勇者としての姿

 翌日早朝、いつもの様に村長と一緒に朝ご飯を食べた。

 私より先に食べ終えた村長がポストを確認しに行って、戻ってくる。

 その手にチャーリーからの果たし状がなかったことを確認して、やれやれと肩をすくめた。

 昨日の夕方に、面と向かって決闘しろと伝えたからだと思うけど、今日も行かなかったら、どんどんエスカレートしていくに違いない。

 かといって、どうして私がチャーリーと決闘しなければならないのかも不明のままだ。

 どうしようかな、と暫く考えてから、ぴょんと椅子を降りた。


「ハイシア、どこに行く」


 村長が、私を睨む。

 またサボりが再発したと思われたのかもしれない。


「シーアラのとこ」


 村長が信頼を置いている名前を出せば、途端に村長の目元が少しだけ緩む。

 なんだか見張られてる気がするなぁ、とは思うものの、口には出さず、家を出た。

 行き慣れた道を歩いて軍の敷地に入っていくと、ちょうど軍の兵士たちも朝ご飯が終わった頃なのか、中央の建物からぞろぞろと人が出てきているところだった。

 目当ての人が居ないかと目で追っていくと、かっちりと前髪を整えたシーアラを見つけて、一目散に駆け寄った。


「今日の稽古は午後からのはずだが」


 ひゅおぉぉ、と冷たい風の音が聞こえそうな程、鋭い視線が降りてくる。

 負けじとシーアラを睨み上げて、思いきり、息を吸い込んだ。


「相談が、ある!」


 出し切った声はシーアラだけでなく、周りにいた兵士たちにまで聞こえ、一斉に視線がこちらに向く。

 シーアラは深いため息をついたあと、踵を返して、出て来たばかりの軍の敷地の中央の建物へ続く道を歩き出す。

 え、まさかの無視?こんなに大きな声で敢えて目立つようにしたのに?

 シーアラの動きが止まり、驚いている私へと振り返った。


「ついてこい」


 そう言って、シーアラはまた歩き出す。

 慌ててシーアラの後を追い、建物の中へと足を踏み入れた。

 中央に敷かれた赤い絨毯の上を歩き、サイトゥル達が眠る部屋へと続く道を発見した、長テーブルのある空間でシーアラは動きを止めて振り返る。

 やっぱりその目は、氷柱の様だ。


「一体どういうつもりだ」


 油断すれば、上からその氷柱が落ちてきそうな程の冷たさと鋭さがある。

 シーアラを睨み上げて、両手の拳を握った。


「前髪、くしゃってして…」

「は?」


 自分で思ったよりも声が奥に引っ込んでいて、シーアラ相手に怖気づいているのかもしれないと思った。

 そんな私に、シーアラは一瞬ぽかんとする。


「だ、か、ら!前髪!くしゃってして!えっと、キンムジカンガイ?になるんでしょ!」


 今度こそ、その怖気づいている気持ちを外へ押しやる様に腹の底から声を出す。

 シーアラはやはり、ぽかんとしたままだったが、次第にいつもの、すんっとした顔に戻って、「ああ」と一人納得した様子で、私の注文通り、前髪を崩す。


「これでいいか」

「聞きたい事があるんだけど」

「勤務時間中のにではなく、勤務時間外のにか」

「だって、子供のいざこざって思うだろうし」


 建物を出たところを見つけたシーアラと違って、今、目の前にいるシーアラは、森の湖で私がタックルをかました後のシーアラだ。

 遠慮なく、相談する事にした。


「武器屋の息子の件か」

「そう!あ、剣術で戦って良いかとかじゃないからねー。面倒くさい」

「分かっている」


 シーアラが、呆れた様にため息をつく。


「昨日の帰りに、今日の十時に広場で待つから決闘しろって言われてさー。そもそも、なんで決闘とかそういう話になってんのか、全然わかんない」

「本人には聞いたのか」

「私が悪いんだってさ。メイが初めて作ったポーションを私がもらったからとか、私が勇者だからとか、そんなこと言ってた。で、そんなの関係ないんだけどって言っても、やる気満々なんだもん。今日無視したら、どんどんエスカレートしてくんじゃないかと思って。だから、どうやって撃退しようかなって」


 私が話してる間、シーアラは相槌をうつことはなく、かわりに、氷柱ではなく吹雪の後の銀世界のような目で私を見ていた。

 話は、一応聞いてくれている様である。


「俺がもし、剣術を使って良いと言ったら戦うか」

「え?やだよ。面倒くさい。なんでそんなことしなきゃいけないのさ。決闘しなくちゃいけない理由もわからないのにさ~」


 うげぇ、と顔をしかめる私に、シーアラは、笑うでも呆れるでもなく、口を開く。


「お前にはなくても、そいつには理由があるんだろう」

「けど、私が付き合う義理とかなくない?」

「付き合わないとエスカレートするんだろう?」


 それはシーアラの言う通りだ。

 だからこそ、この勤務時間外とやらのシーアラに相談をしているんだが、解決の糸口は掴めなさそうだ。


「言ったはずだ。口先だけのやつには誰もついてこないと」

「んん?そうだけど、決闘と関係なくない?」

「勇者とは、勇気ある行動をする者の事だ。動機はなんでもいい」


 シーアラが長テーブルに供えられた椅子に座り、手を組む。


「ただ決闘を受けて、持てる力を使って返り討ちにするのはとても簡単なことだ。だが、決闘に向かって相手に手を出さないという事は、難しい事だぞ」


 シーアラが何を言いたいのか、わかる様でわからない。

 ただ、森の湖にいた時と同じように、前髪が崩れたシーアラが小さく笑っていた。

 私の相談を軽くあしらうでもなければ、自分には関係のないことだと切り捨てるでもなく、ちゃんと、シーアラなりに私の話を聞いてくれて、答えを出そうとしてくれている。

 かと思えば、次の瞬間には、口元に弧を描き、子供の私でもわかるほどあからさまに意地の悪い顔をした。


「まあ、相手のプライドくらいは折ってやれ」

「え、それ傷つくじゃん。容赦ないやつ…」

「武器屋の息子のプライドでは、好きな子も守れないだろうな。そんなちんけなプライドなら折ってやればいい」


 シーアラは、チャーリーがメイの事を好きだって気付いている様だった。

 気付いてて、プライドを折ってやれば良いなんて、やっぱり村長が思っているほどいい大人じゃない。

 なんだっけ、そう、少なくとも、清廉潔白とか、ヒンコーホーセー?とか、そんなものとはかけ離れた大人だった様だ。

 『シーアラ大佐』との差に、若干引いたのは、言わないでおこうと子供ながらに思う。


「攻撃を避け続ければ、根をあげる。お前なら、もう、それぐらいは出来るだろう?」


 目を細めて私を見下ろすシーアラに、大きく頷いた。




   ***




 シーアラを道連れにして一度村長の家に戻ると、村長は突然の訪問者に驚いて目を丸くしていた。

 雷親父二級の威厳もどこへやら。

 私がチャーリーから申し込まれた決闘を受けると告げ、こっぴどく叱られそうになったところも、シーアラが止めに入ってくれた。

 そして、私とチャーリーが広場で決闘を行う事を周知するのだとも言った。

 シューチってなに、と聞いた私に、村長からのため息をプレゼントされたわけである。


 お昼に差し掛かる、午前十時。

 広場にはたくさんの村の人が集まっていた。

 たくさんのと言っても、全員顔を知っている人だ。

 パン屋さんのお父さんと、お母さん、そして生まれたばかりの赤ちゃん。

 チャーリーのお父さんとお母さん。

 メイと、メイのお母さんとお父さんと、お姉ちゃん。

 宿屋のご主人に奥さん、宿屋で住み込みで働く侍女さん。

 教会の人は、何かあった際に治療が出来るようにと、準備しているらしい。

 それ以外にもこの村の住人の殆どが、広場に集まる事となった。

 いないのは、シーアラを含めた軍の兵士たちだけだ。


「な、な、なんでこんなに居るんだよ!」


 まさか大人がたくさん集まるなんて思ってなかったのか、バケツのヘルメットを被り、木の板を盾代わりに、棍棒を金槌代わりにしたチャーリーは真っ赤になって震えていた。

 そんなチャーリーに対して、私は何も持たずに向かい合っていた。


「え?だって決闘ってそういうものだって、シーアラが言ってたから」


 しれっとシーアラを巻き込む事も忘れない。

 剣術の稽古の際に相談をしたとでも言えば、大人達だって納得するはずだ。

 そこで「たかが子供の喧嘩になんてこと言ってんだよ大佐」という声が挙がらないのは、私が面倒くさがりで、稽古も勉強もさぼってきた事を、村のみんなが知っているからだろう。

 大人たちは興味があるんだろう、きっと。私とチャーリーのどっちが勝つのか。

 あわよくば、勇者なのになさけないとか、そんな悪口を言いたいのかもしれないとも考える。


「ほら、始めないの?」


 余裕綽々でチャーリーに声をかけると、これでもかと言うほどチャーリーが私を睨んできた。

 そして次に、思いっきり突っ込んでくる。

 目でチャーリーの動きを追いかけて、一歩後ろに下がると、チャーリーが棍棒を持つ腕を振り上げた。

 棍棒の着地点は額だな、と一瞬で判断して、今度は身をかがめて、空いたスペースに転がり込んで避けた。

 チャーリーは勢い任せで空ぶって前と同じように転ぶと思いきや、踏ん張って、私へと振り向きもう一度棍棒を持つ手を振り上げる。

 それも難なく避ける。

 振られては避け、振られて避けを何回も繰り返した。

 次第にチャーリーの息が上がっていき、棍棒を振り上げる速度も、振り向く速度も目に見えて遅くなっていく。

 それでも私は、反撃しなかった。

 チャーリーがぴたりと動きを止めて、前かがみになってぜーぜーと息を吐き出す。


「っ…んで…なんで仕返ししてこないんだよ!勇者なんだろ!勇者だったら、強くて、俺みたいなのすぐに倒せるだろ!なんでなんもしないんだよ!」


 ぽたぽたと、チャーリーの汗と、汗以外の液体が地面に落ちてシミを作った。


「勇者だったらチャーリーの事、倒すの?じゃあ勇者って何?チャーリーの思う勇者ってなんなの?」

「そ、そんなの!悪い奴倒して、喧嘩も強い奴だろ!だからみんな、お前に魔族と喧嘩してほしくて稽古させたりしてんだろ!」


 周囲の大人たちがざわついていく。

 武器屋の雷親父二級保持者が、険しい顔をしているのが目に入った。

 大人たちも武器屋の雷親父二級保持者に視線を向けて、こそこそと言っている。

 チャーリーに視線を戻すと、顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、体勢を戻して私を思いっきり睨んでいた。


「ふーん、自分が悪い奴だって認めるんだ?」

「なっ!そ、それはっ」

「ばっかじゃないの。ぜーんぜんわかってない」


 わざとらしく肩をすくめると、余計にチャーリーの目から、ぼろぼろと涙が出てくる。


「私、そんな勇者になるつもり、これっぽっちもないから」


 今度は私がチャーリーを、そして、周りに集まる大人たちを睨みつける番だ。

 思い切り睨んでやると、チャーリーのお父さんに視線を向けていた大人たちが次々と、狼狽えた様に一歩、小さく下がった。


「ある人が私に教えてくれた。勇者っていうのは、魔王を倒す人の事でも、魔族を殺す人のことでもないって。勇者っていうのは、勇気ある行動をした人の事を言うんだって。だから私は今日、チャーリーの決闘を受けた。チャーリーに仕返ししないっていう事を選んだ」


 思い切りチャーリーを睨んだ。

 そして、チャーリーから視線を外して、事を見ている大人たち一人一人を、睨んでやった。


「大人たちは、弱虫って言うだろうね。けど、剣術の稽古つけてもらってる私がチャーリーに仕返しする事なんて、すごく簡単な事なんだよ。だから私は仕返しをしないって事を選んだ。面倒くさいと思う事を選んだの。私はみんなが思う勇者にはならない。私は、私なりの勇気をもって、みんなが思ってない勇者になってやる」


 宣戦布告でもしてる様な気分だ。

 チャーリーが私に果たし状を叩きつけた様に、今度は私が、一人ひとりに果たし状を叩きつけてやる。この目線で。


 視界に映る範囲の大人たちをひとしきり睨んだあと、チャーリーに視線を戻す。

 ぽかんと口を開けて、滝の様に流れていたはずの涙がすっかり止まったチャーリーは動けなくなっていた。

 これ以上仕掛けてくる事もないと思って、私はくるりと振り返り、その場を離れようと一歩歩き出す。

 私達を囲う様にして事を見ていた大人たちが道を開け、広場から無事に離れることが出来た。


 とりあえず、これで面倒くさい事は終わったんだな~と思いながら、軍の訓練所に向かった。

 訓練所からは、剣と剣がぶつかり合う音が聞こえてくる。

 訓練所と宿舎の間に位置する建物に入って、長テーブルのある部屋まで行くと、前髪を崩したシーアラが立っていた。


「あれ、キンムジカンガイってやつだ」


 朝は最終的に前髪を整えていたし、きっと、また崩したんだろう。

 シーアラは何も言わず、ちょん、と私の後ろを指さした。

 その指の先を目線で追いかけていく。

 建物の壁から、遠慮がちにひょっこりと、顔の上半分だけを出して私を覗き込むメイが居た。


「メイ!どうしたの?」


 一瞬驚くも、すぐにメイに駆け寄ると、メイも壁から全身を出して、シーアラに深々とお辞儀をする。

 それからすぐに頭をあげると、メイは、嬉しそうに笑った。


「ハイシア、すっごくかっこよかったよ!」


 自分の事のように喜ぶメイに、今更照れくささが込み上げてきて軽く後頭部をかく。


「いやぁ…けど、これでチャーリーにまとわりつかれなくなると思うと、ほっとするよ~…」


 実際、ものすごく面倒くさかったのは事実だ。


「あ、でもよかったの?ハイシア、『みんなが思ってない勇者になる』なんて言っちゃって。だいじょうぶ?」


 嬉しそうにしているメイによって突きつけられる現実に、ぴきりと音がしそうな程には固まった。

 勢いと雰囲気に任せて、面倒くさかったが故にそれっぽい事を言ってしまったのは事実だ。

 固まったと思ったら、次にはぎぎぎぎ、とぎこちない動きで、私は頭を抱えた。


「どうしよう凄く面倒くさいことを自分からしちゃった。これじゃあ私が勇者になるみたいじゃないか。なんでこうなった?なんであんな事言ったの?私あの時どうにかしてたの?」


 まるで呪いでもかけるための呪文を唱えかの様に、早口で自分に問いかける。

 頭の中が後悔一色だ。

 しかも本当に、なんであんな事を言ってしまったのかわからない。

 当然、村の大人の大半を睨んでそんな大口をたたいた手前、撤回なんて出来るはずもない。


「ほう。貴様はその様な事を言ったのか」


 追い打ちをかける様に、後ろからシーアラが声をかけてくる。

 振り返らなくても、圧で分かる。

 何本もの氷柱が私を狙うかの様な目をしているのだと。

 キンムジカンガイのシーアラはどこに行ってしまったのか。


「ならば、こちらも更に稽古のレベルを上げなければなるまい」

「あ、あば、あばばばば」


 過去の私よ、どうにかしてくれ。

 あんな大口を大勢の前で叩いたらどうなるか、未来のあんたは今、実感している最中です。


「ハイシアが壊れちゃった!えっと、こういう時は混乱コンフュージョンを治すお薬?けど、私まだ作れないんだ…ごめんね、ハイシア。お母さんに言って、お薬貰ってくるね?」

「あー!やめて!やめてメイ!薬は必要ないからー!」


 兎にも角にも、肩の荷が一つ降りたと思ったら、また別の荷物がのっかってしまった訳である。

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