個性:騎士の女の子は軍に入りたいらしい
あの決闘から数か月が経った。
あれ以来、チャーリーは私に突っかかってこなくなった。
その代わり、時々、武器屋の雷親父二級保持者と一緒に何か話していたり、広場の地面に落書きをしながらあれやこれや、ぶつくさと何かを言っている姿を見かける。
メイの話だと、鍛冶の修行をしているんだとか。
ヘルメット代わりのバケツも、盾代わりの木の板も、金槌代わりの棍棒も持っている姿はどこにもない。
こんなに簡単に引いてくれるなら、とっとと決闘を受けておくんだったと思うぐらいには、清々しい。
シーアラの剣術の稽古はいっそうの激しさを増した。
実は優しくない大人であるため、「勇者になる」という言葉を盾にして、やたら重たい一撃を繰り出してきたりと好き放題だ。
文字の勉強もそれなりに出来るようになった。
先生に音読はしてもらっているが、目で追いながら、先生が読む文字に合わせて、同じテンポで心の中で一緒に読むまでになった。
その甲斐あってか、教会で出してもらえる、今の実力が記載された紙の『知性』を示す点は、中心よりほんのちょっとだけ外側にあった。
行き慣れた道を歩いて、訓練所でシーアラが来るのを待った。
今日こそは、シーアラから一本とれるだろうか。ますます本領を発揮してきたシーアラ相手に。
木材を切り出して作られた訓練用の剣を手の中でころころと回す。
訓練所の時計を見れば、シーアラがそろそろ来てもおかしくない時間だが、姿を現さない。
周りの兵士たちはいつもと同じ様に剣術の稽古をしている。
ピリピリとした様子もないから、何か大変なことが起こっているわけでもなさそうだけど、シーアラが時間通りに来ないなんて珍しい事もあるものだ。
それから更に十分待ったが、シーアラは、訓練所に姿を現さない。
周りの兵士も流石に気が付いたのか、気が散りだしている様だった。
訓練用の剣をスタンドに戻して、宿舎と訓練所の間にある建物へと向かった。
もしかしたら宿舎にいるかもしれないとも思ったが、それよりかは、真ん中の建物にいる印象が強かったから。
建物の中を歩いていくと、奥から話し声が聞こえてくる。
「ですから、お願いします」
ぴんと、張り詰めた女の人の声だった。
どことなくメイに似ているが、メイの声よりも凛としていて強さを感じる。
「何度も言っているが、貴様の歳ではまだ難しいだろう」
「そんな事ありません。ハイシア・セフィーだって、メイと同じ歳で稽古をしています」
急に名前がでてきて、びっくりした。
シーアラが誰かと話している様で、こっそりと、壁に隠れて広間の様子を伺った。
メイと同じ緑色の髪を一つに括り、背筋をしゃんと伸ばしている、私やメイよりも背丈のある女の子が、シーアラと向かい合っていた。
声と同じように、芯のあるブルーの瞳が、彼女の強さを表している様だ。
「彼女は王からの命令で稽古をつけているに過ぎない」
「勇者だからですか?彼女が勇者だから、そうやって特別扱いをするんですか?」
「貴様のご両親は、なんと言っている」
「それは…ですが、必ず説得してみせます。そしたら、お話しした件、呑んでいただけますか」
「考えておこう」
シーアラの返事を聞いて、その女の子は一礼すると足早に建物を出ていってしまった。
その横顔は、何かを決意した様に綺麗だった。
彼女の事はもちろん知っている。
正真正銘、メイのお姉ちゃんにあたる人だ。
私とメイより三歳ほど年上で、メイにはだいぶ懐かれていた様に思う。
メイの口から彼女単体の話はあまり出てこないが、家族の事を語るときに一緒に登場する事が多く、だいたい、メイは嬉しそうに話しをする。
教会の仕事について、私に詳しく説明してくれた人でもある。
「出て来い、ハイシア」
彼女が立ち去った方を眺めていたら、声をかけられた。
そういえば、サイレントの魔法を使い忘れていたなと思いながら建物の影から出ると、前髪を整えた状態のシーアラが立っていた。
「盗み聞きとはいい度胸だな」
「時間になっても訓練所に来ないから様子を見に来たんですーだ!サボらなかっただけ偉いと思ってよ!」
氷柱の様な視線にも負けじと睨み返し、んべっと舌を出す。
「生ぬるい事を言うな」
シーアラは私の態度を気にもとめず歩き出す。
ようやく訓練所に行き、剣術の稽古の開始はいつもより二十分程度の遅れをもってスタートとなった。
そして例にもれなく、今日も私はぼろぼろにされたのだった。
***
兵士たちの噂によると、メイのお姉ちゃんは私とチャーリーとの決闘の次の日から、ずっと、軍の設備に入り込んではああしてシーアラに直談判をしているらしい。
一体なんの直談判をしていたのかと思ったが、軍に入るための稽古をつけてほしいとの事だった。
「えぇ?!お姉ちゃんのせいでニ十分も…」
たまたま出くわしたメイと広場のベンチに座って、つい先日あった事を彼女に報告すると、メイはこれでもかと言うほど目をまん丸にした。
ぱっちりお目目がもっとぱっちりだと思ったが、そのすぐ後に、申し訳なさそうにする。
「ごめんね?ハイシア」
「え、別にメイのせいじゃないし」
「お姉ちゃん、最近ずっとそうなんだぁ…軍に入りたいって…」
「だめなの?」
「お母さんもお父さんも、反対してるの」
シーアラと彼女の会話を思い出して、やっぱりか、と納得した。
彼女はメイのお父さんとお母さんを説得出来ていないらしい。
「あの、ほら…ランくん?の事、あったから…」
「…ああ…そういう…」
何十人と居る大人を、一瞬にして長期間眠らせてしまったランの魔法。
魔族の王を、大人たちは恐れている。
この『魔族の領域に一番近い村』の周辺の森で起こった出来事だからこそ、余計にそうなんだろう。
「軍に入ったら、サイトゥル様たちみたいに眠るだけじゃ済まないかもしれないんだよって…私、口挟めなくて…怖い魔族ばっかりじゃないって、わかってるのに」
「メイが気にする事ないんじゃない?っていうか、メイがそこで話しちゃったら面倒くさい事になりそうな気がする!」
申し訳なさそうにし続けるメイに、私はけろりと笑った。
顔をあげて驚くメイに、続けて口を開く。
「だってさ、メイがそこで話しちゃったら、なんで知ってるんだってなっちゃうでしょ?で、なんで黙ってたんだって絶対言われるじゃん」
「…そう、だけど…でも」
「そんなことになったら、メイのお母さん、怒ってメイの薬づくりに協力してくれなくなっちゃうかもしれないでしょ。だからメイが気にする事じゃないの。それに、大人たちは知らない方が良い。っていうか、私がその方が面倒くさくない!」
ふふん、と胸を張って豪語すると、次第にメイが、ぷ、と息を吐き出して、笑い出した。
「もう、そうやって面倒くさがるんだから」
くすくすと笑うメイの表情は、少し前に比べると、より女の子らしくなった様に思う。
昔は、柔らかくてタンポポみたいな笑顔だなって思ってたけど、今は、赤くて咲き誇る一輪の華のようだ。
こりゃあ、チャーリーも早くしないと他のやつにとられると焦るわけだ。
「そういえば、メイのお姉ちゃんの
「え?
「馬ないけどね、この村の軍」
思わず突っ込んだ。
騎士と言えば、馬に乗って敵をなぎ倒すイメージが強い。
戦いにおいては主戦力となる個性だ。
サイトゥル達が率いていた軍の兵士の殆どが、騎士の個性を持っていたと聞く。
サイトゥル自身もそうだったように思うが、どこで仕入れた情報だったか忘れた。
初めて剣術の稽古に参加した時だったかな。
「で、軍に入りたくて、シーアラに直談判か~…凄いなぁ、メイの家族って」
行動力があるところは尊敬する。
私なら、多分諦めるだろうし何よりそんな事をしないといけないなんて面倒くさくて仕方がない。
はあ~、と感心のため息を漏らす私と、今度は苦笑いを浮かべるメイの頭上に、影が落ちた。
二人揃って顔をあげると、そこには正に話題の人であるメイのお姉ちゃんが立っていた。
メイがぱっちりの大きな目だとしたら、彼女は、大きいけど切れ長の目をしている。
髪の色と目の色は姉妹揃って同じだが、目元の印象が違うためか、ややきつく感じる部分もあった。
シーアラの、あの三白眼に比べたら全然、涼し気でカッコいい目をしてると言えるけど。
「お、おねえちゃん…?どうしたの?」
ぎょっとして、メイがベンチから飛び降りて彼女に問いかける。
彼女はメイに視線を向けて、メイの柔らかい緑色の髪を一撫でして微笑むと、その後に、私に視線を向けた。
メイに向けた優しい表情とは違い、シーアラと話していた時の顔と同じ、真剣なものだ。
「ハイシア・セフィー、頼みがある」
「…んえ」
『面倒くさい』の予感を察知した。
今、チャーリーの時と同じように、頭の中でガンガンと鐘が大きく鳴っている。
誰かからの真剣な『頼み』なんて今まで受けた事もないけど、それでもわかる。
空気がそうだ。
面倒なことを持ち込みますと、彼女の周りの空気がそう言っているのだ。
「いや~…た、頼りにならないんじゃないかな~?私じゃ~…」
アハハハ、と乾いた笑い声を漏らしながら、彼女から視線を逸らし、宙を見るも、冷や汗がだらりと噴き出てきて目線は定まらなかった。
「いえ、あなたでないと頼めない」
「ハ、ハイシア…」
誤魔化そうとする私をまっすぐと見るメイのお姉ちゃんと、困惑した様に弱々しい声で私を呼ぶメイを前にして、折れないやつはいないだろう。
唯一の友達がこの状況に一番困っているともなれば、助けないという選択肢はぽいっとどこかへ、ほっぽられてしまうのだ。
「うへぇ…なんも出来ないよ~…?話し聞くくらいしかさ~…」
「構いません」
はぁ~、と、大きく息を吐き出した。
メイがした様にベンチを降り、広場の時計に視線を向けた。
残念ながら、次の予定までまだ時間はある。
「とりあえず、話し、聞かせてくれます?」
メイにはたくさん助けてもらっているし、そのお礼もかねてと思う事にして、彼女の相談に乗ることにした。
二人掛けのベンチから、より広い三人掛けのベンチに移動して、私を真ん中に、両端にメイと、メイのお姉ちゃん――セフィアに座ってもらった。
「で…頼みって?」
「次の剣術の稽古の時、見学の許可が欲しい」
「…ん?それって私じゃなくてシーアラに言うべきじゃ?」
「頼んだが、許可を頂けなかった」
いったい何を言い出すのかと思えば。
決闘だ!とか、勝負しろ!とか、そんな話が出てくるのかと思っていたが、実際はそういうわけではない様で、彼女は真剣な面持ちで、私に見学の許可をとる協力をしてほしいと言ってきた。
確かに軍の敷地は、基本、村の人は寄らないようにしているみたいだった。
食料を届ける業者や、村を取り仕切る村長、そして私はもちろん行くが、それ以外の人達が施設に近寄ったのは、チャーリーとの決闘後のメイくらいだと思っていた。
「ん~…なんでダメなんだろ」
首を傾げる私に、両側から「は?!」「え?!」なんて驚きの声が挙がる。
「え?」
二人の反応にいまいちピンと来なくて、同じ反応で返すと、二人は互いに視線を合わせた。
セフィアのほうは呆れた様にため息をつき、メイはまた驚いたように目を丸くする。
「軍の施設は基本、国家機密に相当する。つまり、本来であれば立ち入り禁止なんですよ」
「え、でも来てたじゃん」
それも、別日とはいえ姉妹揃って足を踏み入れている状態だ。
「シーアラ様が寛大なお方だから許されていますが、本来であれば許されませんよ」
額に手を当てて、呆れたと言いたげな声でセフィアが説明してくれて、ああ、なるほど、と納得した。
メイが居た時はいわゆるキンムジカンガイってやつだったからお咎めがなかったわけだ。
そしてセフィアのほうは、未来の兵士になりえる可能性がある人間だったから、まずは話を聞いて、そのうえで、却下したといったところだろうか。
チャーリーとの決闘の後、私の後をついてきて施設に入ったメイは、実は結構大胆なことをしてたらしい。
「う~ん…けど、未来の後輩になるかもしれない人にくらい、別によくない?」
「は、ハイシア~…お勉強、してる…?」
「え?!してるしてる!え、なんで?!」
困り果てたメイの様子に慌てて言葉を返すも、今の発言のどこにそんな要素があったのか分からない。
私の言動がメイを困らせているという自覚だけはあるが。
「軍に入るには、まず、王都にある士官学校へと入学します。そこで様々な――今あなたが受けている様な稽古を何年も受け、試験に合格した者だけが、軍に入隊できる。士官学校に入学できるのは十五歳からで、今の私は、入学前にその技術を見て学ぼうとしている状態だ」
「ほーん…?え、何その恐ろしい情報。私、まだ十歳なのに士官学校とかいうところでやるような事やってんの?」
とんでもない情報を耳にして、口元が引きつった。
セフィアが一瞬、その目をきつくして私を睨んだ。
かと思うと、すぐに元の状態に戻り、口を開く。
「可笑しいと思いませんか?勇者だからという理由で優遇され、軍に入隊を希望している者は規定に従えと言う」
目もとはもともと涼し気で若干吊り上がっていたが、明らかに、その声にはトゲが含まれていた。
チャーリーが私に向けてきた荒っぽいトゲとは違う。
そのトゲは、成長しきった薔薇にある、鋭く見えにくいトゲだ。
トゲがいくつも絡み合って、咲いている薔薇の花を、まるでロープの様に絡めて支えている。
「別に、優遇じゃないけど」
トゲを伴ったロープに絡めとられない様に言い返すと、また、強く睨まれた。
「優遇じゃないなら一体何だと?」
「え?投資じゃないの?お金じゃないけど」
負けじと言い返すと、彼女は下唇まで噛みだして、言葉を探すかの様に視線を下げた。
言いたい事を言って騒ぎになるのを回避するために思考している様にも見える。
「なんかごめん、ちょっとムキになった…」
こっちが悪い事を言った様な気分になって、思わず謝罪の言葉が出た。
思ってる事をぶつけてこない人も、空気に出さないようにする人も、実は結構苦手、私の苦手なタイプなのかもしれない。
あしらう事が出来たチャーリーのトゲの方が何倍も可愛げがあった。
未来の後輩になりえるかもしれない子には、投資する価値がないのかと言われそうだ。
それと同時に、みんなが思う勇者になろうとしない私に投資する価値を答えろと、そんな疑問をぶつけられそうだとも思った。
そう考えているうちに、ふと、一つの疑問が湧いてくる。
「騎士と勇者って、何が違うんだろうね」
「は?なんです、急に」
セフィアをじっと見る私に、彼女の目が開かれる。
まん丸になると、メイとちょっと似てるんだなと思った。
「だってさ、確かにずっこいよね~って。ちょっと前までの私はさ、勇者になりたくないって稽古サボってたわけじゃん。騎士なるための勉強したい人とかも、たぶん、たくさんいるんだろうな~って。持って生まれた個性が勇者ってだけで、そうやって優遇されんの、凄い腹が立ってたんじゃない?」
用意された環境を喜ぶどころか、サボって投げ出す様なやつ相手なら、なおの事腹が立ってただろう。
彼女の様に、本当に軍に入りたくて、シーアラに直接話しに行く様な勇気のある人ならなおさらだ。
「はぁ~…シーアラに話してみるけど、断られても怒んないでよね」
「あ…ありがとう…」
ぷい、とそっぽを向く私に、彼女は目を丸くしたままだった。
面倒なことを、また、背負ってしまったわけである。
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