冒険者ギルドと冒険者
城を出るまで、メイの動きはまるで機械仕掛けの人形の様だった。
今にも泡拭いて倒れちゃいそうだなって思ったけど、相当緊張してたみたいで、セフィアに案内された宿に到着して、ようやくメイは。
…泣き出した。
「も、もう!わ、わたし、ほんとに、」
「ご、ごめんって!つい…ね?」
「ね?じゃないの!ね、じゃない!」
あんなにピリついた空気、メイが、慣れているわけがない。
私はシーアラの圧を浴び慣れているから平気でも、メイは普通の、薬師を目指す女の子だ。
だから人一倍緊張していたのも無理はないんだけど。
今度は私が慌てふためく番になってしまって、メイを泣き止ませるのにセフィアの力まで借りた。
セフィアに頭を撫でられて、ようやくメイが落ち着きを取り戻した頃、リオンが部屋に入ってきた。
まだ太陽は空のてっぺんにある。
多分、これからどうするのかを聞きに来たんだと思う。
「ハイシア・セフィー…あなた、次メイを泣かせたら承知しませんよ?」
「ご、ごめんって、セフィア…あ、あはは…」
セフィアに詰め寄られて浴びせられた圧の方が、正直、城の中での緊張した空気よりもきついと思うんだけど。
誤魔化す様に笑う私に、セフィアは呆れまじりのため息を漏らした。
「まったく…相変わらずの度胸ですね、あなたは。あと、悪知恵に磨きがかかった気がします」
それは確実に、悪い大人が剣の師匠だった影響だ。
けど、それを口にするとセフィアの中のシーアラ像が壊れる気がしたからやめておいた。
「あれが、今の、王か」
リオンが聞くと、セフィアは首を横に振った。
「正式にはまだです。現王がお歳を召されていますからね。今はその引継ぎ期間の様なものなんですよ。あの方は、次期王にあたります」
「ふーん…人類ってやつの割に、随分尖ってるんじゃない?あの人。私の話を聞いても面白いって言うし」
「正直、ハイシア、あなたと同じかそれ以上に尖っていますよ。実際のところ、尖っているというより、新しい風を取り入れたいのだそうです」
ふーん、とだけ返して、窓の外を眺める。
一等良い宿と言うだけあってベッドはふかふかだし、一人ひと部屋借りて良いとか言うし、景色も良い。
宿の前の道には、鎧を着た人が行き交っている。
任務時間というよりは、休日を楽しんでいる様にも見えるけど、それにしたって、普段から鎧姿だなんて熱くないんだろうか。
「考え方は、少しハイシアに似ているかもしれませんね。ただそのためには、決定的に足りないんです」
「…足り、ない…?何が、だ」
リオンが更に問う。
「実績です」
実績。
―倒さなくてもいい自分になれ。そのためには名声も地位も経験も必要だ
シーアラが言っていたことを思い出して、納得した。
本当に新しい風を吹かせたいと思っているのだとしたら、私以上に、実績や経験が求められるものになる。
王という地位はあっても、新しい風を吹かせるだけの経験がない。
「私を利用したいってわけ?」
「悪気はないのです。ただ、あの方は――」
「どういう風を吹かせたいのか知らないけど、王様代理の命令で、勇者が何かをやったっていう経験が必要なんでしょ。それが成功すれば実績になるわけだし。けど、私に協力を求めるのが間違ってるんじゃない?それ」
セフィアに振り返ると、彼女は小さく、首を横に振った。
「そうでもないかもしれません。今日はまだ時間がありますね?少し見ていただきたいものがあるのですが」
「まあ、良いけど…」
セフィアが何を言いたいのかは分からない。
ただ、真面目な顔をしてそう言うセフィアに、私は首を傾げた。
***
セフィアに案内されたのは、宿屋の通りに来るまでに見かけた冒険者ギルドだった。
改めて建物を眺めるために首を持ち上げる。
ずっと眺めていたら首が痛くなりそうだと思うほどの高さがあった。
出入り口の扉までは数段階段があって、扉も、城で見たものとはまた違った意味で豪華だ。
「でかすぎじゃない?」
「ここには、世界中から冒険者が集まりますからね」
出入りする冒険者は、珍しいものでも見るかのようにセフィアへと視線を向けては去っていく。
城の人間が冒険者ギルドに足を運ぶことは、珍しい事なのかもしれない。
セフィアはその視線を気にすることなく、階段を上りだす。
私たちもセフィアを追いかけて、冒険者ギルドの建物へと入ることにした。
中は酒場の様な賑わいがあった。
冒険者以外にも、魔導士らしき人や狩人らしき人、薬師らしき人もいて、いくつかのグループになっている様だった。
奥にはカウンターがあり、受付けをする人が居た。
掲示板の様なものがあって、何枚もの貼り紙が出されていた。
「軍の方が、今日はどのようなご用件で?」
受付けの人がセフィアに声をかける。
「今日は彼女達を案内しに来たんです。私の事は気にしないでいただいて問題ありません」
受付けの人は、「そうですか」とだけ言って、また仕事に戻った。
冒険者たちの方は落ち着かないみたいだけど。
「ハイシア、あの掲示板を見てきてください」
「掲示板?まあ良いけど…」
冒険者が数人集まっている掲示板の前に、言われた通り足を運ぶ。
よく見ると、貼り出されている紙の一つ一つに依頼内容が記されていた。
猫探しだとか、新しく作った鎧の効果検証だとか。
その中に、魔物討伐なんていうものもあった。
「…魔物討伐…」
よく見れば、他のどの依頼よりも報酬額が高い。
正直、あまりいい気はしない。
そうは思うも、なんでこんな依頼があるのかも不思議に思う。
魔物は魔族の領域に居るんじゃないの?
けど、スライム達は魔族の領域よりも村側に居たから、魔物だから絶対に魔族の領域に居るわけじゃないって事かと思い直した。
じっと依頼の紙を眺めていたら、不意に後ろから手が伸びて、その紙を引っ張って掲示板から剥がす。
振り返ると、そこには背が高い男の冒険者がいた。
旅装束で、腰には剣を佩刀している。
その後ろに、魔導士が二人に狩人が一人、その冒険者を待っている様にして控えていた。
「なんだ、嬢ちゃんもこの依頼をやりたかったのか?でも残念だ、俺たちが貰っていくぜ」
別にやりたかったわけじゃないけど。
ただ、私は何も言わず、男がその紙を持って受付けに行くのを見ていた。
それからセフィアに視線を向けると、セフィアは一つ頷いてから外へと向かう。
メイとリオンがそれについていき、私も外へと出た。
外の通りから一本脇道に入ったとこまで行くと、ようやくセフィアが足を止め、私に振り向く。
「あれが、ギルドに届く依頼です」
「魔物討伐、ねぇ…」
どんな理由で討伐依頼が出されたのか知らないけど、人間は魔物を怖がっているって事だ。
魔族とコミュニケーションがとれる人間なんて、私くらいだろうし。
「場所は見ましたか?」
「あの依頼?確か、城下町の外れだったと思うけど」
「行きましょう。ただし、手は出さないでください」
「は?意味わかんないんだけど」
セフィアの事だから、何か考えがあって私たちを誘導しているんだろうけど、いったいそれがどんな意味なのか、その意図が読めない。
ただ黙って魔族が殺されるのを見ていろという事なんだろうか。
「お姉ちゃん…?」
メイも不安気にセフィアを見る。
「いい、行こう。俺は、賛成」
ただ、リオンには意図が理解できた様で、そう言って頷いた。
私とメイも、リオンがそう言うなら、と、結局、ついていくしかなくなった。
王都からは少し離れた場所が、依頼の指定場所だった。
足元は草地で、依頼のあった場所に到着すると、すでに、さっき冒険者ギルドで見かけたチームが、魔物と睨み合っていた。
討伐対象はゴブリン三体の様で、冒険者が剣を構えると、後ろで魔導士二人が杖を、狩人が弓を構える。
ゴブリンたちも、棍棒を構えて戦う態勢だった。
まるで最初から、互いの間には溝がある様に。
出会った頃から敵と敵であることが確定しているかのような、そんな目を、三体のゴブリンはしていた。
どちらが優勢かは一目瞭然だった。
シーアラの様な綺麗な姿勢ではないにしても、冒険者は立派な剣を持って、一応は使いこなせていたし、援護の三人も冒険者とは息が合っていた。
タイミング良く魔法を放ったり、矢で射止めたりして。
眼前に広がるのは、酷い有り様だ。
だけど、冒険者たちはさも当然かの様に依頼を請け負って討伐して、そして最後は、動かなくなったゴブリンたちに見向きもせずに、城下町へと引き返していく。
これが普通の人間の感覚なんだろう、きっと。
下唇を噛んで、ぐっと拳を握って、ただただ、こらえて、私はそれを見ていた。
完全に冒険者一行が立ち去った後、ようやくセフィアが口を開く。
「これが、今の人間社会の常識なんです」
その声に感情はない。
ないというより、押し殺して、すっかり飲み干して、渇き切ってしまったようにも聞こえた。
「ハイシア、あなたに問いたい。あなたなら、この現状をどうしますか」
「…どうって」
「ヘントラスで見たスライムたちとは訳が違う。討伐の依頼があったという事は、私たち人間に害があると判断した人が居たからでしょう。そしてその困りごとを解決する事を生業としている者が居る。あなたがしようとしている事は、それを覆そうとしていると言っても良い。そうなれば、今度は行き倒れる人間が存在し始める」
セフィアの問いかけに、答えることが出来なかった。
冒険者の事を、私はよく分かっていない。
その役割も。
それから、どうして魔族の領域から出て、こうして人の居る場所の近くに出現する魔族が居るのかも。
分からない事が多すぎる。
「今の私には答えられない。けど、数日時間くれない?ちゃんと考えるから」
私の申し出に、セフィアは深く、頷いた。
私は、動かなくなったゴブリンにもう一度視線を向ける。
そっと、誰も目を向けないだろう場所に、ゴブリンたちを埋葬して弔った。
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