオークが、そう口にした。

 さっきまで人間に対する恨みつらみを吐き出していたうちの一匹だ。


「確かにそうかもしれないけど。けど、やれるだけやってみようと思うんだけど?」


 私の言葉に、また、あたりが一気に騒がしくなる。

 「本当なのか」「人間の嘘に決まってる」「どうせ騙してるに決まってる」「いや、でも俺たちの言葉を理解しているし」とか、相談してる様にも聞こえた。


「また明日、ここに来るから。その時に返事ちょうだい。それだけ。はい、じゃあね、さよなら」


 メイとリオンに、行こう、と声をかけてから私は歩きだす。

 本当に私が手を出さない事に、川のそばでただ見ているだけだった子供のゴブリンは、白眼を真ん丸にしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る