勇者にしか出来ない事

 人間は、生まれてから数週間後に教会へと連れて行かれ、神託を受ける。

 その子供の生まれ持った個性スキルがどの様なものなのか、将来はどんな職が向いているのかなどを見定めてもらうのだ。

 もちろん、神託を受けたからといって、必ずしもその通りの職につく必要はない。

 生まれたばかりに受ける神託は、あくまでもただの参考程度に過ぎず、適正と似通った別の職につく人もいれば、全く真逆の職につく人もいる。

 これは『勇者』という、世界でたった一人の例外を除いての話である。


 って、前に先生が言っていた。


「お前はまた、どうしてこう…はぁ…」


 深いため息をつく村長を見上げる私の頭には、見事に団子が三つ出来上がったみたいだった。

 ひりひりとして、頭を抱えてしゃがみこむ私はもちろん涙目である。


「いたいよ!叩かなくてもいいじゃんか~!」


 頬を膨らませて抗議の意を示してみても、村長は呆れた顔で私を見下ろしたままだ。

 謝ってくれる気はゼロみたい。なんならその視線に、冷たいものも、混じっている。


「何度言ったらわかる!お前は将来勇者として魔王を倒さなくてはならないんだぞ!それなのにお前ときたら、今日の剣術の稽古もサボったと言うじゃないか!」


 まるで雷のような村長の怒鳴り声に、私も負けじと、お団子が三つ出来た様な痛さをする頭を押さえながら、村長を睨み上げる。


「だって、おかしいよ!私だけ『絶対に神託に逆らうな』なんて!私だってほかの事がしたいの。勇者になんてなりたくない!」

「わがままを言うんじゃないわい!」


 村長の手がもう一度上がる。

 あ、次がくる!

 咄嗟に頭をガードして、衝撃がくるのを待った。

 ごつんと、頭を守った手に衝撃が走り、次には村長の舌打ちが降ってくる。


「うぅ~っ!」


 さっきの三発に比べたら、そこまで痛くはない。

 それでもぼんやりと滲んだ視界から、気に食わなさそうな村長の顔が見えた。


「嫌なものはいや!」


 んべっ、と思い切り舌を出してから、二階へ続く階段を駆け上がった。


「ハイシア!こら、待たんか!」


 後ろから、村長の慌てた声が聞こえたけど、足は止まらなかった。




   ***




 この日も私は剣術の稽古をサボっていつもの森に向かった。

 湖に向かうと、いつもと同じように、水色のスライムたちが太陽の光りを浴びながら遊んでいて、楽しそうに弾んでいた。

 湖へ一歩、また一歩と近づいていくと、ぽよんぽよんと跳ねているスライムたちのうちの一匹が私に気付いて、向かってくる。

 私からも近付いていき、そして最後には、跳ねたスライムを両手でキャッチした。


「お待たせ~!」


 後から私に気付いたスライム達も集まってきて、私はスライムに囲まれる。

 勿論、スライムに敵意はないし、私もスライムに何かするつもりもないから、私が歩き出せば、それに合わせてスライムも歩き出す。

 湖の畔に、いつもと同じように座って、ただ、弾むスライム達を眺めるだけ。

 太陽の光りが湖とスライムを照らして、どっちもきらきらと輝く。

 その輝きを見るのが好きだし、のんびりできるのが良くて、飽きる事はない。


 それからすぐに、じゃり、と土を踏む音がして、スライムが飛び跳ねる事を止めた。

 私も音のする方に振り向く。


「来てたんだね、ハイシア」


 まるで女の子みたいな柔らかい笑顔を浮かべながら歩いてくるランの姿があった。

 相変わらず、黒いシャツに黒い半ズボンと、黒一色だ。


「うん!あのね~、聞いてよ!」


 自然とランは私の隣まで来ると腰を降ろし、寄ってきたスライムのうちの一匹を膝の上に乗せて、口を開く私の言葉に耳を傾けだす。


 気が付いたら、あたりはオレンジ色になっていた。

 今日もランと色んな事を話した。

 稽古をサボって叱られた事、歴史のお勉強はつまらない事、村のパン屋さんのパンが最近新しい味のパンを出したこと、唯一の友達の事。

 私の言葉に、ランは相槌をうったり、笑ったり、時々苦笑いを浮かべたりしながら、話を聞いてくれた。

 ランが自分の事を話したことはあまりない。

 いつも私のお喋りを聞いてくれるばかりで、自分の事を話そうとはした事がなかったから。


「ねえ、ハイシア」

「?」


 ランが膝に乗せたスライムを撫でながら、ふと、口を開く。

 穏やかな声だ。


「どうして勇者になりたくないの?」

「どうしてって、勇者になったらこの子達の事、倒さなきゃいけないんでしょ?友達殺せって言われて、ランは出来る?」


 ランの顔を覗き込むと、目をまん丸にして、それから首を横に振る。


「けど、スライムと友達っていう人間がいるなんて、何だか不思議だな」

「何言ってるの?ランもその一人でしょ」


 また穏やかな表情になったランに言葉を返して、スライムを撫でる。


「ランは、この子達の言葉、わかる?」

「え、言葉?」


 また、ランが目を丸くした。

 私は頷いて、夕日に照らされながらきらきらと輝くスライムを撫で続けた。


「私ね、ちっちゃい頃からこの子達の言葉がわかるんだよね。いろいろあって森に入って、その時にこの子達と知り合ったんだけど、何となく、何を言ってるのか伝わってきて。それを大人に話したら、めちゃくちゃ怒られたんだ。それからかな~…大人は、私がこの子達と話せることを信じてくれないし、それどころか、勇者としてアルマジキ?だのなんだの言うし、魔族を倒すんだぞとか言われて。腹立ったから、サボってるの」


 にしし、と笑みを浮かべる私とは反対に、ランは、じっと私を見つめた。

 真剣な表情の、ムーングレイの瞳と目が合う。


「どうして、勇者が必要なんだと思う?」

「え?なんでって…魔王を倒すため?」

「ただ倒すだけなら、冒険者だっていいでしょ?」

「たしかに!」


 うん、うん、と何度も頷く私に、ランは小さく笑みを浮かべた。

 声と同じ様に、とても穏やかな笑みだった。


「勇者にしか使えない聖剣が、魔王を倒すのには必要なんだって。だから、勇者が必要なんだよ」

「でも、何で魔王を倒さなきゃいけないの?みんな、魔王を倒せ、倒せーって言うけど、理由なんて教えてくれたことないよ?」

「それは…魔王は、ニンゲンを殺そうとするからだよ」


 そう言って、ランはまた小さく笑った。

 優しい手つきで、膝に乗せたスライムを撫でたまま。


「魔王は悪い奴なんだ。だから、勇者が倒さなきゃいけないんだよ。悪い奴を倒すことが出来るのは、ハイシアだけなんだ」


 穏やかだったはずの笑みは、段々と困った顔になっていく。

 困った様に笑ってる。

 私はそんなランに向かって、びしぃっと音がしそうな程強く指をさした。


「うそつきだ!」


 いつだかの先生がこの場に居たら、「まあ!人様に指をさすなんて、何てお行儀が悪いんでしょう!」なんて言われそうだったけど、それも気にしない。最初から気にしてないけど。

 私の言葉に、ランは目をまん丸にして、今度は、「え、え、」なんて慌てだす。


「その顔、軍の人もしてた!嘘つく時の顔なんだよ?だからランも嘘ついた!」

「え、え、あ、あの」

「魔王が悪い奴っていうの、嘘でしょ!」


 大人の人達が聞いたら、多分、ひっくり返っちゃう様な事を言っているんだと思うけど、今、この場には私達しかいない。

 スライムが気絶して溶けちゃうとか、そんな事もない。

 だから大声で言える事だというのは、子供ながらに理解してるつもりだ。

 村長なんか、多分、また私の頭にぽかりとゲンコツを落とすに決まってる。

 慌てふためいていたランは次第に視線を下げて、自分の膝の上にのっているスライムを、そっと地面に置いた。


「けど、今はそうだったとしても、いつ、それが本当になるか分からない。ニンゲンは、それが怖いんだ」

「何もしてないのに?」


 何もしてないのに『怖いから魔王を倒せ』なんて、それこそ納得できなくて、私は唇を尖らせてランに問いかける。


「うん、そうなんだよ」

「けどこの子たちは、私を攻撃しないよ?」


 元気に飛び跳ねるスライム達に視線を向けると、つられる様に、ランもスライムへと視線を向ける。


「魔族にも、いろいろ居るんだ。スライムみたいに可愛くて友好的なものから、体が大きくて、ニンゲンを襲っちゃいそうなのまでね」


 私に言い聞かせるように口にすると、それ以上は、何も言ってくれなかった。

 ただ、ランは見た目よりもずっと、私よりお兄さんなのかもしれない。

 目をふせて、眉間にしわを寄せるランが、どうしてか、そんな風に見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る