運命を期する者
その日の夜、宿からサービスで夕食を出された。
メイはそれを少しだけ口にして、すぐに部屋に戻ってしまった。
多分、昼間の事がショックだったんだろう。
メイには刺激が強すぎただろうし、もともとメイは優しすぎるところがある。
スライムと一緒に遊んでいたあの頃よりも、物を知って、色んな事を学んできたつもりだ。
メイは私よりも頭がいい子だから、余計に色んな事を考えたんだと思う。
リオンはメイを心配そうに見送ったけど、私は、メイの背中を見てから、やっぱり同じように考えた。
夕食を終えて、宿屋の窓から屋根に登ってみた。
結構近くに屋根のヘリがあったから、簡単に登れた。
空には綺麗なお月様が出ていて、町ではまだ人が歩いている。
ヘントラスだったら、もう、恐らく誰も歩いていない時間だ。
城下町には兵士が多くいるから、それで安心して歩けるっていうのもあるのかもしれないけど。
いざとなれば、ここには冒険者のチームも数多くいる。
最初の砦であり、最後の砦だと言われたのも、なんとなくだけど頷ける。
「ハイシア」
いつの間にかリオンが屋根の上に登ってきて、私の隣に腰を降ろす。
「オマエ、今、考えてる」
「そりゃあ考えもするでしょ、あんなの見たら」
「どうする」
「知らない。面倒くさい」
深いため息を吐き出した。
考える事を放棄出来れば、それが一番楽なのはよく分かっている。
面倒くさいと口で言うのもすごく簡単だ。
だけど、そうは言えても頭の中は勝手に考えようとする。
やめようと思ってもやめられない。
「そもそも、なんでこんな場所の近くに魔族がいるんだって話でしょ」
「なら、聞けば良い。オマエ、それ、出来る」
そりゃあ、そうかもしれないけど。
今日の出来事は、頭では理解しているつもりだった。
スライムの様に友好的な魔族ばかりじゃないっていう事。
いざその事実を目の前に突きつけられて、どうすれば良いのかわからない。
聞いてどうにかなるのか。
魔族の方はどうにか出来るかもしれないけど、人間の方は厄介かもしれない。
何せ私には、シーアラが言う名声も地位も経験もないのだから。
人を動かせるだけのソレがない。
「迷うなら、従来の、勇者になれば、良い。考えなくて、済む。その道を選ぶのは、悪い事じゃ、ない」
「リオンってさぁ…ほんっと、よくわかってるよね、私の事」
従来の勇者になれば良いだなんて、随分なことを言ってくれる。
魔物を倒して、聖剣を手に入れて、ランも、倒す。
従来の勇者っていうのはそういう事だ。
「ぜっっったい、やだ」
「なら、考えるしか、ない」
そう言ったリオンは、珍しく意地の悪い顔をしていた。
「あんた、シーアラに似てきたんじゃない?」
「オマエには、負ける」
「そりゃあ、シーアラのもとで何年も稽古してきたし?」
似るのも当然というものだ。
「ちょっと、整理するの手伝ってくれない?」
「ああ」
その日、私とリオンは遅くまで、宿屋の屋根の上で現状の整理をした。
途中で宿屋の主人にバレて声をかけられるまで、ずっと。
ああでもない、こうでもないと言いう私に、リオンは頷くことが殆どだったけど、時折、口を出してはアドバイスをくれた。
***
翌日、セフィアに起こされて朝食をとる間もなく城に招かれた。
昨日の話の続きだという事の様だけど、そんな時間さえ惜しいと思えてしまった。
だって面倒くさい予感しかしないし。
利用されることがわかっていて、そう簡単に「はい分かりました。じゃあ、あなたが吹かせようとしている風を起こしますよ」となるわけがない。
昨日と同じように玉座に腰を据えている王様代理は、何が面白いのか私を見て口元に弧を描いてた。
対して、私は腕を組んでいる。
メイは宿屋で寝込んでいて、リオンはその付き添いのために、城には来ていない。
「で、今日はなに?私、今日忙しいんだけど」
「仮にも王の前でそんな事を言うのか?」
「次期でしょ」
私の言葉に、王様代理は、怒るどころか豪快に笑った。
王族らしくもない、歯を出して笑い声をあげる様な笑い方だった。
まあ、王族って言ったって人間だし、そういう所の一つや二つぐらいはあるんだろうけど。
「冒険者の仕事を見たようだな」
「だから何?」
「そう尖ってくれるな。これでもお前の事は高くかっているんだぞ?」
「そういうのは結構です」
面倒くさいことこの上ない。
王族に気に入られでもしたら、それこそ後が面倒くさいに決まっている。
「お前は、この国をどうしたいのだ?」
投げかけられた質問の意図が読めず「は?」と声が出た。
「勇者とは、国どころか人類そのものの運命を期する存在だ。何せ、長い事続いている魔族との冷戦での切り札の様なものだからな」
「そういう話なら、よそでやってくれる?」
「いやいや、当事者だろう、お前」
当事者だろうと何だろうと、人類の運命がどうのとか、そんな話はしたくもないと言っているのがわからないらしい。
先ほどから王様代理は、私を、心底飽きないとでもいうような目で見ている。
王様代理の娯楽提供機でもなんでもないんだけど、私。
「人類をどうとか、そういうこと考えてないから」
「なら、なぜ勇者として旅を?」
「王様代理には関係ないでしょ。はいはい、勇者としてちゃんと聖剣は手に入れてやるわよ。魔族の領域にも行きます。魔王をぶん殴って終わり。それで解決」
「それで解決、か…はは、お前は本当に面白い。それで解決なのであれば、何故、今の今まで一つたりとも物事が進展していない?先代や先々代、その更に前の勇者で魔族との睨み合いが終わらないのは何故だ?」
「…まあ、確かに」
先代――お父さんの事はともかく、お父さんよりも前の勇者と魔王との間にも戦いはあったはずだ。
それなのに、魔族はランの世代まで続いているし、勇者の
私とランの代に至るまでに、どうして、状況は変わっていないんだろうか。
考えた事もなかったけど、確かに王様代理の言う通りなのだ。
「不思議だと思わないか?まるで、永遠に終わらせないと誰かに言われている様ではないか」
「…」
「いい加減、うんざりしてくるものだな」
そう言った王様代理は、ガラスの様に冷めた目をした。
目ん玉がガラス玉で出来てるんじゃないかと思うほど、何もない、何も映し出さない様な目だ。
憂いているとも、悲しんでいるとも違う。
多分、本当に飽きているんだ、この人は。
「…あんた、何考えてんの?」
私が睨み上げると、ガラス玉の様だった目はまた感情を顕わにする。
楽しんでいる様だ。
微かに目元が柔らかくなる。
「面倒なことは終わりにしたいと考えている。それこそ、この国は兵力の国だ。魔族を根絶やしにするための技術もある。時間をかければそれだけの兵器も出来上がるだろう。だがそれでは先人の二の舞だ。何の意味もない」
「先人の二の舞?」
私の聞き返しに、王様代理は目を見開いて、そしてまたげらげらと笑い出す。
よくわからないけど、とりあえず、バカにされている事だけは何となくわかった。
「なんだ、お前、歴史の勉学は不得意か?」
「だいっきらいな分野よ。悪かったわね、頭悪くて」
ふん、とそっぽを向く私とは反対に、王様代理はお腹を抱えて笑い、何なら目じりを拭う。
ちょっと待って、泣くほど笑うってどういう事なの。
そう思ったけど、突っ込んだら負けな気がしてやめておいた。
「いや、そうか。知らないのか。最初に魔族へ攻め入ったのは人間だという事を」
「…そ」
何となく座学で教えられた気はするけど、それも右から左だ。
殆ど記憶にない。
「勇者と魔王という存在がいつから居るのかは今でも分かっていない。だが、それとはまったく無関係に、人間が魔族に戦争を仕掛けたのが、この冷戦の始まりだ」
「自業自得じゃない。それで魔族にビビってんの?で、やられる前にやってやるって?愚かしいったらない」
「ああ、そうだ。愚かしい。人間と言う生き物は愚かしいんだ。俺も、お前も含めてな。だからこそ、何かを変える必要がある」
「変えるためなら、武力行使も致し方ないって?」
「いや、それは最終手段だ。お前という存在がどうするのかを見てから決断しても遅くない」
勝手に人に国の方針を委ねるのはいかがなものかと思うものの、言ったら言ったでやっぱり面倒なことになりそうだから、それ以上は言わなかった。
「セフィアがお前に冒険者の仕事を見せたのは、本当にたまたまだった。だが、それでお前がどうするのかを見てみたくなった。せいぜい、面白い事をしてくれ」
「はぁ?誰も面白いことなんかしないから。じゃあね、王様代理。もう一生会いたくない」
「俺はもう二度くらいは会いたいがな」
一生この場所には、呼ばれたって来てやらないと固く誓って、私は城を出た。
面白い事をしてくれだなんて、よく言えるものだ。
あのふてぶてしさがあるからこそ、王としての度量があるのかもしれないが、人が真剣に考えている事を利用しようとする所も、自分は高みの見物しますってスタンスも、気に食わなかった。
一度、真っ直ぐと宿屋に戻った。
寝込んでいるメイの体調が心配だったし。
セフィアが用意してくれた宿の店主は、相手によって服装や話し方を変えている。
敬うべき相手なのであればそれなりの恰好をして、それなりの態度で受付をするけど、私の様な旅人相手ともなると、服装は村の人が着ていた様なものだった。
仰々しいのも敬われるとかいうのもむず痒くてしょうがないから、店主の接し方は正直ありがたい。
「お嬢ちゃん、お前さんのお仲間なんだが、少しなら飯も食えそうだったから野菜スープを出しといたけど良かったか?」
「ありがと店主」
店主にお礼を言ってから階段を登って、貸してもらってる二階へと移動した。
部屋に行く途中に、グループでご飯が食べられるスペースがあって、昨日の夜もサービスでそこに夕飯を出してもらった。
スペースまで行くと、メイとリオンが座っていて、店主の言う通り、テーブルにはお皿が置かれていた。
「メイ、大丈夫?」
「ハイシア…あの、ごめんね…」
申し訳なさそうにするメイの隣に座る。
お皿の中は空っぽになっていたから、食欲は戻ってきているみたいだった。
「何言ってんの。メイが謝ることじゃないでしょ」
「でも…」
「話で聞くのと、実際に目で見るのとじゃ全然違う。私もね、ショックを受けなかったわけじゃないの」
「…うん」
「何が変えられるかなんてわからないし、何が出来るかも分かんない。それにあの王様代理の思うようにするのもイヤ。けど、私たちには、やりたい事があるの」
そうでしょ?とメイに言葉をかける。
「うん」
深く頷くメイに、私も頷き返した。
「今日は動けそうなら、一緒に来る?」
「い、行く…置いてけぼりになんてしないで?」
弱ったメイが、寂しそうに私を下から見上げる。
こんな姿、チャーリーが見たら何を思うのか、なんて考えて、村に戻ったらチャーリーに自慢の一つでもしてやろうかとさえ思えた。
「しないわよ!」
黙って見ていたリオンも深く頷く。
ぼんやりとした目をしているけど、その中に、芯の様なものが見えた。
「じゃあ、決まりね。私も朝ご飯食べたい!リオンは?食べたの?」
「食べた」
「そ。じゃあ、二人は先に準備して待ってて」
立ち上がり、もう一度店主に声をかけてから軽めの朝食を準備してもらった。
朝早くから王様代理に呼ばれて、ようやく朝食。
食べ終えたら…
と、あれこれ考えながら、用意された朝食を口に運んだ。
朝食が終わって全員の準備が整ったのは、午前十時過ぎ。
宿屋の店主に出かける事を伝えてから外に出ると、既に町は賑わっていた。
昨日とはまた違う兵士数人が鎧屋に入っていったり、武器屋に入っていく。
冒険者は皆同じ方向に進んでいってるから、多分、冒険者ギルドに向かってるんだろう。
「どこから、行く」
リオンの言葉に、一つ頷く。
「まずは冒険者ギルドからね。昨日の冒険者が居ると良いんだけど」
「冒険者ギルドに行くの…?」
「ああ、メイには話してなかったね」
冒険者ギルドに向かいながら、今日の予定をメイに説明していく。
「まずは冒険者ギルドね。魔物討伐を受ける冒険者に直接話を聞くのよ。何で魔物討伐の依頼を受けたのかとか、そもそも、冒険者の
「冒険者の個性…」
「そ。それから次に、依頼を出した人に話を聞くの。何でその依頼を出したのかとか、魔族の事をどう思っているのかとか。正直、あんまり良い空気の回答じゃないんでしょうけど。そして最後に、魔族に話を聞く」
大雑把な説明にも、メイは頷いて、「わかった」と答えてくれた。
冒険者ギルドは昨日と変わらずそれなりに人がいた。
どこもグループの様で、何人かで固まっていたり、掲示板の前ではグループの代表者らしき人が受ける依頼を選んでいる。
昨日の冒険者グループは居るかと探してみたけど、まだ来ていないのか、それとも今日は休みなのか、冒険者ギルドには居なかった。
仕方ないから、魔物の討伐依頼が出ていないか掲示板を確認しに向かった。
貼り出されている依頼は、軍の兵士の洗濯物の手伝いとか、昨日と変わらず鎧の検証依頼とか、そんなのが多い。
金額が大きいものを探して依頼内容を確認していくと、いくつか魔物討伐の依頼が出ていた。
依頼は同じ人から出ている訳ではないようだったけど、指定されている位置は似たり寄ったりの場所だ。
掲示板を眺めていると、ぬっと後ろから手が伸ばされて、見ていた討伐依頼の内容が書かれた紙を引っ張る。
後ろに振り返ると、さっきまでは居なかった昨日の冒険者が、紙を手に私の後ろに立っていた。
「よう、また会ったな。新人か?悪いがこれは俺が貰っていくぜ」
「それは構わないけど。それより、あんたに用があるんだけど」
「は?」
「その依頼を終わらせてからで構わないから、少し話を聞かせて」
冒険者の男はぽかんと口を開けた後「ああ、良いぜ。俺達の任務を邪魔しなきゃな」と答えてくれた。
待ち合わせ場所を指定して、私はメイとリオンを連れて冒険者ギルドを出た。
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