氷風特一級がやばいかと思いきや、暴風一級も面倒くさかった
セフィアに頼まれて、シーアラにお願いをしたところ、それはもう見事だと言わざるを得ないぐらい、綺麗に言葉でぶった切られてしまった。
本人にその結果を伝えたところ、本当に頼んでくれたのであれば仕方がないと言って、その日は引き下がった。
これからセフィアはどうするんだろうか。
諦めてしまうんだろうかと、ガラにもなく他人の心配をしたのだが、杞憂だったらしい。
やはり自分の言葉でお願いせねばと口にし、彼女は毎日、シーアラのもとに通った。
その転んでも起き上がる精神には感服するわと言わざるを得ないのだが、シーアラは、彼女の猛攻にも、首を縦に振ることはなかった。
午前中の勉強のあと、休憩を挟んでから軍の敷地へと向かい、今日も剣術の稽古の準備をする。
訓練所にいる兵士たちは、セフィアの話題で持ち切りだった。
「今日も来てるらしいぜ、薬屋の」
「ああ、姉の方だろ?」
「凄いよな、あれだけシーアラ大佐に断られてんのにさ」
訓練用の剣を手に持って、シーアラが来るまでの間ベンチに座って、兵士たちの噂話に聞き耳を立てる。
「見込みはあるんだろうけどな」
「ああ。でも、シーアラ大佐が頷かないのも、納得は出来るよ」
「だよな。いつになったら気付くんだろうな。時期早々だって」
複数人の兵士のグループが、噂話をするだけして訓練スペースへと入っていく。
時期早々とはどういう事だろうか。
『それに気付いていない』とは、どういう意味なんだろうか。
年齢的な意味合いの話をしていたのだろうか。
聞いているだけだと分からないが、兵士たちは、シーアラが彼女の頼みに対して首を縦に振らない理由も分かっている様だった。
「ハイシア」
出入り口の方から名前を呼ばれて振り向けば、訓練用の剣を手にした、前髪をきっちりと整えたシーアラが立っていた。
今日はもう、セフィアは帰った様だ。
ベンチから降りて、空いている訓練スペースへと向かう。
シーアラと距離をとって、訓練用の剣を構えると、一気に踏み込んで大きく一歩前へと出た。
***
今日もシーアラにボコボコにされました、はい。
帰りの支度をして、いつもの道を歩いてく。
今日兵士たちが話していた、『シーアラが首を縦に振らないのも納得だ』という理由を考えてみるものの、全く答えには辿り着かなかった。
前髪を崩した『勤務時間外』のシーアラだったら答えてくれるだろうかとも考えたが、そう何回も、勤務時間外モードになって!とねだるのもいかがなものか。
特にシーアラには、彼女の件で一度断られている。
質問の内容が、彼女の行動に対するシーアラの反応についてだと知られれば、勤務時間外モードにはなってくれないかもしれない。
夕日が照らす道を歩き、近道のために広場へと向かう。
ひゅおっ、ひゅおっ
風を切る音に、思わず足を止めた。
夕方の、誰も居なくなった広場で、訓練用の剣が空を何度も切る。
下がっては上がり、空を切ってはまた上がる。
夕日に照らされて、緑色のポニーテールが踊っていた。
シーアラや軍の人達に比べると姿勢も型も崩れているものの、訓練用の剣の扱いそのものには慣れているのか、剣の重さに振り回されている様子もなく、上がっては空を切りを繰り返し続ける。
彼女に言葉をかけようと一歩足を踏み出した。
が、それ以上足は前に出なかった。
オレンジ色に照らされてきらりと輝く目元の雫に、どうしようもない羞恥心が込み上げてくる。
今日は、近道はせずに帰ろうと決めて、気付かれないように踵を返した。
元の道に戻ると、軍の宿舎へと繋がる道の途中で佇む、前髪を崩したシーアラを見つけた。
吹雪のあとの銀世界の様な目が、一心に剣を振るうセフィアへと向けられていた。
「シーアラ」
思わず声をかける。
シーアラの目線が私に向くものの、前髪を整える様子はない。
「お前の言いたい事はわかる。だが、勘違いをするべきでない」
「勘違い?」
「個性というものが何なのかを、考えた事はあるか」
「え、生まれ持ったものでしょ?その人の将来をあらかた決めるとか、力がどうのとか」
突然何を言い出すのか。
シーアラはいつもそうだ。
考えさせるだけ考えさせて、ほとんど答えをくれない事が多い。
『勇者』の件に関しても最初はそうだった。
私に向けた視線を、もう一度、シーアラは広場の方へと向ける。
「必ずしも、誰もが神託で告げられた個性に従う必要はない。そう言う意味では、お前もそうだ。個性が勇者だとしても、周りの思う勇者とは違う勇者になってやるというのも、ある意味では、その個性に反発していると言える。彼女の妹が魔導士ではなく薬師になるというのもそうだ。だが彼女はお前達とは反対に、自らの意思で騎士という個性に従い、その道に進もうとしている」
「うん」
まーた難しい事を言い出した、と思いながらも、何だか随分大切な話をしている気がするから、理解できる部分には耳を傾けようと思って、広場にもう一度視線を向ける。
「ならば、考えなければなるまい。お前に聞いただろう、勇者とはなんだと。彼女は同じように、騎士とは何なのかを、考える必要がある」
「シーアラが、セフィアの頼みに頷かないのはそれが原因?」
「お前は武器屋の息子に聞いたそうじゃないか。彼の思う勇者とはなんなのかを。そして、自ら彼の回答を否定した」
「まあ、そうだけど出来れば思い出させないでほしかったやつ」
あの時の私は、冷静じゃなかったと思う。
自分から、私の思う勇者になってやる!なんて息巻いて墓穴を掘った記憶しかない。
今でも出来れば撤回したい内容だ。
「彼女にも、それが必要だ。騎士とは何なのか、自分の思う騎士とはそれで正しいのか、正しいと胸を張って進めるのか。そして、それが誰かを納得させられるものなのか」
シーアラが言う事は、理解しようとしたけどやっぱり難しかった。
「けどさ、それって私反則じゃん。シーアラとメイから答えを貰った様なもんだし?」
「貰った回答を、自分のものにしただろう。それに、あの薬師になりたいという娘も納得させられた。なにも全員を納得させろとは言っていない」
基準がよくわからない。
ただ、シーアラにはシーアラの基準があって、セフィアはその基準に満たないという事なんだろう。
そして、基準には満たないものの、見捨てるでも切り捨てるでもなく、見守っているのだ。
シーアラが前髪を崩して勤務時間外モードで彼女を見守っているのは、つまり、そういう事なんだろう。
「早く帰れ」
「はーい」
シーアラに言われて、歩き出す。
個性とか、進もうとする道の意味合いとか、ほとんど考えた事もなかった。
兵士たちがシーアラの行動に「あれだけ来てるなら頷いてもよくないか?」と誰一人として言わなかったのは、シーアラの考えが分かっていて、それが正しいと、みんな、納得しているからなんだろう。
***
剣術の自主稽古をしているメイのセフィアを見かけてから数日。
今日も剣術の稽古のために軍の敷地に向かうと、何やら敷地内が騒がしかった。
次代の魔王がどうのと話していたサイトゥル達の、あのピリピリとした空気と言うよりかは、動揺と少しの混乱が巻き起こっている様に思う。
兵士たちが次々と「どうするんだよ、あれ」とか「さすがに断るんじゃないか?」と口々に言うが、奥の方は見えなかった。
人間の壁が目の前にどーんとあって、全く見えない。
試しにジャンプをして向こう側を見てみようとしたが、やはり見えない。跳脚力なんてありません。
仕方ないから、地面に四つん這いになって兵士たちの足の間を縫うようにし、前に進むことにした。
暫く進んでいくと、人間の足の壁がなくなってゴールが見える。
ゴールに辿り着いて立ち上がり、土埃がついた手を軽く叩いてから、ざわめきの中心へと顔を向けて、驚いた。
セフィアが真剣な顔で、手に持っている訓練用の剣をシーアラに向けて立っていた。
対して、シーアラはいつもと変わらない氷柱の様な視線で、彼女を見下ろしている。
「あなたから一本とります。そうしたら、稽古を私にもつけてください」
耳を疑った。
え?いや、はい?何言ってるの?いやいやいやいや。
なんて言いたくなりそうなセリフがセフィアから出てくるなんて、思いもしなかった。
彼女はどうやら本気の様で、切れ長の目が、今はより吊り上がって、口元に笑みすらない。
真面目な彼女のことだから、シーアラの実力を舐めているわけではないはずだ。
にも関わらず、こんな無謀なことをシーアラに叩きつけるなんて、いったいどういうつもりなんだろうかと疑問を持たずにはいられない。
シーアラは、暫く彼女の持つ訓練用の剣を見つめた後に、私に視線を向けた。
「ハイシア、貴様が相手をしてやれ」
「え――」
「はあ?!」
人が驚くよりも先に、彼女の方が大声をあげた。
つり上がった目が、シーアラの視線に引っ張られて私へと向かう。
この前話した時よりも、感情が顕わだ。
怒って今にも突っかかってきそうな気迫を感じるが、チャーリーの物よりも、やっぱり、鋭くトゲがある。
それに、チャーリーよりも頭が良くて言葉を知っているからこそ、より、厄介だ。
「シーアラ様、私は彼女ではなく、騎士であるあなたに勝負を挑んでいるんです。あなたでなければ意味がない!」
「ほう。何故だ」
「それは同じ騎士として――」
「ぬるい」
シーアラのまとう空気が、一瞬にして凍り付いたのを感じた。
頭の中で、またイメージが勝手に湧いてくる。
氷柱が何本もシーアラを囲うように頭上から落ちて地面に突き刺さり、刺すような冷たい風が強く体を吹き付ける。
少しでも動くことを止めてしまえば、たちまちに足元から凍り付いて動けなくなりそうな、そんなイメージを持たせる程の、冷たく鋭い気迫だった。
周りの兵士は慣れているのか平気そうにしているが、私は思わず、一歩退いてしまいそうになる。
負けた気になるからなんとか踏ん張ったものの、彼女はその気迫に、三歩ほど、退いた。
「たったこれだけの圧で退くような者が、私に敵うと?ハイシアは踏ん張ったぞ」
言いたい事はあるけど、口を挟めるような空気でもなければ、気合もない。
いや、やっぱ、悔しいから言う。
震える両脚でなんとか立ったまま、出来る限り、息を思いっきり吸い込むと、腹の底から恐怖という恐怖全てを外へ吐き出すイメージをした。
「そこで私と比べるのは土俵違いなんですがー!」
それはそれは、大きな声である。
イメージした通り、シーアラの圧によって生まれた恐れは、全部外へ、声と共に飛んで行った様に思う。
足が自由に動く。震えもない。
そして、自分がとんでもなく面倒なことに巻き込まれたんだと気が付いて、シーアラと彼女の間に割って入った。
「あのさ、シーアラはさ、同じ騎士だからこそ断るんじゃない?」
「どういう意味ですか」
シーアラの圧に気圧されたままの彼女の声は震えていた。
「騎士の先輩として、大切なことに気付いて欲しいんじゃないの?まあ、その大切な事がじゃあ何なのかってのは、私は騎士じゃないし、騎士になりたいわけでもないからわかんないんだけど」
あの日、夕日に照らされて悔しさで泣きながら剣を振るっていたセフィアを、『勤務時間外』のシーアラが見守っていた光景が、頭に過る。
「でもさ、あんたは騎士になりたいって、自分で思って、目指してるんでしょ?だったらさ、考えてみたら?まあ…少なくとも、今のあんたが、私は騎士ですって言っても信じられないかな。騎士って誰かと決闘してなるもんじゃないと思うから」
面倒ごとは出来れば避けたいし、これで穏便に済めば、まあ、万々歳かな、と思ってそんな事を口にする。
彼女は次第に、怖気づいていた目を吊り上げ、悔しそうに唇を噛んで私を睨んだ。
「なんて…なんて軽々しい!騎士になりたいわけじゃないからこそ軽々しい!」
言葉が暴風になって私に叩きつけられた様に感じる。
――あ、やば、逆鱗に触れた。
そう頭が一瞬で理解した。
村長が雷親父二級、サイトゥルが雷親父一級、シーアラが氷風プリンス特一級なら、彼女は正に、嵐の様な暴風だ。
暴風一級の女だ。
「良いでしょう。ハイシア・セフィー、私と勝負です」
暴風の様な気迫と共に、セフィアの剣が空を切る音がする。
向けられた剣先は、目で追うのがやっとだった。
これは、大変面倒くさい事に巻き込まれたと言えるかもしれない。
いや、言わせてほしい。
チャーリーの時以上に面倒くさい事に巻き込まれたと。
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